07話.[応えられません]

「全部問題なかったよ、侑紀は?」

「私も!」

「ははは、お疲れ様」

「新作もね!」


 よし、それなら後はのんびりとするだけだ――ではなく、大晦日付近で慌てたくないからいまから大片付けを始めようと思う。

 使用頻度が低い調理器具なんかを片付けてしまえば効率良くできるようになるから終わった後を想像するだけでもテンションが上がった。

 まあ、テストが完全に終わったというのも影響している、たまにはアイスでも買って食べてからにしよう。


「それじゃあこれで、私は約束をしているのでね」

「うん、またね」


 残っても意味がないからこっちもスーパーへ――はできなかった、何故か出入り口のところで太田君が通せんぼをしていたからだ。

 別にそんなことをしなくたって声をかけてくれれば普通に付き合う、急いだところでアイスが逃げるというわけでもないし、冬休みに暇になってしまうから。


「いまからアイスを買いに行こうとしているんだけど、太田君も行かない?」

「こ、ここはなにをしているんだとツッコむところだろ?」

「そんなことをしなくても相手をさせてもらうよ」

「順番が逆だろ……」


 一緒にいるのに相手のことが分からないままだったら普通に悲しい、でも、意外と細かいことを拘るということが分かってよかった。


「アイスなんて最後に食べたのはいつだっただろうか」

「え、そこまでなの? 僕は季節とか関係なく結構買っちゃうけど」

「千弥子が欲しがったりとかもしなかったからな」


 そういうことでお金を使わないということはかなりの貯金がありそうだ。

 一応こちらも貯められてはいるものの、結構使いがちだから気をつけなければならないことだ。

 なにか欲しい物ができたときに後悔しないようにしたい、少し我慢すればいい物が手に入るということだから損というわけでもないだろう。


「おお、暖かいね」

「でも、新作はわざわざ内を冷やそうとしているがな」

「それはそれこれはこれだよ」


 自分のお金だともったいないということで買わなさそうだったので、付き合ってもらったお礼に買わせてもらうことにした。

 これは無駄遣いではない、これがもしかしたら長続きするきっかけになるかもしれないんだから、ゼロではないんだから問題ない。


「後で払う」

「言うと思った、これはお礼だから受け取らないよ」

「はぁ」


 ため息は聞こえなかったふりをしてアイスを食べていく、食べ終わったらなんとなくもうひとつ買ってきて帰路に就いた。

 もちろん自分が食べるわけではないから彼の家に寄って千弥子ちゃんにプレゼ、


「あ、そういえば今日はこっちの終わる時間が早いんだった」


 ント、そうするはずだったのに千弥子ちゃんがいなくて困った。

 テストが終わったということにしか意識がいっていなくて浮かれているからこういうことになる。


「太田君、これを冷凍庫に入れてもいいかな?」

「ああ」

「ありがとう」


 溶けた物を渡したら怒られてしまうからありがたい。

 それで千弥子ちゃんが帰ってくるまで彼の部屋で漫画を読んでいた。

 この前気になるところで終わってしまっていたというわけではないが、面白いから丁度いいと思ったのだ。


「ばか新作」


 まあ、結局帰ってきた千弥子ちゃんからは怒られてしまったのだが……。


「あんたはきょくたんすぎなのよ、もっと上手にやりなさい」

「分かった。あ、それよりこれ、食べてよ」


 これ以上言葉で刺されないようにそれはもう最速で移動してアイスを食べてもらうことにしたよ、いまばかりは運動が得意な彼よりも速く動けていたよ。


「……ありがと」

「テストも終わったから呼んでくれたらいつでも行くよ」


 暇人だからそういうことが多くなってくれた方が嬉しい、でも、こんなことを言ったら来なくていいとか言われそうだが。

 あ、だけど彼女はいつでも真っ直ぐだったか、帰ってほしいときは帰れと、来てほしいときは来てほしいと言っていた。

