107作品目

Rinora

01話.[頑張ってみてよ]

 手を洗って廊下に出る、すぐのところにいてくれたから壁に背を預けて目を閉じていた彼に近づいた。


「今日は一段と寒いね」

「別に、冬なら普通だろ」


 こんな感じでそっけない割には待っていてくれるから不思議な存在だった。

 まあ、言ってしまうと一週間前に話し始めたばかりだから仕方がないことではあるのかもしれない。

 僕が一方的に絡んでいるようなものだし、快く対応しなければいけないなんて法律はないからだ。


「太田君は夏も得意そうだね」


 太田伊吹いぶき君――彼は振り向かないまま「別に苦手じゃない、得意でもないが」と答えてくれた。

 何回も繰り返していたら怒られそうだったのでやめて、教室に入ってからは大人しく自分の席にところに移動をする。


「おいおいおーい、男の子と連れションかい?」

「あ、あのさ、女の子なんだからそういうことを言うのやめようよ」


 小山侑紀ゆうき――彼女とは出会ったばかりでもないから試し試しやる必要がなくて楽だと言えた。


「それにしても太田君に話しかけるなんてね、君もチャレンジャーだね」

「別に悪い子じゃないから問題ないよ」


 明らかに問題がある子なら流石に近づけてはいない。

 ただ、本当に相当な問題を抱えているとかそういうことでもなければ僕はきっといまみたいにしたはずだ。

 ……冬だから説得力というのは全くないが、うん、僕だからそうなる。


「でも、ずっとひとりでいてなにを考えているのか分からないってよく言われているけどね」

「そんなの周りが勝手に言っているだけだよ、というか、それなら僕だって言われたことがあるしね」

「なんにも自慢になりませんよー」


 一緒にいて印象を変えてやろうとかそういうことではないんだ、僕はただただ太田君と仲良くしたかっただけでしかない。


「ま、面白いから頑張ってみてよ」

「僕は僕らしく太田君といさせてもらうだけだよ」


 それでもちゃんと授業には集中をして、お昼休みになったら教室を出て静かな場所でお弁当を食べることに。


「なんかごめん、静かな場所の方が好きなんだ」

「気にしなくていい」


 ちなみにこれ、空き教室に誘うようになってから毎回言っている。

 こういうとき侑紀だったら上手く盛り上げるところだが、残念ながら僕にそんな能力はない。

 話すことは大好きだから積極的に話しかけたいものの、絶妙なラインの見極めがまだできていなかった。


「無理しなくていいんだぞ、どうせ春になれば別のクラスになるんだからな」

「無理なんかしてないよ、あと自由に言ってくる人なんて放っておけばいいんだよ」

「気にしたこともないがな、ま、好きにすればいい」


 許可も貰えたから自作してきたお弁当をゆっくり食べていくことに。

 どれぐらい話しかけていいのかを十二月になるまでに知る必要がある。

 とはいえ、侑紀を頼るわけにもいかないから自分でなんとかするしかない、仲良くなりたいなら頑張るしかないというのが現状だった。


「はろはろー、あれ、太田君もいたんだ」

「いる、増口に誘われたからな、邪魔なら去るが」

「いやいや、むしろ邪魔ならこっちが去るよ?」

「気にしなくていい」


 クールだな、僕もこれからは「気にしなくていい」と言わせてもらおう。

 それより僕が誘ったみたいに思われるのは嫌だった。

 これは彼女が自分の意思で来ただけだ、でも、慌てて違うからねと言うのは違うからどうしようもないということになる。


「太田君は学校が好きじゃない?」

「普通だ、好きでも嫌いでもない」

「じゃあじゃあ、人といることがあんまり好きじゃない?」

「別に拒絶しているつもりはないが」

「そうだよね、拒絶しているなら新作しんさくの誘いだって断っているよね」


 実は色々と聞いてくれて助かっている増口新作だった。

 コミュニケーション能力が高い人間を見るとやはり羨ましくなる。


「新作はぺらぺらうるさいだろうけど付き合ってあげてね」

「反応できるところにだけ反応するから問題ない」

「じゃ、私はこれで、少しだけでも話せてよかったよ」


