04話.[必要になるから]

「監視しているけどなんか普通だね」

「そりゃまあそうでしょ、寧ろひとりで笑っていたりとかしていたら怖いでしょ?」

「逆にそういう太田君を見たくない?」

「うーん、別に見られなくてもいいかな……」


 分かっているのは僕ら以外とは関わろうとしないこと、クラスメイトも近づいたりはしないということだった。

 人と関わることを拒絶しているというわけでもないのに、横暴な態度で怖がらせているというわけでもないのにどうしてこうなるんだろうか。

 まあ、こちらとしては近づいた際に相手をしてもらえるからいいが、友達が勘違いされたままというのも気になってしまうわけで。


「あ、こっちに来た」

「ずっと椅子に座っているというわけではないよね」


 意外と教室を出ていくことが多い、トイレとか気分転換にとかそういうのだろう。

 こちらが話しかけない限りは放課後まで話しかけてくることはないから、移動を始めた理由はそのどちらか、ということになる。


「じろじろ見過ぎだ、用があるならいつもみたいに直接話しかけてくればいい」

「あはは、ばれちったかー」

「ああ」

「よし、じゃあ廊下に行こう、そっちの方が落ち着いて話せるからねー」


 早く冬が終わってほしいが、残念ながらまだ一年が終わるというところまですらきていなかった。

 ベッドから離れるのが大変になるから遠慮をしてほしい、洗い物をする際に水が冷たいから勘弁してほしい、ついつい長時間お風呂に入ってしまうからもったいない。

 最初以外はなんとかなるものの、最初のやつは本当に勇気が必要になるから……。


「そういえば今度太田君のお家にお泊りしたいって新作が言ってたよ」

「そうなのか? 別に構わないが」

「うん、太田兄妹のことを気に入っているからね」


 彼女はこちらの肩に手を置いてから「まあ、そのせいで私は放置されているんですけどね」とすぐに嘘を重ねた。

 服を選びに行ったときも、ご飯を作れるようになりたいと言ったときも付き合っているのになにを言っているのかとツッコミたくなる。


「なんてね、私は私で頑張らなければいけないことがあるから新作の相手ばかりをしているわけにはいかないんですよ。だから! 太田君に新作の相手を頼みたいんだ」


 彼女を除けば友達は彼だけ、だから彼に頼もうとするのは分からなくもない。

 でも、なんか違う気がするんだ、誰かに頼まれたから一緒にいられるのは複雑だから、というのもある。

 や、どんな理由であれ、仲良くしたいと思っている相手と一緒にいられるのは嬉しいが……。


「それも構わない、増口と過ごす時間は嫌いではないからな」

「そっかっ、ご協力ありがとうございます」


 好きだと言われたわけでもないのに喜んでしまう自分が笑える。

 ただまあ、知るために一緒にいるということも分かっている。

 彼が上手くできるようになったらどうなるのかは分からない。

 去るのかもしれないし、そのまま関係が続くのかもしれない。

 僕としては仲良くなれていると思っているから続いてほしいところだった。


「新作はいい子だから大丈夫、ご飯とかも美味しく作れるからね」

「それは自分でできるから求めてはいない、俺としてはこれからも同じようにいてくれれば十分だ」


 それも大丈夫、僕は僕だからいつまでも同じようにしかならない。

 同じようにいることを求めてくれていると分かって安心できた、他の誰かのようにやれと言われても完全劣化の人間にしかなれないから。


「ただ、怖いのは増口が千弥子を狙っているということだ、やけに優しくしているから勘違いというわけでもないだろう」

「えー、それは駄目だよ新作っ」

「太田君が勝手に言っているだけだよ……」


 そもそもこちらがそんなやばいことをしていたとしても千弥子ちゃんが振り向くことは絶対にない、何故なら一番近くにいる男の子が彼だからだ。

 彼は顔は怖いが優しくて格好いい子だ、付き合うことを不可能でも基準がそこになる可能性の方が高い。