 太田君が言っていたことは間違っている、逆に彼女ぐらいの素直さでいてくれるとやりやすいぐらいだ。


「あんたの情けない顔が見られなくてさびしかったわ」

「ごめん、不安で不安で仕方がなかったんだ」

「もう高校二年生なんだからしっかりしなさい」

「うん、千弥子ちゃんみたいにできるよう頑張るよ」


 こう言っておきながらあれだが、残念ながらこの先も変わらないと思う。

 毎回こうだからいまとなっては不安にならないと気持ちが悪くなる可能性がある。

 ただ、これは悪いことばかりではないんだ、不安になってしまうからこそその期間だけは物凄く集中しようとするからね。

 余裕ぶってちょっとしかやろうとしないよりはよっぽどいい、だからあんまり変えようとしている自分はいないのかな、と。


「……うそよ、あんたとまた話せてよかったわ」

「太田君と友達でいる限りは行かないなんてことはありえないよ」

「そうよね、だって毎日来ていたぐらいだものね」

「うん、誘われるとついつい行ってしまうんだ」


 話すだけでも楽しいから損をすることなんてなにもない、それどころか毎日行って楽しく話したいぐらいだった。




「よよよ、また来年になったら会おうね~」

「って、そこまで会ってくれないんだ」


 クリスマスも一緒に過ごせない、冬休みも一緒に過ごせないとなったら寂しい。

 毎日太田君達に相手を頼むということはできないからせめて二日ぐらいは相手をしてほしかったのだが、この感じだと難しいのだろうか……。

 このままだと暇死してしまう、なんらかの時間つぶしができる手段を考えておかなければ人生で一番最悪な冬休みになってしまうぞ。


「ん? 一緒にいたいなら行くけど」

「なんだそりゃ……」


 変な冗談はやめてほしかった。


「いやだってさー? 君は太田兄妹に夢中なようですし」

「放課後になったら侑紀がさっさと出ていってしまうからだよ、いてくれたら積極的に誘っているからね?」


 前みたいに家に来てよとかそういう風に誘うのは不可能だが、外でなにかを食べるとかそういうことはできる。

 友達なんだからそれぐらいはいいだろう、寧ろ行動を縛るような男の子だったらやめた方がいいとしか言えない。


「あ、私は好きな人がいるので気持ちには応えられません」

「知っているよ……」


 が、今回は直接好きな男の子が乗り込んで来て彼女を連れて行ってしまった。

「こんにちは」とか普通に挨拶をしてきやがって! とか別人格の僕が現れたが気にせずに帰ることにした。


「格好良かったな」


 あの容姿に加えて優しさなどがあったらそりゃ女の子は影響を受ける。

 もちろん全員が全員というわけではないが、うん、そういうものだろう。

 逆に言ってしまえば沢山の魅力的な男の子がいるのに僕を選ぶとかしなくてよかったよ、自信過剰とかそういうことではなく本当にそう思う。


「新作は小山が好きだったのか?」

「違うよ」


 別にあってくれてもよかったが断じてそういうのはなかった、僕からすれば面倒見のいい、そして仲がいい女の子ということでしかなかった。


「じゃあああいう男がタイプなのか?」

「女の子からすればそうなんじゃない?」


 多分、百人ぐらい若い女の子を集めたらタイプと言う子がいそうだ。

 訳の分からないことを聞いてきている彼も実は似た感じだったりする。


「俺はどうなんだ?」

「んー、もうちょっと柔らかい表情になったら求めてくれるよ」


 というか、そういうことに興味があるんだろうか、もしあるのだとしたら現在進行系でもったいないことをしていることになるが。


「こうか?」

「ぶふっ、が、頑張ろうとしているのは伝わってくるけどっ」

「酷いな」


 頑張って笑おうとしても怖い顔にならなかった、それはいいことだ。

 あとはもっと上手に他の子といるときにできるか、というところだろう。


「まあいい、新作が怖がっていないのならそれで十分だ」

「太田君なんて怖くないよ、最初からそうだったよ」


 荒れていて分かりやすく怖い子だったら何度も言うが近づけてはいないよ。

