05話.[一緒に作ろうか]
「ほー、そんなことがあったんだ」
「うん、だけどそれから太田君がね……」
すぐに睨んでくるし、この前の千弥子ちゃんみたいに手をつねってこようとする、しかも痛いところばかりを狙ってくるから質が悪いと言えた。
あとそういうことをする度に証明してしまっているというか、逆効果なことをしていると分かっていないのかもしれない、分かっているならすぐにやめるだろう。
「まあ、しっかりできていないみたいな言い方をされれば気になるよ」
「そっか」
「うん、あ、好きな子とお出かけしてきたんだけどさ」
「お、いいね、積極的だね」
「うーん、そう言えるのかなあ、楽しかったんだけど上手くできなくてね」
そりゃ好きな人といるときはドキドキしていつも通りにやるのは難しい。
どんなに強い人だろうと全く不安にならないということもないだろうし、気にする必要はないはずだ。
そもそもお出かけをすることができている時点で十分というか、しかも相手から誘ってもらえたということなら尚更のことだ。
「だから頑張って疲れた後は新作と過ごして心を休めるの」
「いつでも来てくれればいいよ、侑紀なら大歓迎だから」
「ありがとう、新作といられる時間も好きだからねー」
「好きとか簡単に言わない方がいいよ」
さて、この子はいつでもいつも通りでいてくれるからいいが、今日は突っ伏してしまっているあの子とはどういう風になるのか……。
千弥子ちゃんの真似をされると結構大変だからもう少し薄めにしてほしい。
残念な点は彼女がいるところでは隠すというところ、そのため、どれだけ大変なのかは彼女には伝わっていないと思う。
「ご飯作りの方はどう?」
「結局、協力してやることにした、意地を張って食材を無駄にしてしまったら申し訳ないから」
「そこまでじゃないでしょ、あのときだってさくさく行動できていたよ?」
それに小さい頃に作ってもらったことがあるが、そのときだって調子が悪くなったりせずに食べられたんだから悪く考えすぎだ。
特定の部分ではなんか物凄く弱くなるから心配になる。
「新作は私に甘い、一度も怒られたこととかもないしね」
「寧ろなにもないのに怒ってくる人間がいたら嫌でしょ……」
そのような人の近くにはずっといられない、全般的に劣っているからそういうことになる。
「よし、十分精神力を回復させられたから太田君のところに行こうよ、あれは私達を待ってくれているんだよ」
「え、ただ眠たいだけじゃないかな……」
土曜日は風邪だったわけだし、色々と疲れたんだろう。
放課後でもないのに話しかけてきた時点でおかしかったんだ、それだというのに珍しいこともあるんだな、その程度で終わらせてしまった。
だけど今度からは同じような失敗はしない、千弥子ちゃんにあんな顔をされたくないから頑張ろうと決めている。
「太田君!」
「……小山と新作の声はでかいな」
「もしかして聞こえてた? なんか恥ずかしいな~」
やっぱり聞き間違いというわけではなかったみたいだ、彼はこちらのことを名前で呼んできている。
でも、ふたりきりになったら「お前」になってしまうから寂しかった。
お前はちょっとね、それなら「なあ」とかの方がいい。
何度も言うが無表情なのも影響している、いや、怖い顔なのがもろに影響してくるんだ。
「いつも頬杖をついてちらちら見てきているのに珍しいね、どうしたの?」
「み、見てないぞっ」
「私は分かるんだよね~」
「……なんとなく近づき辛いんだ、放課後の方が気にならないから楽だ」
「ほほう、だから基本的に話しかけてはこないんだ」
大して見ていないと考えても実際に行動するときには気になってしまうものだ。
いやもう本当にクラスメイトは自分の気に入っている相手と楽しんでいるだけなのに、それだというのにいちいち悪く考えて縮こまることも多かった。
