06話.[求められている]
「あれ、まだ起きていたの?」
部屋の方が落ち着くのに一階のリビングでだらだらしていたら太田君がここにやって来た。
「新作、最近は本当にありがとう」
「いいよそんなの」
「あと、千弥子が悪い、ちょっと素直になれないお年頃なんだ」
「ははは、大丈夫だよ――って、前もこんなやり取りをしたよね」
これからも同じようなことを言われたら同じように返すことにしよう。
こっちは相手をしてもらえて助かっているんだからそういうことになる。
彼もここで「じゃあなにかしてよ」とか言う人間ではなくてよかったと感じているはずだ、表情はいつものように変わらないままだが。
「礼がしたい、新作は『分かった』と言ってくれたんだからもちろん受け入れてくれるよな?」
「高い物を買うとかそういうのは駄目だよ?」
「それはそもそも無理だ」
「なら、うん、確かに僕は分かったと言ったんだからね」
暖かいから部屋へ戻るという気分にはならなかった、だからなんとなくカーテンを開けて窓の前に寝転んでみると奇麗な空が見えた。
風がそこそこ吹いているから雲がなくてきらきらしている、これだったら寒いのを我慢して外で見上げるのもありかもしれない。
まあ、実際はここから出ないが、外にいたならそういうことをして時間をつぶすのもいいかなと思っただけだ。
「なあ」
「太田君もしてみるといいよ、床はいつも掃き掃除をしているから汚くないよ」
「千弥子に優しくしてくれるのは嬉しいが、千弥子ばかりを優先するのはやめてほしいんだ」
お兄ちゃんと違ってよく来てくれるというのが影響している、そのため、意識して優先しているというわけではなかった。
誰だってそうだろう、まず一番近くに来てくれた人の相手をするものだ。
「家に来てくれることは多いが、新作は俺をすぐに放置するからな」
「確かに千弥子ちゃんとばかり話しているか」
「ああ」
なんとなくいま顔を見るのは違う気がして外を見続けていた。
ここの雰囲気とは違って澄んでいる向こうが羨ましく感じる。
「俺が先に友達になったんだから」
「でも、学校ではいつも一緒にいるでしょ?」
「動きたくないとか言っておきながらあれだが、足りないんだ」
こちらから近づかない限りは話すこともできていなかったから物足りないのはこちらもそうだった。
いやほら、やっぱりすぐに来てくれる侑紀を見てしまうとどうしてもね、わがままな自分が出てきてしまうんだ。
一緒にいられた時間が全く違うから同じようにはできないと分かっている、それでも求めてしまうのが増口新作という人間で……。
「それに新作の近くにはいつも小山がいるだろ、小山と話せているときは楽しそうだからなんとなく近づきづらいんだ」
「え、侑紀のことが苦手というわけじゃないよね?」
「苦手じゃない、だが、残念な気持ちになるときはある」
彼にとって侑紀は友達の友達という感じなのだろうか。
残念ながら僕でも友達の友達がいたら一緒に過ごしづらくなるから、もしそうならそう言いたくなる気持ちは分かる。
こればかりはどうしようもない、それでも気にせずにいられると言う人がいたらすごいと褒めるしかないだろう。
「侑紀が言っていたちらちら見ているというのは本当のことなの?」
「まあ……、いつもというわけではないが……」
「それなら寒いけどやっぱり廊下で話そうか」
話すことでなんらかの感情をどうにかできるならそうするべきだ、というか、この機会に変えておきたかったんだ。
「こっちとしても話せた方がいいからね」
「これまでも昼休みは話していたが」
「それだって僕が話しかけて太田君が反応するって形だったでしょ? だけど話せる機会を増やせば自然と話してくれるようになるかなって思ってさ」
一方的に話したり聞いたりするのは会話をしたとは言えない、相手が返事をしてくれていても僕的には同じことだった。
こういうことを言ってもらえるようになったのは諦めないで続けたからだろうし、悪く考えることはしないが。
