03話.[絶対になかった]
「増口、お前みたいにするにはどうすればいいんだ?」
彼が話しかけてきてくれるのは決まって放課後だけだった。
だが、話しかけてくれているという時点で一方通行というわけではないから嬉しいことだと言える。
「え? あ、積極的に人に話しかけたいってこと?」
「違う、いや、違わないのか? ……千弥子がもう甘えているから気になったんだ」
お菓子を買ってあげるよと小さい子が相手なら効きそうなことを言っただけだ、すごいのはその言葉の価値だけだった。
ただ、そう言ってみても表情が変わらなかったから師匠を呼ぶことにする。
「私参上」
「帰っていたのに呼んでごめん」
「いいよいいよ、太田君が困っているって聞いて気になったし」
彼女はいつものように聞いては答えていた。
でも、彼がすっきりとしたような顔をすることはなく、僕としてはそこまでのことかなと思った。
だって千弥子ちゃんと仲良くできていないとかそういうことではないからだ、それどころか物凄く好かれているのになにをそんなに不安になっているのかとツッコミたくなる。
「普通に上手にできていると思うけどな」
「だが、増口や小山のようにはできていない」
「そうかな?」
「ああ」
意外だったな、こうやって自分を下げるような言い方をするなんて。
あんなの大人の対応で千弥子ちゃんが合わせてくれているだけだ、不安になる必要は全くない。
「色々と注意をしたりするが、自分がこんなんだから説得力がないような感じがするんだ」
「駄目なことをしていたら注意をしてあげなくちゃ駄目だよ、別に自分がどうこうとか考えなくていいよ」
「本当にそうか? 言われる側としてもしっかりした人間からなら納得できるが、そうではない人間から言われたら偉そうにと言いたくなるだろ」
いまはもうそういうモードになってしまっているからきっと延々平行線になる。
そのため、もう家に千弥子ちゃんがいるだろうから帰ろうと提案した。
戻ってきてもらった侑紀には悪いが、このまま続けたところで三人とも寒い思いを味わうだけだから仕方がない。
残念ながらどうすればいいのかは全く分からなかった。
違うよ、大丈夫だよ、問題ないよ、そんなことを言ったところで「そうか?」と返されて終わるだけだろう。
だが、悪い方にばかり考えてもいいことはなにひとつとしてないからなんとかしたいという気持ちは強く存在している。
簡単に言ってしまえば優しく対応してくれているからだ、冷たい人間とかだったらこんな気持ちにはならない。
「こんなときに言うのもあれだけどさ、妹ちゃんを見てみたいんだけど」
「来ればいい、それとこれとは別だからな」
「ありがとう」
今日は寄り道をせずに帰ることにしよう。
流石に連日行ってしまったら千弥子ちゃんは嫌な顔をするし、自分が口にしたことを守るためにも我慢は必要だった。
「それじゃあ気をつけてね」
「増口も来てくれ、千弥子もきっと待っているから」
今日の彼は分かりやすく本調子ではなかった、いつもなら「そうか」で終わらせているところで変なことを言っている。
まあ、妹大好きお兄ちゃんだから妹のために行動しているのは分かっているが、なんか断りづらくなったのは確かだ。
本人がこう言ってくれているならいいじゃないかと正当化しようとしている自分が内にいた。
「あー――ん? 侑紀?」
「行くよね?」
「あ、はい……」
今回ばかりはどうしようもなかった、こちらの事情で彼女には動いてもらったんだから言うことを聞くしかない。
それで今日も数分後には彼の家のリビングにいた。
「うわあ、あんた来すぎでしょ……」
「ご、ごめん」
「まあ、お兄ちゃんが嫌がっているわけじゃないみたいだからいいわ」
彼女は侑紀に挨拶をしてその侑紀の足の上に座った。
この感じだと初対面というわけではないみたいだ、ということは、実は何回もここに来ているのかもしれない。
「千弥子ちゃんは年上が怖くないんだね」
