02話.[黙ってしまった]
「あー……」
突っ伏すのをやめて顔を上げてみたらいつもならすぐに帰るはずの太田君が中途半端な表情を浮かべて立っていた。
ちなみにこちらは急ぐ必要もないからこうしていたわけだが、今日はどうしたんだろうか。
「時間、あるか? あるなら付き合ってくれ」
「いいよ」
これは仲良くなったから誘ってくれた、わけではないんだろう。
どうしてもしなければいけないことができて、でもひとりでは上手くできるか分からないから話せる相手を頼った、というところだろうか。
話せる相手なら誰でもいいということになるから残念ではあるものの、頼ってもらえているということには変わらないから文句は言うまい。
「じゃあもう行こう、早くしないと暗くなるから」
「分かった」
で、歩いている最中に妹さんのお誕生日がもうくるからだと教えてくれた、毎年頑張って選んでいるが不安になってしまうからともね。
「それなら侑紀を――小山を呼んでいい?」
「ああ」
足を止めて連絡をしたら丁度近くにいたらしいので合流をする。
なんでなのかは聞かなかった、どう行動していようと犯罪行為でなければ問題はないから。
「妹ちゃんは何年生なの?」
「五年生だ」
「おお、小さいんだね」
僕はいま、妹さんの前でも同じような感じになるのか気になっていた。
もし饒舌になったりするのならなんかギャップがあっていいと思う――ああ、断らないのはそういうところからきているのか。
なんというか勝手に小さい子はわがままというイメージがあるからそういうことになる、お前だけだろと言われたら悲しいね。
「アニメとか好きだったりする?」
「休みの日の朝はよくテレビアニメを見ている、すぐに欲しいとか言うからそうなんだろう」
うんうん、それはここにいる侑紀もそうだった。
だが、それをご両親にねだるのではなくこっちに買ってと何回も言ってくるものだからお誕生日付近は困りものだった。
大きくなったいまはそれなりの物を買えるようにしてあるが、残念ながら「お菓子とかでいいよ」と済ませてしまうのが彼女で……。
「じゃあそれ関連の物かな」
「……俺は毎年、文房具とかそういうのを渡していたが……」
「うーん、実用的だけどそれはちょっとね……」
センスがないから偉そうには言えないものの、侑紀を呼んでよかった。
このまま今年もまた文房具を渡したらどうなるのかは分からない。
子どもは残酷だから「お兄ちゃんなんて嫌い」とか平気で言いそうだし、なにも言わずに離れることだってありえた。
「妹ちゃんは実際にグッズを買っていたりするの?」
「いや、貰った小遣いはすぐに菓子とかに使ってしまうからな」
「ははは、分かるその気持ち、私もお菓子によく使っちゃうからなあ」
自分が買った分だけでは足りなくて「そっちのもちょうだい」と暴君ぶりをよく見せてくれていた。
僕としてはいつも支えてくれているからと大人しく渡していたが、なんにも感じていないというわけではなかった。
いまと違ってお小遣いの金額が少なかったのも大きい、彼女が僕の倍は貰っていたというのも影響していた。
「食べたら消える、残る物に金を使った方がいい」
「うっ、あっ、だ、だけど残る物ばかりを買っていたら部屋が狭くなっちゃうよ?」
「コントロールすればいい」
「うわーん! なんでも正論を言えばいいというわけじゃないんだからー!」
なにをしているのかとこのときばかりは呆れた、彼がなんとも言えない顔でこちらを見てきたから気にしなくていいと言っておく。
「選んでくる」
「うん」
ここで僕も行くよとは言えなかった、いい歳の男子ふたりが女児向けグッズを真剣に選んでいたら絵面がやばいからだ。
あと、どうせ侑紀が戻ってくるだろうと考えているのもあった、実際、十秒もしない内に「これとかどうかな?」とか言って選び始めたから問題ない。
問題があるとすれば僕だ、やっと頼ってもらえたのにこれではなんにもできていないということになる。
無理やりでしゃばっても知識があるわけでもないから滑るだけ、最初から詰んでいるようなものだったのかもしれない。
