第6話 俺はその女子高生が嫌い。

 小冬がキッチンに立ってからしばらくすれば、芳ばしい香りが俺の鼻に届いた。彼女が一体何を作っているのか。まだそれを見たわけではないが、何となく出来上がる物は分かる気がする。



 キッチンに立つ小冬の姿はやけに様になっており、少し幼さの残る顔とのギャップがあった。




「出来上がりました」

「どうも」



 お互いによそよそしさを見せながらも、盛り付けを始める小冬の隣に行き、皿を覗いた。




「目玉焼きにウィンナー。それから少量ですけど野菜も乗せましたので」



 仕上がっていたのは理想の朝食と呼ぶべきか、お腹を空かせていた俺の食欲に追い討ちをかけた。




「よく作れるな、こんなの」

「…………慣れですね」



 決して一日二日では出来ない料理スキルに、素直に褒める。




「冷凍ですけどご飯も買いましたので、それもどうぞ」

「完璧だ……」



 昨日の歩道橋とは違う気配りの出来た行動に、俺の中で昨日の出来事は嘘だったのではと疑った。こんなに相手の事を考えて行動している小冬が、何故あんな風になってしまったのか、その疑問は謎に包まれていくばかりだ。




「今、味噌汁も作ってますので、先に食べてていいですよ」



 俺が盛り付けられた皿や箸、お茶とコップをテーブルに運べば、まだキッチンで作業をしている小冬がそう言った。




「作ってもらってる立場なのに先に食べられるわけないだろ」



 流石に俺だって人としての常識はあるので、そんな礼儀のない行動を取ったりはしない。ましてやお金も出してもらっている立場なので、待つ以外の選択肢なんて最初からなかった。




「…………私なんかのために、わざわざ待つ必要はないですのに」



 ここで、やはり彼女は昨日のままなのだと再認識出来た。一見完璧な配慮と非の打ち所のない性格に見えるが、その遠慮深い所が小冬らしさなのである。



 言葉の端々にしんみりとした感情を乗せている小冬だが、それを意識しているわけではなさそうだった。あくまで無意識に漏れ出しているのだから放置出来ない。




「あのな、俺が何でここに連れてきたか覚えてるか?」

「…………私が、、帰る場所ないから?」

「違う」

「放っておけなかったから、、?」

「そうだけど違う」



 どうやら、俺が昨日の小冬からの質問に答えた言葉は覚えていたようだ。小冬が自分から聞いてきたので当然と言えば当然だ。



 だが、俺は一番最初に歩道橋の上でもう一つ理由を言っている。俺の中ではそっちの方が意識としては大きかった。そして、彼女の頭から抜けないように再度教える。




「お前のその考え方、根性を叩き直してやるためだ」



 俺自身、頭に熱が昇っていたのか、何故かお前呼びになっていた。小冬は前髪で目元を隠し、俺から表情を読めなくした。




「だから、そういう相手を思って遠慮するような発言はいらない。聞いていて腹が立つ」



 腹が立つというのは全くの嘘だが、それに似た近い感情ではあった。もしかすると昔の自分と小冬重ねていたのかもしれない。何故なら似ていたから。ちょっと前までの自分と。同族嫌悪とも呼べる感情だが、だからこそ無視するわけにはいかなかった。




(何でここまで相手に遠慮するんだか、)



 俺は別に遠慮して発言する言葉が嫌いなわけではない。ただ自分を犠牲にして誰かを優先しようとする考え方が嫌いなだけだ。彼女が良く行う、自分の傷を抉るような気遣い。それが小冬には似合っていなかった。




「もし、俺の事を考えて遠慮するのなら、遠慮しようという考え方を辞めろ。それが一番助かる」



 やはり、俺は彼女に自分の意見をぶつける時に言葉が冷たくなってしまう。心を安らげてあげないといけないのだが、どうしてもその言葉が出てこなかった。




「貴方は、藤川さんはそういう人でしたね……」



 それでも俺の伝えたい事を感じ取った小冬は、半ば諦めた表情で口を開いていた。その時に、彼女の上面にあった仮面みたいな物が、少しだけヒビ入ったような気がした。




「…………てか、味噌汁の具とか味噌とかこの家にはなかったろ。それも買ったのか?」

「買いました」

「まじか」



 話を変えるように、俺は小冬が作っている味噌汁に目を当てた。まだ未完成ではあるが、すでに美味しそうな香りと見た目をしている。




「…………それ使い切るまでは毎日ここの家に来い。家には帰りたくないんだろ?」

「そうですけど、」



 俺はもう強制するような口調で小冬に言葉を発した。彼女は昨夜、家に帰りたくないと言っていたので、そこを気遣っての発言だった。



 多分今日くらいには冷静になって嫌でも帰るだろうし、いくら俺でも二日連続で女子高生を泊めるのはやばいという自覚がある。



 その上で、また明日からも小冬がここに来れる口実として、提示した。




「……まだ食べてもないのにそんなの決めていいんですか?」

「俺としてはそれを置いていかれる方が困る」

「藤川さん、、」



 ほとんど即答で答えたが、別に嘘ではない。事実、ここに置いて腐らせるわけにもいかないので、来てもらった方が助かりもする。

 

 

 今まで下を向いて垂れていた前髪は、風に靡きながら宙を舞い、小冬の瞳を露わにした。



「困るなら仕方ないですね。私が来てあげる・・・しかないです」



 若干呆れられたようにも聞こえる発言と表情だったが、小冬の瞳には、うっすらと輝きが見えていた。それは、どんな宝石よりも輝かしく見えた。











【あとがき】



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