 彼はどちらから話しかけたのかをしっかり思い出してほしい、流石にこの短期間で忘れてしまったのだとしたら心配になるからやめてほしい。


「そろそろ名前で呼べよ」

「最初は愛想がないとか思ったけどね、伊吹君は『そうか』とかしか言わないから」

「返事はちゃんとしていた、誘われたらちゃんと付いて行った、それでいいだろ」


 兄妹でよく似ている、たまに言葉で突き刺してくるところも同じだった。

 僕にもいたら同じようになっていただろうか、こちらのことだから片方が優秀とかそういうことになりそうだが。


「でも、足りないんでしょ?」

「そうだ、あと、俺はまだ礼をできていないからな」

「じゃあ冬休みも同じように相手をしてよ――ぐえぇ、な、なんで頭の上に腕を置いてくるのさ……」


 僕より身長が高いのに全体重をかけてくるなんて酷い、某ゲームのアイテムで潰れたときみたいになってしまう。

 特に拘りはないがこれ以上低くなってしまったら困るからやめてほしかった、というか、なんでこんなことをされたのかという話だ。

 侑紀みたいに来年にまた会おうねとか言ったわけでもないのに、彼は本当によく分からない子だ。


「新作が守れ」

「同じように相手をしてよと頼んでいるんだから離れるなんてことにはならないでしょうよ……」

「それならいい。冬休みは千弥子がよく遊びに行くからひとりで暇なんだ、そういうときに新作がいてくれたら助かるからな」


 友達がいるということだからいい話だった、それに屋内でずっとごろごろしているよりも健康的だろう。

 ただ、いまの言い方は少し気になる、暇つぶしの手段として利用されるのは誰だって嫌だと思う。


「ふーん、暇だから相手をしてほしいだけなんだ、じゃあ言ってしまえば侑紀でもいいわけだよね?」

「なんでここでそんな面倒くさい人間みたいな言い方をするんだ?」


 聞こえない聞こえない、悪いのは彼の方だ。

 というわけで今日はこれで大人しく帰ることにした、ちゃんと自覚していて物凄く気持ちが悪いムーブをしてしまったことを早くも後悔しているからだった。




「はい――なんで来たんですかね……」

「そんなの当たり前だ、今日はクリスマスなんだから約束通り行くだろ」

「あ、そういえばそうだったね――ひとりしかいないということはやっぱり友達と一緒に過ごすことにしたんだね」

「ああ、千弥子が『調子に乗らせないようにしなさいよ』と言ってきたぞ」

「ははは、簡単に想像できるよ」


 とりあえず上がってもらってのんびりとする。

 早めに動けば動くほど楽になるのは分かるが、この暖かい空間から動きたくないというのが本音だった。


「それなりに買ってきた、ふたりだけだからそこまで量はないが」

「ああ、やたらと大きいバッグを持っていたのはそういうことだったのか」

「エコバッグだと小さいからな」


 じゃあ外に出る必要がないわけで、僕はずっとここにいられるということだ。

 それほどいいことはない、僕にとってこれが最高のクリスマスプレゼントだった。


「もう食べる?」

「もう少し後でいい、少し疲れたから休みたい」

「そっか、じゃあごろごろするといいよ」


 残念ながら今日は天気が微妙だから外を見ても楽しめない、だから寝転びながら彼を見ていたのだが、


「って、寝るの早すぎ……」


 数分もしない内にすーすー寝息を立て始めてしまった。

 仕方がないから客間から掛け布団を持ってきて掛けておいた。

 彼の部屋なら漫画を読んで時間をつぶすことができる、が、今日は僕の家だから起きるまで黙って待っているしかない。


「あー……ん?」


 窓ガラスが叩かれた音が聞こえてきてそっちを見てみると何故か千弥子ちゃんがそこに立っていた。

 扉を開けて上がってもらって、飲み物なんかを用意していたら「寒いわね」と冬なら言いそうなことを言ってきたが……。


「友達と約束をしていたんじゃないの?」

「私は元々、新作達と過ごすつもりでいたわ」

「え、そうなの?」

「今日だっていっしょに行こうとしていたのにお兄ちゃんが起こしてくれなかったのよね」