「助かった、ありがとう」
「どういたしまして!」
「増口も」
「い、いや、僕はなにもできていないから……」
いいさ、感謝されたくて侑紀を呼んだわけではないんだから。
帰路に就いている最中、中途半端なところで侑紀が「そういえばこの前は妹ちゃんいなかったね」と言った。
「遊びに行っていたんだ」
「ああ、そういうことか!」
塾とかではなかったか、元気でいいね。
「幸い、俺に似なかったから助かった」
「こ、コメントしづらいよ……」
「どうでもいい、俺みたいになっていなければそれで十分だ」
この発言的に気にしているということなのかな、それが断らないスタイルに繋がっている可能性がある。
んー、色々と想像してどんな子かを当てようとするのもいいが、本人がここにいるんだから聞いてみよう。
「僕や侑紀の誘いを断らなかったのはどうしてなの?」
「別に嫌ではないからだ」
「断らないようにしている、とかじゃなくて?」
「ああ、嫌ではないから受け入れているだけだ」
結局駄目だったから広げるのはやめておいた。
人生で一番手強い相手と遭遇したと言っても過言ではなかった。
「で、誰こいつ」
「クラスメイトの増口新作だ」
「ん? えー、え、お兄ちゃんもじょうだんを言うようになったのね」
確かにそうだ、小学五年生なんて冗談を言ってきたのはなんでだろう。
僕相手にそんなことをしたところで意味がない、侑紀が相手なら相手をしてもらいたいからということでありえなくもないが……。
「増口、俺の妹の
「初めまして」
「で、お兄ちゃんのなんなの?」
「最近相手をしてもらっているクラスメイト、かな」
否定されたくないから友達とは言わないでおいた。
「ち、ちやこちゃんは小学生なんだよね?」
「は? そうだけど」
「えっと、あ、大人のお姉さんに憧れるお年頃なんだよね」
あるある、侑紀なんてランドセルを背負いながら「私は高校生なんだよ」とか訳の分からないことを言っていた。
子どもなら普通のことだ、だから彼女が悪いというわけではない。
そもそもここで「小学生らしくしろ」なんて言う人間がいたら嫌だろう、どんな喋り方をしていようとそんなのは本人の自由だ。
「お兄ちゃん、この失礼なことを言っているドノーマルな人間をぶっ飛ばしてよ」
「真似をしているのは事実だろ」
「別に真似なんかしていないんだけど」
結局彼女は「変なのは追い出しておいてよね」と言ってリビングから出ていった。
僕としてはドノーマルと言ってもらえて嬉しかった。
だって普通ということだ、それほど嬉しいことはない。
また、自由に言われてもそれで傷つくということはほとんどないからだ。
「ごめん、太田君が嫌われても嫌だから今日はこれで帰るよ」
急に距離を縮めようとしては駄目だとか考えておきながら僕はすぐにこんなことをしていた、やっぱり断ってこないからそのまま鵜呑みにして上がらせてもらったことになる。
「気にしなくていい、千弥子は素直になれないだけなんだ」
「お兄ちゃんに対しては、ということ?」
「いや、あれでも喜んでくれているんだ、俺が家に同級生とかを連れてくるのはほとんどないから」
ああ、あんまり言いたくないがお兄ちゃんの方も面白い子だった、もう可愛くて仕方がなくていい方にしか見られないんだろうな。
「ま、まだいるじゃない! あんたも自主的に帰りなさいよ」
「もうちょっとだけいてもいいかな?」
「だめよ、お兄ちゃんはご飯を作らないといけないんだから」
「じゃあこれで帰るよ」
挨拶をして家を出る、数十分でも寄り道をすれば真っ暗になるから早く帰ろうとすることは悪いことではない。
でも、追い出されることになるのは寂しかった。
「悪いな」
「ううん、上がらせてくれてありがとう」
な、なんていい子なんだと内で驚きつつ、留まっているわけにもいかないからゆっくりと歩き始めた。
こうなったらいつまでも外にいたところで仕方がないから寄り道をせずに真っ直ぐに歩いて、家に着いたらこちらもご飯作りを始めた。