高校では特にしたことはないが、中学のときに侑紀と別のクラスになった際にはそれはもう本当に酷くて酷くて、全学年で探しても僕以外に見つからないんじゃないかというぐらいビクビクしていたなあ。
「廊下なら大丈夫なの?」
「放課後になるまではなるべく動きたくない」
十分休みやお昼休みにだって連れ出していた僕に全て突き刺さる。
そうならそうと言ってほしい、受け入れられていたら信じてしまう。
関わっていく中で、途中で「あ、こいつは全部言わないと駄目なんだな」となってほしいぐらいだったが……。
「えっ、じゃあいましていることは太田君にとって迷惑――」
「クラスメイトと話すのは普通だろ、自分から動かなくて済むならそれでいいんだ」
「優しいね、絶対に悪く言ったりしないもんね」
「新作じゃないが、悪いことをしていない相手にそんな態度でいられないだろ」
「って、そこまで聞こえていたの? 耳がいいんだね」
あ、耳が赤くなってる。
なんだろうね、千弥子ちゃんと一緒で可愛いんだ。
顔はやたらと怖いのにどうしてなんだろうとずっと考えていた。
「もうすぐクリスマスね」
「うん」
スーパーから帰路に就いている最中に千弥子ちゃんと遭遇して一緒に歩いていた。
当然のように送るために太田家を目指して歩いていたわけだが、あともう少しで着くというところで彼女は足を止めつつそんなことを言った。
「あんたはどうするの?」
「逆に千弥子ちゃんはどうするの?」
「友達と過ごすかもしれないわ、それであんたは?」
「侑紀は無理だろうから太田君と過ごそうかな」
「本当にそうするの?」
別にそうなっても楽しいだろうから頷いたら微妙そうな顔をされてしまった。
彼女のことだから大好きなお兄ちゃんが取られないようにやっぱりやめるとか言いかねない。
「それ本当? 絶対? 真顔で怖いときもあるお兄ちゃんを誘えるの?」
「誘えるよ、太田君が受け入れてくれるかどうかは分からないけど」
わざわざ勇気を出すことでもない、ただただ普通にいつもみたいに誘えばいい。
断られたら大人しく家で過ごそう、美味しい食べ物でも買えば寂しさはなんとかなるだろうから。
そう考えると侑紀ってよく毎年付き合ってくれていたな、そんなに一緒に過ごしたいという感じが外に出ていたのかな。
自由に過ごせなくなったら嫌だから今年はしっかり抑え込むことにしよう。
「それならわたしの目の前でさそいなさい」
「いいけど」
家に上がらせてもらうのは違うから呼んできてもらった、そうしたら「また千弥子といたのか」と嫌そうな顔をされてしまったがはっきりとぶつける。
「流石にそれはどうなんだ? 俺なんか誘っていないで女子でも誘えばいい」
「侑紀以外の友達はいないよ、あと、無理なら無理でいいからね」
その場合はいつもよりお金をぱーっと使って楽しむだけだ。
ひとりでも美味しいご飯に囲まれていたらそんなことはどうでもよくなる。
それで翌日から掃除なんかを始めればいい、冬休みなんだから昼寝をするのもありだった。
「別に俺は構わないが――あ、千弥子は友達と過ごすからいないぞ?」
「そうみたいだね、さっき聞いたよ」
「残念ね、わたしがいなくて」
「そうだね、きみがいた方がお兄ちゃんが寂しくならなくて済むからね」
ただ、この感じだとひとりで過ごすことにはならなさそうだ。
彼らのお母さんのためにご飯を作って、その後はこっちで過ごすのはどうかなと言ってみた。
彼は僕の家に来たことはないし、僕の家なら多少騒がしくしても同居人がいるわけでもないからだ。
「たまにはいいかもな、じゃあそういうことにしよう」
「よし、あ、当日はもしかしたら増えるかもしれないけど……大丈夫?」
「それは小山だろ? 小山なら問題ない」
「そっちも増やしてくれていいんだよ? 例えばここにいる千弥子ちゃんとか」
「や、やっぱり狙っていたんだな……」
冗談だ、友達と過ごしたいなら後悔しないようそっちに行った方がいい。
それでもどうしてもお兄ちゃんと過ごしたくなった際に参加できるよう、僕は言っているだけだ。