積極的に関わっていくというのはなかなかできることではない、どんなに勇気がある子でも歳が離れていたらそういうことは難しくなる。
だけどそれができているから言ってみたら「怖いと感じるときはあるわ、眠たいときのお兄ちゃんの顔は怖いわよ」と答えてくれた。
確かに眠たいときとかはひえってなる可能性もありそうだ、家族でもなんでもない自分が見たら怒られているような気持ちになって泣いてしまうかもしれない。
「そ、それは置いておくとして、侑紀にも甘えられているみたいだからさ」
「同性だからよ、あとはなんか悪くなさそうな感じがしたからね」
「初対面じゃないよね?」
「今日が初めてよ、毎日来ていたのはあんただけじゃない」
それ、いやでもやっぱり強い子だ。
ちなみに先程から黙っている侑紀は抱きしめたくて仕方がないようだった。
太田君の方はこの前みたいに突っ立って難しい顔をしているという状態で。
「でも、まさか彼女を連れてくるとは思わなかったけどね」
「彼女じゃないよ、大切な存在だけどね」
「あ、やっぱり? なんかおかしいと思ったのよね」
「ははは、結構酷いことを言われているよね、僕」
そういうことが人生の全てというわけではない。
そういうのもあってダメージは受けていないつもりだった。
「増口、俺はお前が嫌いだ」
「えっ!? そうなんだ……」
じゃあ今日で終わり、ということになるのかな。
人は沢山いる、でも、友達だって誰だっていいというわけではないんだ。
だけど無理やり近づくことなんてできない、そんなことをしてしまったら究極的に嫌われてしまうというだけだから……。
「俺が上手くできなくて悩んでいるときに目の前で自然にやるからだ」
「僕は普通に千弥子ちゃんや侑紀の相手をしていただけだけど……」
「それも自慢だろ、結局、小山を呼んだだけでどうしたらいいのかをお前は隠したからな」
いやあ、そういうのだって全部侑紀の方が適任だったんだ。
僕が余計なことを言ったって悪い方に変わることはあってもいい方に変わることは絶対になかった。
意味のないことをしてほしくないから彼のことを考えてしたというのに……。
「隠したり見せつけたりしてくるお前は嫌いだ」
「ん? じゃあ僕自身が嫌になったというわけではないの?」
「別にそういうことをしないお前なら嫌いじゃない、俺のところにも来てくれるいい人間だから」
「そっかっ! それならよかっ――」
「俺からしたらなんにもよくないがな」
煽るようなことはしたくないからここらあたりでやめておくことにした。
そもそも特になにかを意識して行動しているわけではないから勘違いしないでほしいところだった。
僕にとっての普通は彼にとっての普通とはきっと違う。
また、真似をしようとするのは大事だが、僕の真似をしたところでいますぐに納得できる内容になることはないだろう。
「あれ、そういえば帰らなくていいの?」
もう十七時半だ、休んでいたらこんな時間になっていた。
で、引き止めない限りはすぐに帰る子だから違和感がすごい。
決して、いま一緒にいるとちょっと面倒くさい絡み方をされそうだったから、そういうことではない。
「知りたいからお前といる、お前は意地悪だからどうせ言葉では教えてくれないだろうからな」
「別に隠しているわけじゃないんだけど……」
「今日は千弥子が友達の家に泊まる日だ、急ぐ必要もないから一緒にいる」
「じゃあなんか食べに行こうよ、飲食店とかそういうのじゃなくてもいいからさ」
「どれでもいい、俺がしなければいけないのは見て理解することだから」
こうして付き合ってくれる相棒と一緒に珍しく寄り道をすることになった。
寄り道をしないで帰ろう、最近は全くそれが守れていないことにはなるが。
「……さっきは悪かった」
「うん? あ、嫌いって言ったことを気にしているの?」
「ああ、悪かった」
「いいよ、言われたときは終わりだと思って悲しくなったけどね」