 うるさいは余計だ、だけど助かったからありがとうとお礼を言っておいた。

 自作のお弁当も食べ終わったから伸びをしてから立ち上がる。


「食べ終わったら歩こうよ」

「ああ」


 僕はそれまで少し離れた場所で準備運動をしておくことにした。

 実はこの前、歩いている最中に足が攣って痛かったから少し怖くなっているんだ。

 もちろんそれだけではなく、色々なところが衰えてきていることを知ったためでもあった。

 流石に二十歳にもなっていないのにこの劣化具合は不味い。

 長生きがしたいというわけでもないが、短命で終わるということにもなってほしくないから頑張らなければならない。

 でも、走るのは違うから歩くことでゆっくり対策をしていこうと考えているんだ。


「終わった」

「うん、じゃあお弁当箱とかを置いてから歩こう」


 大きな相棒ができたみたいで楽しい。

 あとはこの相棒がもっと話しかけてきてくれたらいいかなとそう内で呟いた。




「うーむ、これとこれ、どっちにしようかなー」

「侑紀にはこっちかな、明るい色の方が似合うよ」

「そっか、それならこっちにしようかな」


 放課後は彼女と一緒に商業施設まで来ていた。

 服が欲しくて欲しくて仕方がないみたいだったので、じゃあ行こうよと受け入れた形となる。


「よし、欲しいのを買えたからゲームセンターにでも行こう」

「いいよ、行こうか」


 残念ながら太田君を誘うことはできなかった。

 挨拶をしてくれたが、挨拶をして誘えるような余裕がなかった。

 放課後はいつもそうだから違和感はないが、仲良くなれてもそこだけは変わらなさそうで怖い。


「話してみないと分からないものだよね」

「えっ? も、もうちょっと大きな声でお願い」

「話してみないと分からないものだよね!」

「うわあ!? 声が大きすぎだよ!」


 ……まあ、そういうものだろう、遠くから見ただけで相手のことが分かるのであれば誰も困らない。

 分からないからこそ近づくしかない、もちろんそれで終わりではなくて仲良くなれなければ駄目だ。


「新作も同じだったしね」

「えぇ、僕はなんとなく分かったでしょ」

「そうかな」


 お金が沢山あるというわけではないから帰路に就きながらそんな話を続けていた。

 多分、僕ほど分かりやすい人間はいないと思う、何故なら両親から顔に出やすいとか態度に出やすいとかよく言われているから。

 一緒にいる相手としては助かる存在なのではないかと思っている、なんにも言ってくれない子が相手だと不安になってしまうことも多いからだ。


「あ、太田君だ」

「本当だね、お買い物に行ってきたみたいだね」

「話しかけてみようよ」

「え、邪魔しちゃ悪いからやめて――ああ!?」


 ただまあ、いつまでも試し試しやっていないでどかっとぶつかってみるのも大事なんだろうな。

 誘っておきながら黙るとかそういうのが一番最悪だ、少しぐらいは真似をしなければならない。


「太田君!」

「放課後でも一緒にいるんだな」


 僕が無理やりしたわけではないから堂々としておけばいい、はずなのに……。

 意識してしているわけではないんだろうが、冷たい感じがして彼の顔を見ることができなかった。

 学校で話しかけられるのと放課後、学校外で話しかけられるのではきっと違う。

 何度も言うが自分がしたわけではないにしろ、僕は自分がされて嫌なことをしてしまったようなものだった。


「いつもじゃないけどね、それより太田君がお買い物担当なの?」

「まあ、暇だからな」

「偉い! ここにいる新作も家事をいっぱいやっているんだよ」

「そうか」


 確かに彼に比べたらぺらぺら話しているか、あとは自分を守るために行動しすぎているような気がする。

 もちろん申し訳ないとは本当に思っているが、その内のほとんどは言質を取りたくてしているだけのことで……。


「ね、太田くんのお家に行ってもいい? なんかやたらと新作が気にしているから」

「なんにもないが来たいなら好きにすればいい」

「うんっ、ありがとう!」


 ここまで断らないのもいいことなのかどうかが分からなくなってくる。

