笑い変換彼女

つばきとよたろう

第1話

 六畳の二階の部屋には、ベッドと学習机、漫画の詰まった本棚、そして古い型のテレビが置かれていた。天井のシンプルな照明は光を帯びていないが、薄暗い中テレビはいつも点けっぱなしで、音量も心なしか大きめだった。木田未来は部屋の中央の定位置に座って、笑い猫の大きな縫いぐるみを胸に抱えて座っていた。度の強い黒縁の眼鏡には、テレビの眩い光が目まぐるしく反射していた。



 彼女は学校の休み時間になると、授業中に大人しかった分、堰を切ったようにしゃべり始める。斜め後ろの友達は彼女の態度に少しうんざりしていた。でも愛想笑いは忘れなかった。彼女の話題は、笑い話が占めていて、例え失敗話やドラマの悲劇すら面白い話に変換される。テレビのバラエティ番組の話題も多い。教室は休み時間中、彼女の笑い声が絶えなかった。もうみんなその事に慣れていた。よく笑う子、おしゃべり、宇宙人というのが、同級生の共通の印象だ。


 彼女は泣いているように笑うときがある。


 彼女の好きな芸能人は「また明日」で、よく見る番組は爆笑ステージだった。


 世界中を笑いに脳内変換できれば、みんな幸せにできると思っている。


 家の一階からは怒鳴り声と、悲鳴のような皿が割れる音が、明かりの消えた階段を伝わってくる。二人がやり合っているのは、テレビモニターで監視していなくても手に取るように分かる。彼女はそれを無視しようとする。が、耳の奥に響いて、テレビに集中できない。下から聞こえてくる声は、笑いには変換できなかった。


「なあ、黒川。どんなテレビ番組が好きなんだ」

「分かったから、口の中の物呑み込んでからしゃべれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

笑い変換彼女 つばきとよたろう @tubaki10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