でも、すぐに違うということが分かったわけだし、それをいつまでも言ったりするようなことはしない。
「なんでだ?」
「え、それは太田君といたいからだよ」
「あ、千弥子と仲良くしたいのか?」
「千弥子ちゃんもそうだけど、主なのは太田君だよ」
「だからなんでだ?」
なんでだってそんなの自分から話しかけたからだ。
適当に暇つぶしでそんなことをしたというわけではない、興味を持ったから彼に近づいたのだから。
で、それをそのままぶつけても「なんでだ?」と返されてしまって本気で困った、多分こうなったら認めてくれることはない。
「美味しいね」
「ああ、だが、やはり食べ物に金を使うのは微妙だ」
「そういえば残る物にお金を使うべきだって言っていたか」
「今度しっかり考えて使えと千弥子に言った際にツッコまれてしまうかもしれない」
「な、内緒にしておけば大丈夫だよ」
いま家で待っているとかならどこに行っていたのか、なにをしていたのかと聞かれるだろうが、泊まりに行っているということならそちらに完全に意識がいっているから問題にはならない。
あの子も兄が相手なら困らせるようなことを言ったりはしない、はずだ。
「増口に脅されたからと説明すればいいか」
「えぇ、なんか段々と僕の扱いが……」
「ふっ、冗談だ」
あの子は呆れたような顔や、揶揄したような顔だからまだいいが、残念ながら彼の場合は真顔だから本気で言っているようにしか見えない。
まあでも、冗談を言ってくれるようになったということを喜んでおけばいいか。
「今日も来るだろ? 千弥子が目的なら今日は諦めてもらうしかないが」
「あのさ、最近の僕は連日行っているけど大丈夫なの?」
「全く問題ないぞ」
「じゃあ――痛っ!」
行かせてもらおうかなと言おうとしたのにできなかった、手の甲をつねられるのって本当に痛いよ……。
「今日は大人しく帰りなさい、あんたは来すぎよ」
「ち、千弥子ちゃんっ? な、なんでここに……」
泊まりに行っていたんじゃないのか? いやまあ、別にここにいたってなんにも問題もないが。
「尾行していたからよ、というかね、お兄ちゃんも誘いすぎ」
「俺は来たがっているようだったから誘っているだけだ」
「どうだか。ただ、遠くまできて疲れたから新作、おんぶして」
「それはいいけど……」
ランドセルを背負ったままでなにをしているのかと言いたくなる、とはいえ、一度帰ってからここに来ていたとしたらそれはそれで微妙だった。
連絡を取り合っていたわけではないみたいだし、彼女が自分の意思で探したということだからだ。
会えるかどうかも分からないのに探し始めるというのは危険な気がした、どこに変な人間がいるかは誰にも分からないからそういうことをしない方がいいに決まっている、というところで。
「千弥子ちゃん、これからは一緒に行こうよ」
「まあ、ひとりで追ってもつまらないからその方がいいわね」
「うん、太田兄妹なら大歓迎だからさ――あ、そういえば泊まるってお兄ちゃんから聞いていたんだけど」
「残念ながら今回は無理になったのよ、だからお兄ちゃんを、追ったわけ」
「ははは、そういうところが千弥子ちゃんらしいよ」
うっ、何故かお兄ちゃんがこちらを睨んできているぞ……。
シスコンというやつで、千弥子ちゃんが他の人間と仲良くするのが気に入らないのかもしれない、それが最近出会ったばかりの僕なら尚更ということかもしれない。
「意外とふらふらしたりしないのね、もっとひ弱なのかと思っていたけど」
「太田君と比べたら全然だけどね、でも、千弥子ちゃんを落としたりはしないよ」
「当たり前よ、受け入れたのならしっかり運びなさい」
「はい、かしこまりました」
これも侑紀のおかげだ、あの子は何回も僕を助けてくれるな。
ただ、残念ながらまた嫌いだと言われてしまいそうな件だ。
どうせ僕らしく対応させてもらっているだけとか言っても聞いてくれはしない。
「増口、俺も疲れたんだが」
