第7話 女子高生と写真

「出来上がりましたので、どうぞ召し上がってください」



 味噌汁も用意ができ、テーブルの上にはいつもとは違った彩りのある朝食が並んだ。俺は見慣れない光景に感激して写真を撮ろうとポケットからスマホを取り出した。




「なあこれ写真撮っていいか?」

「写真ですか?大したものじゃないですけど、撮る分には構いませんよ?」



 小冬からの許可も頂いたので、カメラアプリをオンにする。最近のスマホカメラはかなり画質が良いので、肉眼で捉えた物と大差ない。



 むしろ加工とかをすれば肉眼で見る物よりも綺麗になったりするのだから、凄い時代だ。カメラのピントを合わせれば、俺はシャッターボタンを押した。




「藤川さんって写真とか撮られるんですね」



 仕上がった朝食を一枚、二枚とカメラに残せば、正面に座っている小冬が疑問そうに声を掛けた。




「そりゃ撮りたいと思ったものは撮るよ。この朝食も何か新鮮で綺麗だなと思ったから撮っただけ」

「撮りたいから、ですか」

「俺は良く分からないけど、写真とかは女子高生の方が撮るんじゃないのか?」

「それは私がですか?」

「うん」



 些細なやり取りを行えば、小冬は困った顔で頭にハテナを浮かべている。そんなに難しい事を聞いたつもりはないが、よく考えれば彼女が好んで写真を取る性格のはずがなかった。




「…………私はほとんど撮らないですよ。記憶に残したい事もあんまりないですし、」

「へーそんなもんなのか」

「あくまで私はですけどね」



 彼女が考えた結果、答えはまた寂しげが溢れていた。それは本人も自覚があるようで、顔色は薄く、表情全部が暗くなっている。



 本当、何から何まで暗い色だから可哀想に思えてしまう。今まで光を差し伸べてくれる人もいなかったのだろう。その時点で彼女の苦が滲み出るのも仕方がない。



 そんな小冬を真正面から見ていた俺は、スマホのカメラを彼女に向けて、物理的に光を差した。




「きゃっ、」



 シャッターボタンを押せば、彼女は眩しそうに手で目元を隠し、高い声をあげる。




「いっ、いきなり何するんですか、」

「別に。俺は友達の写真撮っただけ」



 言い訳でもするかのように口から出せば、小冬は反論を出来ずに言葉に詰まった。普通なら、同級生の写真を無断で撮るなんて、変態と罵られてもおかしくない。しかし彼女はそれをせずに、また顔を下に向けた。




「友達…………、、」

「俺と友達とか嫌だった?」

「嫌じゃないですよ。……でも私なんかと友達になってもつまんないですし」



 何故ここまで自分を卑下するのか。その原因は彼女の家庭環境にある気がする。現状、小冬がここまで精神を落ち込ませたのは彼女の親に当たるのは分かっている。



 ただ意味もなくカメラフォルダを埋めつくす女子高生が、写真一枚でこの様だ。彼女にどんな事情があるのかは知らないが、深く関われば関わるほど見過ごせない。




「つまらないかどうかはさておき、明日からもここの家に来る同級生を友達と呼ばずに何と呼べばいいんだ」

「それは確かに…………」



 俺では彼女の苦しみを助けれるのは無理なので、その助け舟を出すしかない。いつか小冬自身が過去を忘れるように、手を差し伸べるしかない。


 

 俺の言葉を頭に流した小冬は、まだ不満はあるものの、8割近くは納得したような顔をしていた。




「友達になるかならないかなんて、そんなに重く考えなくてもいいだろ」

「そうかもしれないですね……」

「友達だと思ったら友達。そんなもんだ」

「そう……ですね」



 残念な事に、俺には人を助ける力なんて備わっていない。神様でなければ仏様でもない。だから自分の頭で考えて、どう接してあげれば良いのか、それを見出して教えなければいけない。ちょっとでいいから、少しずつ……。



 俺がそんな事を考えていれば、突然目の前に光が走った。

 



「眩しっ!」



 太陽の光にしては弱い輝きが、俺の瞳に襲いかかる。眼球を隠すように瞼を閉じて数秒後、目を開ければ目の前にはスマホのレンズがあった。




「さっきのお返しです」

「……やってくれたな」

「友達の写真を撮っただけです」



 彼女から見れば俺も似た表情に見えたのか、基本写真は撮らないと言っていた小冬が、スマホを取り出してカメラを向けていた。



 悪戯をする子供のように、顔を緩ませながら。




「いいじゃん。そうやって笑ってた方が女子高生らしいぞ」



 そこに浮かんでいる少女の笑みがあまりにも神々しいので、俺は自分が撮られた事よりもそっちの方に意識がいった。



 普段、俺は自分の写真を撮られるのが好きではない人間だが、今はそんな事を思い出すまでもなく忘れていた。




「…………藤川さん、セクハラです」

「何でだ」

「理由はないです。あと、今は顔見ないでください……」



 俺に凝視された小冬の顔は耳まで赤くなっており、その初心さが俺の心臓の鼓動を早めた。




(落ち着け……)



 これは恋ではない。自己満だ。そう何度も胸に言い聞かせながら、平然さを取り戻そうと深呼吸を行う。




「味噌汁冷めるし、そろそろ食うか」

「…………はい」



 意識と話を逸らすために近くにあった朝食を指差し、ギリギリの所で難を逃れる。




(俺にその耐性はついてないんだよ…!)



 女子との関わりがほとんどない俺にとって、不意に浮かんだ笑顔はどんな武器よりも鋭くて胸に刺さる。



 あくまで冷静を装って飲んだ味噌汁は熱いようでぬるく、今までで食べた物の中で一番美味しかった。










【あとがき】



二人のじれじれストーリが、今始まる!

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