「あと、小山に言われたことが分からなかったから久しぶりにスマホを使って調べてみたんだが」
「え゛っ、ま、まさか……」
「世の中にはああいうのがあるんだな」
いや、分からないなら調べるとか、聞くとかできるのはいいことだが、あのことに関してだけは知らないままでよかったのに……。
いつか千弥子ちゃんも興味を持つのだろうか、まあ、全員がそうなるというわけではないから考えるだけ無駄かもしれないが。
「確かに新作が攻めだな、積極的に近づいてくるから」
「そ、それは違うでしょ」
「じゃあどういうのが攻めなんだ?」
侑紀がここにいたら「その反応が素敵っ」とまた言うんだろう。
彼も彼で問題がある、真顔でそんなことを聞いてどうするのかという話だ。
「俺は別に構わないが」
「えっ、な、なに言っているのさ……」
多分、他者の家に泊まるという慣れないことをして変になっているだけだ。
そのため、すぐに別れて大人しく寝ておいた。
「あ、いた」
「侑紀か、なにか用でもあったの?」
今日は少し贅沢をして紙パックのジュースを買って飲んでいた、正直に言ってしまうと水筒を忘れてしまったから、だが。
いつもならお気に入りの空き教室でお昼休みが終わるまで太田君とゆっくりしているところだが、残念ながら喉が乾いてしまったから仕方がなかったんだ。
「ねえねえ、君を見る太田君の瞳がなんかこの前までと違うんだけど」
「そうかな? あくまで普通だと思うけど」
事実、あれからは変なことを言ってくることはなくなっていた、だから逃げずに一緒にいられているという状態だった。
暴走しているようだったら一緒にはいられない、それこそ彼女が言っているように分かりやすく変わるだろうからだ。
「へへへ、新作にそういう気持ちがなくても太田君の中にそういう気持ちがあれば十分なんですよ、涎が出ちゃいますよこれは」
「口を閉じておいた方がいいよ、掃除をするのは侑紀なんだから」
「一ミリもないの?」
ノーコメントということにして空き教室に戻る。
ふたりが会話を始めたからこちらは黙って見ておくことにした。
本人が言っていたように侑紀が苦手というわけではないということがよく分かる。
仲良くできるならそれが一番だ、別に彼と彼女が仲良くなったって嬉しくなるだけだった。
「千弥子的には小山がいてくれた方がよかっただろうな、同性というだけで相談のしやすさとかも変わってくるだろうから」
「んー、姉妹だったらどうなっていたのかは分からないよ?」
「そうか? 小山ならなんでも上手くやれるだろ」
「いやいやっ、私なんて上手くできないことの方が多いよ、あの子の方が強いよ」
「小山が無理なら新作でもよかったかもしれないな、千弥子も気に入っている」
家族ではないからだと思う、家族だったらどういう反応をされていたのかは分からない。
というか、あれだけお兄ちゃんを優先しているのにそういう感想になってしまうのはなんでだろうか。
意外と寂しがり屋で、意外と自信がないのかな、彼も唐突に自分を下げるようなことを言うから全部間違っているというわけではなさそうだ。
「千弥子ちゃんを見ると抱きしめたくなるんだ、新作はどう?」
「僕は格好悪いところを見せたくないから頑張ろうという気持ちになるよ」
「俺は新作が千弥子と話しているところを見て真似しないといけないという気持ちになるぞ」
「ふむ、新作は結構影響力があるということですなあ」
「仮にそうならもっと頑張らないといけないよね」
言葉で刺されたくないからそうするんだ、というか、そうしなければならないことになる。
彼は素直になれていないだけと言うが、多分、現在進行系で情けないところを見せてしまっているから言われてしまっているんだ。
自分を守ろうとするなら自分が動かなければならない、それは友達がいようと同じことだった。
「というかさ、なんかこれだと私がやべーやつみたいになっちゃうよね。新作、ちゃんと本当のところを吐きなさい」