 じゃあそこに達していないこちらは駄目ということになる、つまり、スタートラインにも立てていないということだ。


「千弥子ちゃんは駄目っ、そこはお兄ちゃんの方にしておきなよっ」

「「え」」

「もちろん新作が攻めね、僕系が積極的なのがいいんですよ」


 ああ、そういえば彼女の部屋にはそういう本があったんだと思い出した。

 授業中なんかにも他の子を組み合わせて妄想をしている可能性がある、絵も上手に描ける子だから自由に描いていそうで怖い。


「誰かに責められるような悪いことはしていないぞ」

「うんうん、そういう反応も素敵っ」

「ま、増口、小山がおかしいぞ」

「放っておいて大丈夫だよ、というか、まともに付き合ったら疲れるだけだよ」


 普段しっかりやっている分、そういうことでたまには開放してあげないと駄目なんだろう。

 ま、まあ、言っているだけなら特に問題にもならないから大丈夫だ。

 正直に言ってしまえばこの状態の侑紀とは関わりたくなかっただけだが、そういうことにしておいた。




「し、新作っ、お兄ちゃんがっ」

「落ち着いて、太田君がどうしたの?」

「ずっと部屋から出てこないのっ」


 休日だからではないかと言ってみたが、彼女は変わらなかった。

 それどころか「いいから来てっ」と言われてしまったので、気になるのもあるから向かうことにした。


「おそいわよっ」

「落ち着いて」

「……とにかく二階に行きましょ」


 二階に移動して彼女が彼の部屋の扉をノックしたものの、返事はなかった。

 これも休日だから寝ているのではないかと考えて戻ろうとしたとき、彼女の本気で心配そうな顔を見て足が止まる。

 こうなったら怒られてもいいから突撃しようと突撃してみると、明らかに調子が悪そうな太田君がベッドの上で寝ていた。

 必要な物を持ってきてもらうことにする、自宅ではないから最高にやりにくいが。


「だいじょうぶかしら……」

「千弥子ちゃんは一階に行っていた方がいいかもね」


 風邪を引きたくないならそういうことになる、彼だって自分のせいで大好きな彼女がそうなってしまったら嫌だろうから。


「あんたはどうするの?」

「とりあえず起こして水を飲んでもらうよ、そこから先は分からないけど」

「それならわたしもいるわ、ほら、ちゃんと説明しないとお兄ちゃんがなんで新作がいるのっておどろいてしまうでしょう?」

「分かった」


 起こすのはこちらがやらせてもらい、端っこに座って見ておくことにした。


「千弥子が呼んだのか、いつの間に連絡先を交換していたんだ……?」

「お兄ちゃんの電話を借りたのよ」

「そうか」


 彼はこちらを見ると「悪かった」とこの前みたいに謝ってくれたが……。


「移さないために部屋から出ないようにしていたんだ、まさかそれが逆効果になるとは思わなかった」

「せめて体調が悪いんだと千弥子ちゃんには言った方がよかったかもしれないね」

「ああ、後悔している、それで千弥子を慌てさせてしまったから」


 こっちのことは気にしないでと言っておいた、慌てた彼女の声を聞いてこっちの方が放置なんてできなかったから。

 ここに来たことも、ここに来てからやったことも全部僕の意思で、だからだ。


「新作、来てくれてありがと」

「うん」

「でも、宿題があることを思い出したからやってくるわね」

「うん、分からないところがあったら呼んでよ」

「新作はお兄ちゃんといてあげて」


 正直、ここにいても僕にできることはなにひとつとしてない。

 水とかを持ってきてくれたのは彼女だし、体調が治ったら彼女にはご褒美をあげてほしいぐらいだった。


「千弥子も心配性だな」

「大好きな相手が部屋から一度も出てこなかったら心配になるよ」

「増口もそうなのか?」

「ん? あ、今日のことなら千弥子ちゃんが凄く慌てていたからだよ、ただ、気になったのは確かだからここに来たんだけど」


 休日だからゆっくり休んでいるかな程度に考えていたが違かったことになる。