「新作、調子に乗らないで」
「ごめん」
「謝ればいいってわけじゃないんだから」
分かりやすく私不機嫌ですという顔をしている。
元々長くいるつもりはなかったから挨拶をして別れた。
家に着いたら食材をしまって、少しソファに座ってのんびりと――できなかった。
「はい、って、なんで千弥子ちゃんがここにいるの?」
「クリスマスは約束をしていて行けないからよ」
「なんにもないけど自由に見ていってよ」
お茶を渡して決めていたようにソファでのんびりとさせてもらう。
行動力については侑紀も彼女も変わらない、物怖じしないで自分のしたいように行動できる分、彼女の方が強い感じがするが。
「部屋はどんな感じなの?」
「普通だよ、見たいなら行く?」
「うん、お兄ちゃんの部屋とどうちがうかが気になるから」
階段を上りながらまた太田家に行かなければならないのかと気づいた。
もうちょっと抑えてくれてもいいかな、仮に出歩くとしてもそこは太田君と一緒に出てほしい。
夏みたいに明るいならいいが、すぐに暗くなるから危険だ、なにかがあったときにひとりで対処しなければいけなくなったらどうなるのかなんて目に見えている。
これだって本当はあんまりよくないからなあ。
「ふつうね、てっきりいやらしい本でもあるのかと思ったけど」
「千弥子ちゃんは言葉で僕をいじめるのが好きだね」
「男の子ならそういうのがあってもふつうでしょ」
「普通……なのかな」
まあ、興味を抱くことは悪いことではないが。
「よいしょっと、ちょっと新作の家って遠いわよね」
「少し離れているね」
な、なんだこの雰囲気は、なにを言ったら正解なんだろうか。
とはいえ、そこに座らないでとか言ったところで聞いてくれはしないだろう、寧ろ嬉々として続けそうだ――って、僕も似たようなことをしてしまっているな。
「新作? あんたも座りなさいよ」
「うん、それじゃあここに座ろうかな」
ご飯を作ったりしなければならない一階よりも自分の部屋が一番落ち着く。
何故か小学生の子がいるという最高によく分からない状態だが、こちらを嫌な気分にさせてくる子ではないから構わなかった。
「どうしようかしらって悩んでいる自分もいるのよね」
「僕としては参加してくれる方がいいけどね」
「でも、友達も大切なのよ」
「うん、それはそうだ」
黙ってしまったから待っているとインターホンが鳴ったので下りて開けてみると、なんかやたらと怖い顔をした太田君がそこに立っていた。
だからって扉を閉じるわけにもいかないため、家に上げてお茶を渡しておく。
「疲れた、あれからなんか体力が分かりやすく減っているんだ……」
「あ、そういう顔だったんだ、怒っているのかと思ったよ」
「違う、それより千弥子が悪い」
「大丈夫だよ、二階にいるから呼んでくるね」
少し離れているのは事実だが、それであの疲労具合なのは心配になる。
積極的に誘ってお散歩でもしようと決めた、動きたくないと言っていた彼には申し訳ないが。
「今日帰るときは千弥子を背負って帰る、そうやって運動をしないと不味い」
「千弥子ちゃんは軽いけどただ歩くよりはいいかもね」
「学校で授業を受けているんだから疲れるのはふつうよ」
「いや、絶対にそれだけじゃないんだ」
精神的に疲れることはあっても物理的に疲れることはほとんどないから彼の方が正しいかな、というところだった。
このまままあいいやと先延ばしにしたくないのは僕も同じだ、もっとも、先延ばしにしがちなのが僕という人間だ。
矛盾していると分かっていても、そういうことで後悔をしていても根本的なところが変わらないからそういうことになる。
足して二で割らない感じがよかった、侑紀みたいないいところがあれば、彼や彼女みたいないいところがあればと変な妄想ばかりをしてしまう。
「わたしも新作みたいにやりたい」
「やりたいってなにを?」
「ご飯とか作れるようになりたい、そうすれば毎日夕方にお兄ちゃんががんばる必要もなくなるから」