 嫌なことを嫌だと言えない性格ということなら信用できる人間の存在が必要だ。

 全て頼ることになるのは微妙だろうからちょっとサポートしてもらえるような存在がいてくれたらいい。

 僕にとってそれは侑紀だ、利用しているみたいで悪いがそういうことになる。

 いまだって僕のためにしてくれているわけだし、同い年なのにどこかお姉ちゃんみたいな感じの女の子だった。


「上がってくれ」

「お邪魔します!」

「お邪魔します」


 彼が彼女と仲良くすることで饒舌になってこっちと話すときも同じように~とはならないだろうか。


「おお、こんな感じなんだ」

「普通だ」


 必要な家具を置いても余裕がある彼の家が羨ましくなった、僕の家も一軒家だがご飯を食べるための机と椅子だけで限界だからだ。

 とはいえ、お金も払っていない人間が文句を言うべきではないし、それでも全く問題なくこれまで生きてこられたんだから感謝をするべきだ。

 ついつい求めすぎてしまうのが駄目なところだった、そして、きっとそれはこれからも変わらないんだろう。

 社会人になる前に、つまり学生時代中になんとか直せないだろうかと考えている。


「俺は飯を作るから自由にしていてくれ」

「近くで見ていていい?」

「好きにすればいい」


 別にご家族と会うことになってしまっても問題はないが、僕としてはそのことよりもここに来てしまっていることが問題のように感じた。

 いきなり距離を縮めすぎだ、一気に近づいてくる人間を警戒するのが人間だ。

 ちょっとしたことで一緒にいてくれなくなるかもしれない。


「用事を思い出したから帰るよ」

「そうか」

「え、なにかあったの? それならなんかごめん」

「ううん、忘れていた僕が悪いんだ」


 いまならなんとかなる、彼女が行動しただけということで終わらせられる。

 だが、悪いことをしたわけではないのに気分は微妙な状態だった。




「なんかおかしかったね」

「普通だ」

「いや、多分違うよ」


 でも、あんまり大人しく吐いてくれる子ではないから諦めて残ることにした。

 彼も新作もご飯を作れるのにこっちはなにもできないというのも影響している。


「作っているところを見ているより増口と一緒に帰ったらどうだ」

「迷惑なら帰るよ」

「迷惑じゃない、だが、見られていると気になる」


 あら、そういうことが気になるんだ。

 んー、残っても能力が上がるというわけでもないから新作を追おうか。

 意味がないとまでは言わないけど、私が彼と仲良くしてもあんまりね。


「無理を言ったのに上がらせてくれてありがとう」

「気にするな」


 で、走っていたらすぐに親友の背中を見つけることができた。

 迷いなく近づいてタップする、そうしたら分かりやすく驚いていて面白かったけど謝罪をした。


「どうしたの?」

「……もしかしてばれてる?」

「正確には分かっていないけど、うん、なんか変だなーって」


 長く一緒にいるからなんとなく分かるんだ。

 まあ、盛大に外すときもあるから今回みたいに言うことはあんまりなかった、それでも今回言ったのは違和感があったからだ。

 だって一緒にいたがっていたのにお家にいたときの彼は凄く微妙そうな顔をしていたから。


「僕としては出会ったばかりなのにぐいぐいいきすぎてしまっている気がしてね、そういうのもあって一緒にいられなくなったら嫌だから逃げたんだよ」

「でも、頼んだのは私だよ? 太田君も断ってくることもなかったんだしさ」


 そうでもなければ入ることなんてできないし、嫌がっているのに無理やり入ろうとする人間ではない。


「矛盾しているけどね、僕は動いてくれた侑紀に感謝しているんだし」

「ちょっと興味が出てきただけだよ」

「侑紀じゃなくても誰かと仲良くしているところが見られれば十分だけどね」

「自分じゃなくていいの?」

「そりゃ、できれば僕だって仲良くできた方がいいけどね」


 近づいている状態なら当たり前のことだった、というか、近づいているのに仲良くする気がないとか言ってきたらなんだそれとツッコミたくなるからやめてほしい。

 いやほら、そういうことでも体力は消費するものだからね、ましてや相手が変える気がないとどんどんと長引いて……。