 風邪か、動物ならいつ引いてもおかしくはない、いまの時期はそうでなくても寒いから引く可能性の方が高いぐらいだ。

 僕は彼と関わるようになってから彼の人間らしいところを沢山見られている、風邪のときにこう思うのは悪いがそれが嬉しかった。


「どんな理由であれ、お前は今日ここに来てくれたんだよな」

「う、うん、そうでもなければ君と話すことは無理だよ、ましてや風邪を引いているとなったら尚更ね」


 連絡先はもう交換しているものの、やり取りをすることは全くなかった。

 ただ、それでも寂しくはなかった、話しかければ相手をしてくれる子だからだ。


「お前が話しかけてきたときから俺は世話になってばかりだ」

「え、そう? 無理やり絡んでいただけなような……」


 断ってこないから問題ない! そうやって正当化し続けただけのように見える。

 自分でこんなことを言いたくはないが、うん、だってそれが事実だから。

 嫌ではないから受け入れているんだと本人から聞けてもそこは変わらない。


「あ、それよりいまはちゃんと寝ないと、起こしたのは僕だけどさ」

「必ず礼をする、だからそのときは絶対に受け取ってくれ」

「分かったから、いまは寝てよ」

「ああ、あ、お前はどうするんだ?」

「いて大丈夫ならここにいさせてもらうよ、駄目ならもう帰ろうかな」


 休日でやることがないとはいえ、千弥子ちゃんに相手を頼むというのはできない。

 そこまで自分勝手というわけではなかった、多分、こういう人間性だからこそ侑紀はずっと近くにいてくれていたと思う。

 冷たい子というわけではないが、みんなに絶対いい感じに対応できるというわけではないからね、僕が自分勝手な人間なら離れていただろう。


「……ここにいてもつまらないだろ?」

「迷惑なら帰るよ」

「別に迷惑じゃない、だが、俺はお前のために言っているんだぞ?」

「本でも読ませてもらうよ、なんかいっぱい棚に並べられているし」

「おかしい奴だ」


 地味にいまので傷ついたから絶対にいようと決めた。

 結局、数秒後には自分勝手になっている自分がいた。




「入るわよ」


 読み終わったタイミングで千弥子ちゃんが部屋に入ってきた。

 残念ながら彼は寝ている、少し前だったら起きていたのだが……。


「新作、おなか空いた」

「使っていい食材とかを教えてくれたら作れるよ」

「教えるから作って、お兄ちゃんもおなか空いただろうし」


 あ、そういえばそうだ、そういうことは全く考えていなかった。

 んー、都合よくうどんがあるわけでもないだろうし、ここはお粥でも作ろうか。


「あんたがいてくれてよかったわ」

「うーん、意地になって残っているだけだからねー」

「意地なの?」

「うん、迷惑をかけたいわけじゃないけど、そうなんだよ」


 少なくともあのまま帰りたくはなかった、最近は誰かといっぱいいるから自宅にいると寂しくなるから。

 相手を頼むのはできないとか考えておきながらこれだと矛盾しているが、仕方がないことだったんだと片付けたい。

 そりゃまあ最初から呼ばれたりせずにひとりだったら掃除とかそういうことを過ごす、だけど今日は違かったことになるからね。


「僕的には太田兄妹がいてくれてよかったよ」

「わたしもなの?」

「当たり前だよ、普通に対応してくれるならそうだよ」

「新作はちょろそうね」

「ちょろいよ? 単純だからね」


 とりあえず先に彼女の分を作ってからお粥作りを始めた。

 なんにも難しくはないからすぐに完成、気をつけながら二階へと運ぶ。

 寝かせておきながらあれだが、心を鬼にして起こして食べてもらうことにした。


「千弥子は?」

「下でご飯を食べているよ、冷ご飯があってよかったよ」

「調節して炊いているが、その日によって食べる量が違うからな」

「気分によって変わるからね」


 こちらは適当だから休日に余ったご飯をまとめて炒めたりする、温めてもちょっと硬いからそういう風にしてしまった方が美味しく食べられるんだ。

 絶対に炊きたてのご飯がいいとかそういう拘りはないから問題にはならない。

