第9話 女子高生は屋上で……。

「やっと追いついた……!」



 それからどのくらい駆け回っただろう。気がつけば屋上まで来ており、ようやく追い詰めた。




「何で……」



 お互いに息を切らしていて、会話の間には少し間が空く。




「何でここまでして私に構おうとするんですかっ!私が折角距離を置いたのに……!」



 呼吸を整えれば、誰もいない屋上で小冬はそう声を荒げた。どうやら俺の家に来なかったのは、意図的だったらしい。事故なんかではなかった事に安堵しつつも、その理由がさらに気になった。



 今にも泣き出しそうな小冬の顔を見れば、彼女なりの考えがあったのが伝わる。




「藤川さんに頼らないように、約束を破ったのに!」



 続けて言葉を強めて発言する小冬は、その表情から無理しているのが見て分かる。




「どうして…………」



 小冬は唇をぐっと噛んで表情が崩れるのを防ぎ、腿の辺りをぎゅっと握った。腹の奥底から出た悲しげな声色は、小冬の暗い表情を際立たせる。



 顔を下に向け、体全体を震わせている小冬は、捨て猫のそれと似ていた。




「…………小冬は、俺の家に来たくなかったのか?」



 今の彼女にこれを聞くのは少々ズルかった。俺にはズルいという自覚もあったし、あったからこそ意識して質問した。



 

「私は……」



 言葉に詰まった小冬は、手を胸に当て、ゆっくりと顔を上げながら、その面の崩れ具合を俺に示した。




「小冬なりに来なかった理由があるのは何となく分かる。だからこそ聞く。小冬は来たくなかった?」



 俺が小冬にこれを聞いた理由は、彼女が一度たりとも俺の家に行きたくないと言わなかったからだ。



 約束を破ったという自覚も、距離を置いたという自覚もあるのだから、当然行かなかった理由もあるはず。でも俺にそれを聞く資格はないし、聞こうとも思わなかった。



 そこを指摘するのはプライバシー的にも問題があるし、出会って一週間の男が聞いていい事ではない。



 最も、小冬自身が来たかったのか、来たくなかったのかを知れれば、俺はそれで良かった。



 まあ言葉の節々から、俺の家に行こうとしていた意志があるのは考えればすぐに伝わってきたが、やはり本心を聞かないと確信には繋がらない。

 



「私は、本当は行きたかった……」



 我慢するのをやめて心からの言葉を出した小冬は、堪えられなくなったのか、同時に瞳から雫を零した。




「本当は藤川さんに頼りたかった。ほとんど知らない私に優しくしてくれた藤川さんに、頼りたかった……、」



 溢れ出た心の感情は、止まる事なく出続ける。




「…………毎日家に行って、味噌汁を作りたかった。」

「ならそうすれば良かっただろ。俺は別に気にしないし、気にする事もない」

「…………藤川さんならそう言ってくれると思いました」



 嬉しいのか悲しいのか、今の小冬の顔にはそのどちらも浮かび上がっていて、逆に可哀想に見えた。




「でも、だからこそ怖かったんです。私がずっと望んでいた物が、たったの一日で手に入るのが……」



 ここで小冬の声色がガラッと一変し、嗚咽混じりの震えた声から、もっと深くから震えた、怯えるような声色へと変化した。



 俺の目を見ながら、小冬はそんな声で、あの日の一日がずっと欲しかったと言う。ずっと望んでいて、それでも手に入らなかったものが、俺との一日で手に入りそうだったと。




「ここで藤川さんに頼ってしまったら、駄目な気がしたんです。またいつか、要らないと言われてしまいそうで、、」



 俺がそんな事を言うはずがないのだが、彼女は過去に誰かに言われた事があるのだろう。そのせいで、俺がいつか言うかもしれないという可能性が、小冬の中でとても大きく膨れ上がった。



 恐らくそれこそが小冬のトラウマで、俺に遠慮気味だったのも、もう同じ思いをしたくないという気持ちから来ていた行動だったのかもしれない。



 人間、誰かから必要とされなくなった時にとてつもない絶望を感じる。彼女の場合は多分親だろうので、その感じ方は数倍にも跳ね上がるだろう。




「もうそんな事を言われるのは嫌だったんです。だから、、」



 しんみりとした面をしている小冬は、歩道橋の上で出会った時と全く同じ表情をしていた。瞳から光は消えて、体のどこにも明るい箇所が見当たらない。



 俺はそんな彼女を見て溜息をついた。そして、小冬の顔の方に手を伸ばした。




「痛っ!」

「痛いかもな。だってデコピンしたんだから」



 今回はビンタではなく、少し弱めのデコピンに変えた。




「あのな。もう一度言うぞ。これが3回目だからな」

「はい…………」

「俺は小冬のその考え方が大嫌いだ!」



 もう口癖になるんじゃないかと思うくらい、小冬にはこの言葉を多用した。そして毎度の事、小冬は哀愁さある雰囲気を漂わせる。




「確かに要らないと言われる事を恐れて、俺の元を離れる気持ちは分かる。でもな、離れた所でどうせ悲しい気持ちを引き摺るんだろ?」



 俺が一番気に入らないのは、悲しい気持ちから逃げた先にも、また悲しい気持ちが待ち受けているという事だ。



 小冬は俺と出会う前に飛び降りをしようとしていたので、俺がいる云々に関わらず自分の負の感情を抑えきれなくなっている。



 なのでどちらにせよ、俺から『要らない』と言われる事から逃げた所で、また同じ事を繰り返すだけなのだ。




「…………だったら、どうせ同じく悲しい思いをするくらいなら、自分が好きな方の悲しさを選べばいい」

「自分の好きな方……」



 結局のところ、小冬がいくら孤独に慣れる事は出来ても、耐える事は出来ないのだ。人間なら皆そうだろう。



 もしかしたら、中には孤独を好む人もいるかもしれない。



 だが、どこかで必ず誰かが絡んでいて、孤独が好きという人も、必ずしもその誰かと接触する。人間とは、人と人とが支え合って、そこに交わりの仲が出来るからこそ、成立する。



 つまり、1人では人間として生きていけない、いや耐えられるはずがないのだ。




「もし、小冬の望むものを俺が提供出来ていたなら、たまには悲しさを忘れる事もあるんじゃないか?」

「…………忘れる、、」

「まあ忘れさせるという約束は出来ないけど、俺は小冬の腐った根性を叩き直すという約束・・があるからな。」



 長々と話していれば、小冬の嗚咽は止まり、真摯な目つきで俺を見ていた。





「それに、俺は人を、小冬を物として見てないから」

「もういいですよ」



 俺の本心をまだ続けようとしたが、小冬からの静止があったので、俺はそれに従って口を閉ざす。




「…………藤川さん、ごめんなさい」



 次に小冬の口が開いた時には、何よりも先に謝罪の語が出てきた。







【あとがき】


あいだ

あひだ 【間】


1.

これとそれとに挟まれたところ。

2.

人(や団体)の交わり方の仲。



↑間にも色々意味があるらしいですね。(Google参照)



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自殺しようとしている女子高生を入手した話 優斗 @yutoo_1231

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