 え、そんなことあるか? 声をかけないでひとりで来るなんてありえない。

 これは千弥子ちゃんが嘘をついていることになる……よね、だけどここにいる時点で友達からは……。


「起きなさい」

「……やっぱり来たのか」

「当たり前よ、そのために前々からやっぱり過ごせないって友達には言っていたんだから」


 あれ、どうにも違うみたいだ、そもそも勝手に嘘をついていると決めつけてしまうのはよくない。

 判断するのはちゃんと聞いてからでも遅くはない、とはいえ、どういうことなのと聞いてもごちゃごちゃするだけだからこれも待つことにしよう。


「悪い新作、今回は俺が嘘をついたんだ」

「そうなんだ」

「昼寝をしておくように言ったのも俺だからな」


 だから実際にそうしたら起きたときには家に誰もいなかったということか。

 僕だったら寂しすぎて泣きそうになるだろうな、なんでそんなことをって考えて動けないかもしれない。


「言われるままお昼寝をしたわたしもあれだけど、まさか寝ている間にひとりで行くなんてね」

「千弥子がいると新作は俺の相手をしてくれないからな」


 だが、彼女が彼の相手をできないように積極的に話しかけてきているというわけではないだろう。

 大好きなお兄ちゃんにそんなことをする必要がない、嫌いな相手だったらもしかしたらそういうことで邪魔をすることもあるかもしれないが。


「それはだまってしまうからでしょう?」

「いや、ふたりが話しているのに無理やり加わるなんてできないだろ……」

「なに細かいことを気にしているのよ、わたし達が話しているだけなんだからできるでしょう?」


 この前もそうだったが彼は意外と独占欲というのが強いのかもしれなかった。

 ここで問題なのが女の子に対して言っているわけではなく、同性の僕に言っているということだ。

 過去にモテすぎて普通の恋愛では満足できなくなってしまったということなら、いや、そういうのでもなさそうだからなあ。

 同性とか異性とかそういうのがどうでもよくなるぐらいの魅力が僕にあったのだとしたら――って、それもありえない。


「あ、呆れたような顔をしているが、悪いのは千弥子でもあるんだぞ?」

「はぁ、新作となんてあせらなくてもすぐに話せるじゃない」


 確かに、連絡先だって最初のときに交換しているから足りないならそういうのを使えばいい。

 夜は暇なんだとか言っておけばメッセージを送ってきてくれるのかな、ただ画面を見つめながら待つだけだと寂しいから直接言った方がいいのかもしれない。


「つか、なんかあやしいわね、これは侑紀が言っていたあれなのかしら」

「えっと、侑紀からなにを聞いたのかな?」


 冬なのに汗が出てきてしまった、温度を上げすぎているのかな……。

 あとちょっと耳も悪いようだ、まさかそんなことがあるわけがないのにね。


「ん? それは同性同士で――んー!?」

「教えてくれてありがとう、あと、離すからつねらないで……」


 今度会ったらあのつるつるおでこを突こうと決めた。


「俺は別にそうなっても構わないがな、あれから勉強もしているから問題なく対応することができるぞ」

「そんなの勉強しなくていいよ……」

「俺は意外とああいうのも大丈夫だったぞ」


 せっかく買ってきてくれているんだから食べることにした。

 これでメンバーも揃ったんだから悪くない、というか、ここで切っておかないとよくない方向へ変わっていくから仕方がないんだ。

 やれやれ、よく話すようになってくれたのは嬉しいが内容がこれでは……。


「伊吹君が買ってきてくれたから千弥子ちゃんが沢山食べていいよ」

「や、少なくていいわ、あんまり食べると太ってしまうから」

「今日ぐらい気にしなくて大丈夫だよ」

「だめよ、あんたが食べなさい」


 気にしなくていいのに……。

 ただまあ、無理やり食べさせるわけにもいかないから言わないようにした。

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