「んー、話しかけてくれることが嬉しいよ」
「なんかないの? 内側によくない感情があるとかさー」
「ないかな」
「ちぇ――あ、そっかそっか、なるほどね~」
嫌な予感しかしないから聞かないで太田君と話すことにした、彼からしたらいまみたいにふたりだけで話されると嫌だろうからだ。
別に侑紀ばかりを優先しているというわけではないけどね、どちらかと言えば最近は太田兄妹とばかりいたわけだし。
「別にいいんだぞ」
「僕が話したいからこうしているだけだよ」
この前のことは関係ない――そう言うことはできないがこれまで通りを続けているだけでもあるんだ、彼が言っていたようにお昼休みはいつも誘ってここで話しながら食べていたから。
それなのに親友が来たからってそれをしないようにするというのはおかしい、時間差はあってもなるべく同じように接したいからこうするんだ。
「ふふふ、なんか意味深なやり取りですな~」
あれを説明したわけでもないのに鋭い子だった。
自分が踏み込んだだけだったら全部説明しているが、勝手に言うわけにもいかないから黙っているのが正解だろう。
「俺がもっと相手をしてほしいと頼んだんだ」
言うのか、って、別に告白をしたとかそういうことでもないからおかしなことではなかった。
友達に相手をしてほしいと頼むのは普通のことだ、僕だって侑紀にそれを何度もぶつけてきていたから尚更そう感じる。
ここで問題なのがいつ好きな人を好きになったかということだった、もし昔からなら相当彼女にとって悪いことをしてしまったことになるわけで……。
「新作は受け入れたんだね」
「僕だってもっと話したかったからね」
「んー、もしかして私って空気が読めていないのかな?」
「いや、気にしなくていい」
「そうなの? それじゃあいさせてもらうけどー」
意地になって返そうとしたらそれはそれで彼女の時間を奪ってしまうということに繋がってしまう。
いつものように正当化しようとしているだけなのかもしれないが、もうこの時点で詰んでいるような気がした。
「小山、ちょっといいか」
「お、新作ならもう帰ったよ?」
「聞いてほしいことがあるんだ」
色々と教えてくれたけど、今日の反応を見る限りでは難しい……かな。
だけどそれでも新作が悪いというわけじゃないからこの話は複雑になるんだ。
「あれは冗談だったんだけど、それとこれとは関係ないのかな?」
「知らなかったからな、関係ない」
「そっか、じゃあ太田君が積極的に動くしかないね」
いやでもまさかこんなことになるとは、やたらと新作のことを気に入っているらしい千弥子ちゃんが~ということなら分からなくもないんだけど……。
や、私としては大歓迎だ、お互いにちゃんと好き同士ならいいことだと思う。
ただ、最初から上手くいくことが決まっている漫画とは違うからなあとどうしても引っかかってしまうんだ。
ちなみに新作は積極的に女の子を好きになる子ではなかった、何故か好かれることもなかったから人生で一度も付き合ったことはないと思う。
ほとんど言ってくれる子だからそうだ、そのことに関してだけ隠すということはしないだろうからそういうことになる。
「あ、もしかして私が深く考えすぎているだけなのかな? 太田君は新作に相手をしてほしいだけなんだよね?」
「そうだ」
「だから別にそういう意味で求めているというわけじゃないんだよね?」
「自分さえよければいいというわけじゃないからな」
「つまり、新作の反応次第では……」
求めることもある、ということなのかっ!? そうなるとやはりただの妄想ではなく本当のことということになるけど……。
「俺は新作といられる時間は好きだぞ」
「私もそうだよ」
「不安にさせられることもないから安心できる」
「そうだね、新作は意外とポジティブだし、優しいからね」
ふとあんまりよくないことを漏らしてしまうこちらと違って大人だった。