「ピンポンピンポーン」
「……いま開けるよ」
彼女はこういうことをする、押せばいいのにわざわざ電話をかけてきたりするんだよね。
「さっきここに来たんだけど新作がいなかったからちょっと探していたんだ」
「それはごめん、今日も太田君の家に行っていたんだよ」
「そうなんだ、事故に巻き込まれたとかそういうことではないならよかったよ」
積極的に寄り道をする人間ではないから最低でも十六時半には家にいて、これぐらいの時間に出るということはあまりなかった。
そのため、なにかがあったんじゃないかと心配になるのも――いや、お買い物とかには行ったりするからやっぱり大袈裟かな、と。
「私、新作に言わなければならないことがあってね」
「うん」
「実は好きな人がいるの」
「え、全然分からなかったな」
隠し続けるつもりだったものの、気になってしまうから言うことにしたみたいだ。
そういう大事なことを教えてもらえるのはありがたいが、こちらとしては無理をしなくていいと言いたくなる。
長く一緒にいても完全完璧に信用するなんてできないし、言わなければいけないルールなんてないのだから。
「あ、頑張るから一緒にいられなくなるって言いたかったのかな?」
「え? ううん、いまも言ったように隠したくなかったからだよ」
「そっか、教えてくれてありがとう」
特に意味はないがご飯を食べていってもらうことにした。
一緒に食べられたらより美味しく感じられる、雰囲気だっていいものになる。
今度いつか太田君にもこうして家に来てほしいと思った、お世話になっているのと迷惑をかけてしまったからお礼とお詫びみたいな感じでご飯を作りたい。
「すぴー、すぴー」
「侑紀、ご飯できたよ」
「食べる!」
結構食べられる子だから彼女の母に迷惑をかけてしまうということもない。
「美味しい!」と言って食べてくれている彼女の存在はここでもありがたかった。
「さて、お買い物にでも行くか」
「そうね」
ぎこちなく振り返ってみると腕を組んでいる千弥子ちゃんを発見してしまった。
ちなみにここは校門だ、小学校の、ではないから勘違いしないでもらいたい。
「お兄ちゃんと一緒に帰らなかったの?」
「まあね、あんたに用があったから」
多少仲良くなれてもそこは変わらない、昨日は僕が無理やり引き止めただけだ。
ただまあ、盛り上げられるとかそういうことではないから学校のときだけ近づく方がいいのかもしれないが。
「そっか、じゃあ一緒にスーパーに行こう」
「なんでよ、わたしはスーパーになんて興味はないんだけど」
「お菓子を買ってあげるから、今日行っておかないと食材がないんだよ」
あ、いまの言い方は犯罪者みたいだった、現に彼女もうわあといったような顔で見てきている。
でも、そうやって物で釣らないと言うことを聞いてくれなさそうだから仕方がないんだ、今日行かなければならないことも嘘ではないからそういうことになる。
「はぁ、仕方がないわね」
「ありがとう、終わったらちゃんと家まで送るから安心してよ」
「まあいいわ、それなら早く行くわよ」
小学生の頃の侑紀でも流石にこんな感じに振る舞えてはいなかった。
というか、いつもは自由に振る舞えていたのに年上の人が近づいてくると僕の後ろに隠れていたぐらいだ。
僕だって似たようなもので頑張って相手をしていたというのに、彼女は全く緊張した様子もなく待ったり相手をしたりと、勇気のある子だった。
「ところで、僕にどんな用があったの?」
「お兄ちゃんが誰かを連れてくるなんてめずらしいことをするからよ、あんたはどんな魔法を使ったの?」
「え、普通に興味を抱いて話しかけただけだけど、それで太田君が受け入れてくれたというだけだよ」
彼女は知らないだろうが侑紀だって普通に話せるんだから大袈裟な言い方だ。
そもそも連れて行っていなかったというだけで、家に行きたいと言われていれば彼女のお兄ちゃんは間違いなく連れて行っていた。
僕らが特別というわけではないんだ、だからそこを勘違いしてはならない。