 ただ、両親以外の家族がいなくてよかったとしか思えなかった、だってもし自分より年下の子がいたとしたらご飯を作るのも大変になるからだ。

 ふりかけをかけて食べればいいかとか、一昨日食べたが同じ料理でいいかとか、そういう最強のことができなくなってしまうだろうし。


「父親はいないからな、女子の方が多いここだとその日によって変わるんだ」

「あ、だから千弥子ちゃんはお母さんのことだけを言っていたのか」

「ん? もう知っていたのか?」

「この前さ、お母さんはすぐに帰ってこないからってことで上がるように言われたんだよ、そのときは大して考えたりしなかったけど……」

「まあ、そう珍しい話でもないがな」


 病死、事故死、離婚など様々な理由で片方の親しかいないとか両方いないとかそういうこともありえる。

 だが、どんな理由であれ成長した後にいなくなるのとそうではないのとでは話が変わってくるわけで、千弥子ちゃんはどういう風に見ているんだろうか。

 ああいう喋り方も守るためにしている可能性がある、影響を受けやすい歳だろうから本当に真似をしているだけかもしれないが。


「早く帰っていたのは千弥子のためだ、まあ、それがなくても俺は早く帰っていただろうが」

「それなのによく受け入れてくれたね」

「出かけるんじゃなくて家に行きたいとかそういうことが多かったからだな」

「ははは、侑紀が言い出したことだけど急だよね、少なくとも出会ったばかりの相手に言うことじゃない」


 ゆっくり仲良くなってからならできることだ、これは相当な明るい人達でもなければそうだと思う。


「それにもう五年生だ、いつまでも過保護過ぎるのも問題になりかねないから」

「うーん、お兄ちゃんが妹を優先して動くのは悪いことじゃないでしょ、千弥子ちゃんだって君を求めているんだから」

「俺が――」

「余計なことを言うんじゃないわよ、ばか新作」

「ほら、こうしてすぐに来てしまうんだからさ」


 彼が気にしているように彼女だって気にしているんだ、だったら変な風に考えて遠慮をするなんてもったいない。

 一緒にいることがストレスになり始めたらそのときにどうするかを考えればいい、つまりそのときからでも遅くはないわけだ。


「千弥子ちゃんの成績ってどんな感じなの?」

「いい感じだ、少なくともため息が出ることは絶対にない」

「ということは支障は出ていないということだよね?」

「学校ではちゃんと友達といっしょにいるわ」

「うん、だから家でぐらいはお兄ちゃんに甘えたいよね」


 家はそういう場所でなければならない、何歳になろうと人に甘えることは恥ずかしいことではない。

 気になってしまうのであれば相手にも甘えてもらえばいい、……相手が彼だと難しいかもしれないが。


「わたしが甘えているんじゃなくてお兄ちゃんが甘えてくるのよ?」

「そうなの? じゃあ千弥子ちゃんはお姉さんだね」

「そうよ、新作の彼女ではないあの女の人よりもお姉さんなんだから」

「侑紀よりお姉さんか、それはすごいね」


 あの子は小さい子の相手をするのが上手だからそれより上ということはすごいとしか言えない、語彙がないがそういうことになる。


「新作、そのまま鵜呑みにするなよ? 千弥子の方が甘えてきているんだからな?」

「えぇ、お兄ちゃんは大人気ないなあ……」

「間違っていることを間違っていると言ってなにが悪いんだ?」

「千弥子ちゃん、少なくとも彼よりきみは大人だ」

「なんでだよっ」


 おぅ、もうこの時点でその証明となってしまっている。

 気づいていないのか「説明しろっ」と感情的になっているお兄ちゃん。


「体調が悪いんだから大声を出さないで」

「うっ、で、でもな?」

「おかゆを食べたら寝て、治したらわたしの相手をして」

「それはするが……」


 嘘でもなんでもなくお姉さんだった、少し疑ってしまったことを内でだが謝罪をしておいた。

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