追求 残り5日
白粉夕陽は、これまでの私の人生で出来た
唯一の友達で、幼馴染だった。
私達が仲良くなったのは幼稚園の頃、
ずっと1人だった私に夕陽ちゃんが
話しかけてくれたことがきっかけだった。
お互いに怖がりな性格で
友達がいなかったこともあり、
私と夕陽ちゃんは
一緒にいることが増えていって、
最終的にはずっと2人で過ごすようになった。
結局、幼稚園では私には夕陽ちゃんしか、
夕陽ちゃんには私しか友達が出来なかった。
小学校に進学してからも、
しばらくは私達は一緒だった。
怖がりな私達は、
ろくにクラスメイトと会話も出来ず、
2人で協力して過ごしていた。
だが、小学5年生の頃、
夕陽ちゃんに転機が訪れた。
ある日の放課後、
夕陽ちゃんは男の子に呼び出され、
告白されたのだ。
その男の子の名前は薫衣大地。
クラスの中心人物であり、
いつも教室の真ん中で騒いでいる子だった。
後から聞いた話だと、怖かったから、
という理由だったらしいが、
結果的に夕陽ちゃんは彼の告白を受け入れ、
大地君の彼女となった。
それから、夕陽ちゃんは変わっていった。
怖がりで、静かで綺麗だった夕陽ちゃんは
いつしかクラスの中心人物の一人となり、
大声で騒ぎ、下品な笑い声をあげるようになった。
夕陽ちゃんとずっと一緒にいた私には、
彼女が本当は怖がっていて、
無理をしていることくらいは見抜いていたが、
私が好きだった夕陽ちゃんから
彼女が遠ざかっていく度に、
私と夕陽ちゃんの間に距離を感じるようになった。
そして最後には、
私は彼女からこう言われてしまった。
「私と関わらないで」
「行ってきます」
背後からお父さんとお母さんの
「行ってらっしゃい」のエールを受けながら
私は今日も学校へ向かって歩き出した。
今朝も空は綺麗に晴れていたが、
天気予報によると午後から雨が降るらしく、
リュックに折り畳み傘を仕込んできていた。
私の家は学校のすぐ近くにあるため、
家の前の道路は中学生達の通学路になっている。
私以外にも、同じ制服を着た学生達が
何人もこの道を歩いていた。
家から出て数歩歩いたところで、
聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
「おはよう!」
活気のある、男の子らしい低めの声色。
私は声の主は転校生の息吹君だと見ずに確信した。
彼は転校してきて間も無く、
知り合いも少ないようだったし、沢山の同級生に
話しかけて友達を増やそうとしているのだろう。
挨拶はコミュニケーションの基本だ。
彼は昨日は私につきっきりだったが、
きっと今日からはそんなことも無くなる。
内心、ほっとしている自分がいた。
昨日のように、私とずっと一緒にいては
彼までもが災厄に巻き込まれてしまう。
私は歩くスピードを上げ、
彼から距離を取るように速脚で歩き出した。
すると、間隔の短い足音が軽快に近づいてきて、
私の真横で止まった。
隣を見ると、
不満そうな表情をした息吹と目が合った。
「何で無視するんだよ。
俺、咲凛花におはようって言ったんだけど」
「いや、私に言ってると思わなくて。
というかさ、今日も私に付き纏う気?
何度も言ってるけどやめた方がいいよ」
「付き纏うって言い方やめろよ。
俺らはもう友達だろ」
「息吹と友達になった記憶は無いけど」
そう言うと、息吹は悲しそうな目をして
俯いてしまった。
罪悪感に耐えられなくなり、
「いや、冗談だよ。えっと、ほら、友達!」
と言いながら手を差し出すと、
彼は元気を取り戻し手を握り返してきた。
私の肌と彼の肌が触れた瞬間、
彼の頬が赤くなったのを見て、
どうしようもなく愛おしい気持ちになった。
私はその手をそのまましばらく握り続けて、
彼の反応を確かめて遊んだ。
だが、私はそうした後にこの気持ちを殺した。
どうせ彼にも裏切られてしまうのだろうと、
心のどこかで思っていたのだ。
私達はそれから程なくして校門前に到着した。
昨日は液体に見えた人間達は、
今日は工場に運ばれていく部品のように見えた。
社会人、という名前の部品を作るための工場に、
個性を失った原材料達が投下されていく。
私ももれなく、
そんな彼らと同じ原材料でしかなかった。
私達が校門をくぐろうとした時、
急に肩を掴まれた。
手汗でびっしりの湿った大きな手から、
私の着ている制服を通して
気持ちの悪い感覚が伝わってきた。
息吹のこともあり、
私はすっかり彼の存在を忘れていた。
振り返り、逃げようとした刹那、
「嫌がってるじゃないですか!」
と隣の息吹が大声を出した。
そして私の肩に触れる彼の手を引き剥がし、
先生と真っ向から向かい合った。
私は息吹の浮かべている真剣な表情を見て、
心臓の拍動が急激に早くなって、
再び心を殺さざるを得なくなってしまった。
「ああ、ごめんごめん。
そんなつもりはなかったんだよ」
花水木先生は笑いながら、私達に謝ってみせた。
が、彼のその目はまるで笑っていなかった。
彼は息吹君が先生に向けているのと同じ、
怒りや冷たさを感じる視線で私の体を見ていた。
「頼みますよ。先生は大人なんですから」
怒りの表情はそのままに、息吹は先生に言った。
「行こうぜ」
彼は私の手を引き、校内へ歩いていった。
その最中、背後から感じる強烈な視線に、
私は嫌な予感を覚えていた。
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