「僕でよければ教えるよ、分かりやすく教えるのはできないかもしれないけど」
こういうことを言ってもらえるなら弟とか妹がいてほしかったとか最低なことを考えてしまった。
それを誤魔化すためにまずなにを作りたいのかを聞いてみると、オムライスを作れるようになりたいと答えてくれた。
オムライスなら失敗しようがない、だから普通にできればいい方へ繋がるからいいだろう。
「駄目だ、俺が作るから問題ない」
「わたしはお兄ちゃんのために――もう……」
「いつも感謝している、話し相手になってくれるだけで十分だ」
言うと思った、だけどそれとこれとは別というやつだ。
家でやらせてもらえないということならこっちに来ればいい、そうしたらいくらでも練習をさせてあげよう。
彼女に教えることで教え方が上手くなればいいかなと期待している自分がいた。
「新作、いつ泊まるんだ?」
「あー、いつにしようかな」
勝手に侑紀が言っただけだがそういうことなら泊まらせてもらえばいい。
余裕がなくなるから余裕ができるそんな日がいいな、となると、テストが返ってきた日が一番いいかもしれない。
そうしたら心の底から楽しめる、そのときなら千弥子ちゃんもいるから尚更というものだ。
「テストが返ってきたとき――えっと……」
「今日でいいじゃない、もうここから動きたくないわ」
「新作は大丈夫なのか? 大丈夫そうなら着替えを取りに行くが」
「分かった、それじゃあ付いていくよ」
「そうね、たまにはお兄ちゃんのために動きなさい」
泊まるということから泊まらせるという風に変わってしまったものの、細かいことはどうでもいいと終わらせる。
大体、ここでそれはできないよとは言えない、落ち着いている彼女もどうなるのかは分からないから。
「別に付いてこなくてもよかったが」
「たまにはね」
「ふっ、まあいいか」
これはジュースなんかを買うためでもあった。
そこまで付いてきてもらうのは違うからひとりでスーパーに行って購入し、彼の家に寄ってから家に帰ってきた。
僕の想像とは違った点は彼が僕を背負ったということだ、ちなみに「いい運動になったぞ」といい笑みを浮かべて言ってくれたが絵面は多分やばかったことだろう。
「新作ー、早くご飯が食べたいー」
「一緒に作ろうか、それで太田君を喜ばせよう」
「わ、分かったわっ」
「大丈夫大丈夫、もっと気楽にやろう」
約束も守れるし、僕は僕で自分が決めたことを守ることができる。
別にこれでどうこうしようとしているわけではないが、これぐらいでしか返していけないから仕方がない。
「こ、このタイプなの?」
「ごめん、包丁はこのタイプしかないんだ」
「でも、これに慣れてしまう方が楽よね?」
「そうだね」
「ふぅ、やるわっ」
いつでも動けるように、それでも圧にならないように調節しながら見ていた。
ただ、途中から必要ないんじゃないかという感想の方が強くなったが。
彼女も侑紀も最初から上手すぎる、僕なんて切るだけでもひーひー言っていたぐらいなのにこの差はあんまりだ。
「本当は手伝わせてもらっていたんでしょ、甘々お兄ちゃんだからやりたいって言われたら断れないだろうしね」
いいさいいさ、美味しくできればそれでいい、僕としては食材を無駄にするようなことがなければそれで十分だった。
引き受けたのもマウントを取りたいわけではなくてできるからというだけだ、だからこれは気にしなくていいんだ。
「学校で作ったぐらいよ、家ではそもそもわたしが手伝う気がなかったというか」
「それなのに今回はどうして急に変わったの?」
「あんたのせいだから、あんたができるのに自分ができないなんてそんなの恥ずかしいじゃない」
「そ、そうなんだ……」
結局、彼女は僕をいじめるのが好きだった、冗談でもなんでもなく初めて泣きそうになったのだった。
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