まあ、あれはあれでちゃんと吐かせておかなければならないんだけど、こっちがなにかをしようとする前に自己解決させてしまうからその機会がないんだ。
「家に来なくなったからいまは微妙だがな」
「千弥子ちゃんはなにか言ってる?」
「『新作が来ないわね』とよく言ってる、寂しいとは言っていないが」
「求められているなあ、こんなこと初めてだよ」
私の友達からは「優柔不断そうだね」とか「愛想笑いがすごいね」とかよく言われていたからこの差に感動して泣きそうになる。
い、いやっ、私の友達はいい子だからねっ? 何故か新作には辛口というだけで。
「多分、遠慮しているのもあるんだろうけどテスト週間だからだよ、あの子、そういうときはいつも通りでいられなくなるから」
「意外だな、新作も小山と同じで普通に上手くできると思っていたが」
「ちょっと私達って似ているんだよね、だからお互いに支え合ってなんとかやってきたんだけど」
ついついそんな親友ではなく違う男の子にやられてしまったことになる。
ただ同じように話していただけなのにここまで簡単に好きになってしまうとは思っていなかったんだ。
「好きな人がいるけど新作じゃないからね、そこは勘違いしないでね」
「なんでそれを急に? 俺に言う必要はないだろう」
「余計なことで足を止めてほしくないんだよ」
「相談を持ちかけておいてあれだが、いまは俺もテスト勉強を頑張らないといけないから」
「うん、私もそうだよ」
今日残っていたのは昨日夜ふかしをして眠たかったからだった。
夜ふかしをした理由は少女漫画を買ったから、買っておきながらその日に読まないで寝るなんてことはできない。
食後とか入浴後とかに読めばいいだろと言われてしまうかもしれないけど、ご飯を味わっている内に、お風呂に入っている内に時間がどんどんと過ぎて余裕がなかったんだ。
きっと我慢して寝ようとしても昨日は寝られなかった、だから自分のためにもあれは必要なことだったんだと開き直っているのが現状で。
「ちなみにクリスマスはどうするの?」
「新作と集まる約束をしている、小山も参加したかったら新作の家に来ればいい」
「残念、今年は誘われていて過ごせないんですよ、これで初めて新作と過ごせないということになるんだよね」
「そうか」
これ以上残っていても仕方がないから一緒に帰ることにした。
千弥子ちゃんに会って話したい、多分、これ以上期間を空けると「誰こいつ」とか言われかねない。
「ん? 付いてきたのに上がらないのか?」
「千弥子ちゃんを呼んできてくれないかな」
「別にいいが」
それで出てきた彼女に色々文句を言われてしまったけど抱きしめておいた。
「小さければ誰でもいいの?」
「違うよ、千弥子ちゃんだからだよ」
「どうだか、どうせちがう子とも関われていたらそっちを抱きしめていたわよね」
「ふふ、不安にならなくていいよ」
お家には上がれないけど求めてくれればいつでも行く。
どうせなら暖かい屋内で温かい存在に触れていたいものの、そこは我慢をするしかない。
「別になっていないんですけど、つか、どうせなら新作を連れてきなさいよ」
「今日は先に帰っちゃったんだよ」
「あいつも自分勝手よね、毎日来たと思ったら今度は一切来なくなるんだから」
「大丈夫、新作は太田兄妹のことが好きだから」
「ふーん」
可愛いなあ、彼女を見ていると姉だけではなく妹もいてほしいという気持ちになってくる。
ただ、その場合は両親が大変になるから言ったりはしない、言っていまから頑張られてもなんか反応に困るしね。
「はい、びょーん」
「は? なんで持ち上げられているのよ……」
「そう不安そうな顔をしなくていいのよ、テストが終われば新作は来てくれるわ」
「真似しないで、下ろしなさい」
「はーい」
よし、こっちも頑張ろう。
それでテストが終わったら自分にご褒美でなにかを買おうと決めたのだった。
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