「うん、だから家で休んでよ、千弥子ちゃんは最後まで運ばせてもらうから」
「やっぱり千弥子が目的だったのか」
「違うよ、流石にふたりを背負って歩くのは無理だからね」
「酷いな」
喋るようになってくれたのは嬉しいが、相手をするのが結構大変だった。
性別が違うものの、千弥子ちゃんがもうひとり現れたような感じになっている。
表情が変わらないから冗談で言っている感じもしない、つまり、千弥子ちゃんより質が悪いことになる。
怖いからこれ以上考えるのはやめておいた。
これからも僕らしく相手をさせてもらおうと内で呟いた。
「き、切るね」
「もっと力抜いて」
「ふぅ、分かった」
侑紀が突然、ご飯を作れるようになりたいと言ってきたから手伝っていた。
お姉さんに頼んでみたらどうかと言ってみたものの、彼女は「お姉ちゃんには迷惑をかけたくないから」と返してきた。
自分の調理技術をとにかく低く考えているのかもしれない。
「こんな感じ?」
「うん、薄すぎず分厚すぎずでいいんじゃないかな」
「でも、なんか目が痛くなってきた……」
玉ねぎは上手い人が切ろうが痛くなるときは痛くなるから気にしなくていい。
僕なんか最初の頃は厚さが不安定で微妙なことになったが、彼女はセンスがいいのかそんなことにはならなさそうだ。
勝手に悪く考えて勝手に不安になってしまっていただけ、練習すればできるようになるのにずっと避けているのはもったいない。
「お米は洗ったりしていたの?」
「たまにだけどね、それで失敗したことはないかな」
「じゃあ簡単な料理だけでもできるようになればお姉さんを楽にさせてあげられるからいいね」
「うん、そのために頑張っているわけだからね――あ、まあ、本当はそれだけじゃないんだけど」
好きな人のために、というところか。
どういう人なんだろう、あの人だよと教えてくれはしていないから少し気になる。
だが、必死に聞くのもそれはそれで変だから教えてくれるのを待っているという状態だった。
「人参さんを剥いていくー」
「侑紀は人参が好きだよね、そうしたら大きく切るのかな?」
実は大きすぎる人参は苦手だった、味がとかではなくて噛むのが大変だからだ。
「うーん、だけどこれはそのまんま新作と私のお昼ご飯になるわけで、新作が嫌ならちょっと小さく切るよ?」
「嫌いじゃないから好きな大きさに切ってくれればいいよ、ただ、熱が入りにくくなるかもしれないからほどほどによろしくね」
「分かった」
練習とはいえ、作ってもらっているのにわがままは言えない。
何度も言うが嫌いというわけではないから頑張ればいい。
「じゃがいもは逆に皮を剥くのが大変だね、でこぼこだからさ」
「そうだね、適当にやると食べられる部分も結構犠牲にしちゃうからね」
小さい頃は……食材に申し訳ないから思い出したくないな。
母にも何度も違うと言われたっけ、それで言われたくないからと頑張ったんだ。
食材が関わっているから小さい人間がやっているとか、物凄く下手くそな結果になっても仕方がないなんて片付けることはできなかったから。
「これでよし……とっ、それじゃあ早速炒めていきますか」
「そろそろ代わる? なにもしていないのに食べさせてもらうのはちょっとね」
「でも、これは新作のお家の食材だから、私が持ち込んでいたりしたらそれでもよかったのかもしれないけどさ」
ここで代わるのはいいとこ取りみたいな感じで駄目か。
こちらがなにかを言わなくても普通に始めたから黙って見ておくことにした。
しかし、どうして自分の家に誘わなかったんだろうと気になり始めた、好きな異性しか入れないということなら仕方がないが。
「いい音だあ~」
「そうだね」
なんにもしていないから少しの申し訳なさがあったものの、なんにもしていないのに美味しいカレーが食べられるということが幸せなような感じがしたのだった。
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