「まあいいわ、お兄ちゃんに悪いことをしようとしているというわけでもないから許してあげる」
「ありがとうございます」
「甘いおかしを買って、そういう約束でしょう?」
「分かった」
なんとなく別行動をするのも微妙だったからまずお菓子を選ぶことにしたのだが、こちらがなにかをする前に「これでいいわ」とすぐに持ってきた。
この前言っていたアニメのキャラがプリントされている、日曜日の朝は「いいじゃない」などと言って楽しんでいそうだった。
「あんたもお兄ちゃんといっしょなの?」
「うん、自分で作らないといけないんだ」
「なんかかわいそうね」
「自分の分だけ作ればいいから大丈夫だよ」
可哀想ときたか、僕は一度もそのように感じたことはないが。
昔から自分にできることは自分でやるを続けてきたから違和感とかはない。
急にやるようになったのであれば、いや、それでも可哀想とはならないな。
「お兄ちゃんはわたしとかお母さんの分も作らないといけないから大変だわ」
「手伝ってあげたらどうかな、千弥子ちゃんがそうしてくれたら疲れも吹き飛ぶと思うよ?」
「わたしは……」
あらら、難しい顔で黙ってしまった。
まあ、ひとり暮らしをしていないのであればできなくても死ぬというわけではないし、そう難しく考える必要はない。
興味があるなら太田君から教えてもらえばいいんだしね、そういうことに興味がなくても元気良く側にいてあげればいいだろう。
自分で言っておきながらあれだが、流石にそれには太田君も「好きにすればいい」とはならなさそうだからだった。
「帰ろうか」
「うん」
スーパーから大きく離れているとかそういうことでもないため、彼女の家にはすぐに着いた。
「それじゃあこれで」
「待ちなさい」
「ん? お菓子も渡したよね?」
歩きながら食べようとしないところが偉かった、同じぐらいのときは欲しいお菓子が買えたらすぐに食べていたから恥ずかしくなったが……。
「すぐにお母さんが帰ってくるわけでもないから上がっていきなさい」
「うーん、だけど昨日上がらせてもらったばかりだから――分かったよ……」
冬だからすぐに傷んでしまうとかそういうこともないだろう、だからそれ以外のことを気にしつつも上がらせてもらうことにした。
「増口に用があったのか」
「むしろこいつ以外だったら怖いでしょ?」
「まあ、確かにどこで出会ったんだと気になったかもな」
ソファに座っても封を開けて食べようとしないが、も、もしかして「これは観賞用よ」とか言い出さないよね……? もしそうだったらなんか怖いからやめてほしい。
それこそどこで学んだんだと気になってしまう、その際、何度も聞こうとすると完全に気持ちが悪い野郎になってしまうから避けたかった。
「ん? もしかして買ってもらったのか?」
「わたしが無理やりたのんだわけではないわ」
「ちゃんと礼を言ったのか?」
「あ、……買ってくれてありがと」
「ははは、自分から言い出したことだからね、自分が言ったことぐらい守るよ」
いきなり距離を縮めすぎている嘘つき野郎だが、このことに関しては嘘ではないから気にしないでおく。
「ふぁぁ~、……宿題でもやるわ」
「それなら僕は邪魔をしても悪いからこれで――」
「分からないところがあるかもしれないからあんたは見てて」
「うん、じゃあもう少しぐらいはここにいるよ」
試したくてしているわけではない、こういう反応を期待して言っているわけではないんだ。
彼女が移動したから付いていくと横に座るように言ってきたから座らせてもらったのだが、何故か太田君が突っ立ったままで気になった。
「太田君? 立ったままでどうしたの?」
「いまから飯を作るから千弥子の相手を頼む」
「うん、受け入れたわけだからいさせてもらうけど」
なにを作るかとか考えていただけか。
集中しないと怒られそうだったからそのことは内から捨てたのだった。
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