 時間外労働みたいになるのは嫌だった、ぱっぱっぱっと終わらせたい。


「ジュースでも奢るよ、お世話になっているからね」

「わーい、それなら強炭酸のアレで頼むよ」

「了解、侑紀はあれが好きだね」


 複雑な気持ちもどこかにやってくれる最強のジュースだ。

 残念な点はスーパーに行かないと買えないこと、あと、すぐに喉が求めてしまうことだと言えた。

 つまり中毒状態になってしまっているということだ、これを治すには我慢をするしかないけど……。


「はい」

「ありがとー」


 新作はこういうときに買ってくれはしても自分のために買ったりはしない。

 お金をしっかり貯められているようでいいけど、なんか気になるのは確かだ。


「はい、先に飲んで」

「いいよ、それはお世話になっているから――ぶえ!?」


 よし、これで気にせずに飲めるようになった。

 いまさら間接キス程度でぴーぴー言うような人間ではないからちょっと飲んで喉を潤す。


「最高だねっ」

「はぁ、僕はちょっと心配になるよ」

「別に死ぬわけじゃないんだからいいでしょ、帰ろ」

「うん、帰ってご飯を作らないと」


 逆走するみたいになってしまったからさらに離れた。

 でも、親友とゆっくり話せるのは悪くないから嫌な気持ちにはならない。


「私の勘だけどさ、太田君は歓迎してくれるよ」

「侑紀の勘は当たるからなー」

「もちろんいきなり距離を縮めるのはさっき新作が言っていたように駄目だけど、いまみたいに遠慮しすぎるのも違うと思う」


 彼も私に負けないぐらい積極的に行動できる存在だ、そのため、抑えすぎてしまうともったいないように感じてくる。

 あとは、このままだと太田君も困るだろうから、というところかな。


「ま、困ったらどんどん言ってよ、私にできることならするから」

「うん、心強いよ」

「じゃ、今日はここで別れることにしよう」

「気をつけて」

「新作もね、じゃあねー」


 急ぐ必要もないけど意味もなく家まで走った。


「ただいま!」

「おかえり、今日は侑紀の方が遅かったね」

「服とか買ってきたんだ、あと、新作とスーパーに行ってジュースを飲んだの」


 手洗いうがいをしっかりしてから部屋に移動して制服から着替えた。

 実はあの学校の制服をかなり気に入っている、あそこを選んだ理由にはそれも含まれている。


「新作君は元気?」

「うん」


 一階に戻ったら急に姉がそんなことを聞いてきた、元気じゃなかったら付き合って行動することなんて不可能だろう。


「元気ならいいことだね、ほら、風邪を引くと酷いことになるから」

「あー、そうだね、三日とか普通に寝込むからね」


 風邪を引くと入れてくれなくなるのも問題だった。

 新作のご両親も協力して「今日はごめんね」と入れてくれないからどうしようもなくなるので、こちらはそうならないようになるべく近くにいることにしていた。

 小さな変化に気づければ早めに行動することができるようになる、あと、そのときなら一緒にいられるから問題はない。


「新作君といるのもいいけど好きな子とはいられているの?」

「一緒にいられているよ? 新作が相手のときみたいにはなかなかできないけど」


 関係が変わった場合にだけ言おうと決めていた、なにかがあるからではなくてなにもないからだった。


「ね、どういう反応をすると思う?」

「んー、新作君なら『そうなのっ?』と分かりやすく驚いてくれるんじゃない?」

「ありそう!」


 それか「そうなんだ」か「そりゃいるだろうね」とかかな。

 ただ、私としてはいま姉が言ったみたいな反応をされたかった。

 積極的に驚かせたいというわけではないものの、後者だと全く興味を持たれていないみたいで寂しいから。


「よし、それじゃあご飯を作ろう」

「わ、私は手伝わないからね?」

「いいからいいから」


 だ、駄目だ、このままだと夜ご飯が美味しくなくなる。

 なので、私に出せる最大速でリビングから逃げたのだった。

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