第5話 朝、目が覚めると少女は飛び出した

「おはよう」

「おはようございます……」



 次の日の朝、今日は土曜日なのでゆったりと体を起こして立ち上がる。パッと時計を見れば時刻はもう少しで10時と、毎日の学校生活と比べてると少々寝過ぎたようだった。



 時間を確認した俺は、重たい瞼を無理に開けながら、朝食を摂るためにリビングへと向かう。そこには、目を擦りながらまだ眠たそうにしている小冬の姿があった。




(だからベッドで寝れば良かったのに……)



 俺は頭の中でそう考えながらも、挨拶をした後もポカンと無心に空中を見つめている小冬に声を掛けた。




「小冬、朝飯は何食べる?」



 まだ完全に頭が覚醒していないのか、俺の話を聞きながらも瞳をゆるゆるにしている小冬は、のっそりと立ち上がって近くまで歩いた。




「何でも食べます。何でも食べます」

「2回言う意味あったのか……?」



 この時に、あ、小冬はまだ寝ぼけてるんだと俺は確信した。




「聞いといて悪いけど、ここの家にはパンかカップ麺しかない」



 小冬に話を持ちかけたは良いが、残念な事に俺は自炊ができなかった。というよりもした事がないと言っても等しい。いつも弁当かカップ麺、もしくは市販のパンで生活をしているので、自炊をする事はほとんどない。



 一人暮らしを始めて最初の頃は自炊というものに挑戦してみたが、食材の無駄だと気づいたので、すぐに挑戦を諦めた。



 運の良い事に裕福な両親の元に生まれてこれたので、生活費などの金銭関係の心配はなかった。念の為という事で生活費も多めに渡されているので、たまには外食にも行けた。




「小冬、おーい聞こえてるか?」



 そんなこんなでここの家にはパンとカップ麺しかないが、小冬は別の事でも考えているのか、俺の話に反応を示さなかった。



 何度か呼びかけてみるが、眉をピクリとも動かさず、これっぽっちも気づいた様子は見られない。




「って!どこ行くんだ?」



 俺がパンとカップ麺を机の上にでも出しておこうとパントリーに視界を向けていれば、小冬は財布らしき物を持って玄関へと歩んでいく。




「小冬さーん、どこに行くんですかー?」

「ちょっとそこまで」



 それだけ言い残せば、後方にいる俺に目すら当てずに、玄関の扉を小さく開いた。








「おかえり」

「た、ただいま……です」



 次に小冬がここの家に戻って来た時には、さっきまでの堂々とした姿勢はなく、落ち着いた状態で玄関で靴を脱いだ。手にはビニール袋を握りしめていたので、何か買ってきたらしい。




「どこ行ってたんだ?」

「すぐ近くのスーパーに、、」



 モジモジと体を揺らす小冬は、どこか照れ臭そうに俺と顔を合わせた。そこで彼女の顔をしっかりと確認し、俺は安堵がこもった息を漏らす。




「心配したぞ。また飛び降りでもするんじゃないかって」

「それはすみません……」


 

 今朝の小冬の様子からして、そんな行動をするわけがないと分かってはいたが、それでも可能性として否定は出来なかった。



 俺が心配そうな眼差しを向ければ、小冬はほんのりと頬を染めていた。




「それで、何か買ったのか?」

「まあ必要そうな物を少々……」



 しんみりとした話を変えるためにも、俺は彼女の握るビニール袋に焦点を当てた。大事そうにぎゅっと握っているので、彼女にとって大きな物なのだろう。



 それを特定する気はさらさらないが、俺の話を無視してまで買いに行った物なので、興味はそそられる。




「藤川さん、一応確認ですけど、ここの家にはパンかカップ麺しかないんですよね?」

「ないな」

「……良かった」



 そんな俺の事を放っとくように、小冬はほっと安心して胸を撫で下ろした。そんな小冬を見届けつつも、いつまでも玄関で立ち話をし続けるのも変な居心地なので、一旦リビングに戻った。




「…………あの藤川さん、一つ提案なんですけど」

「ん?何だ?」



 リビングに戻れば、すぐに小冬が改まった様子で俺を呼んだ。ジッと俺を見つめる彼女の瞳には、色々な感情が入り混じっているように見え、昨日からの経験で、心の中で葛藤が起きてるのだと分かってしまった。




「小冬、どんな事でも言うだけなら無料タダだぞ」



 俺がそっと呟けば、小冬は震わせていた唇を開いて、声を出した。




「…………その、嫌なら断ってもらって結構ですけど、、」

「おう」

「わっ、私で良ければ朝食を作りましょうか?」



 やけに緊張した雰囲気で一体どんな事を言うのかと思えば、そんなに可愛らしい事だとは思いもしなかった。自分の殻を破った小冬は「うぅ〜」と小さく唸り声を上げて、下を向いて唇をキュッと閉じている。




(これが本当に飛び降りようとしていた女の子なのか……?)


  

 昨日の出来事を疑ってしまうくらいの彼女の純粋さに、俺の頭では処理が追いつかなかった。そして、同時に分かった気がした。彼女は純粋すぎるが上に、様々な事柄を真に受け止めてしまうのだと。

 



 それでも彼女の心が折れてしまうくらいの悲しい過去だというのは、昨日の姿を見れば想像に容易い。




「料理とか、出来るんだな」

「私もほとんど一人暮らしみたいな感じですし」



 俺が素直に関心した姿を見せれば、小冬は言いづらそうに言葉を発した。家では一人暮らしなのに帰りたくない、それがどういう意味を指すのか、今はまだ俺には分からない。




「お金大丈夫か?」

「…………大丈夫ですよ。私、お金だけはあるので」



 俺が今後の心配をして質問してみれば、小冬は引き立りながらも平気な顔をして見せた。それが彼女にとっての地雷だというのは、表情の崩れ具合をみれば察しがいく。




「またも聞いた俺が悪いけど、そんな顔をするくらいなら言わなくていいから」

「…………そう、でしたね」



 小冬は言葉では表せないような顔をして、声を出した。




「あ、だからと言ってお代は受け取りませんよ?昨日は色々と親切にしてくれたので……。それに、私が明日を望んでしまいましたし」



 最後にそう優しく微笑む彼女の表情を見て、なんだか無性に抱きしめたくなった。それは客観的な容姿に惹かれたとかそんなのではない。多少は容姿に惹きつけられた点もあるのかもしれないが、その魂胆は違った。



 もちろん抱きしめるなんて行動に移す事は出来ないが、俺の中の良心を揺さぶるくらいには、哀愁の漂った優しい笑みだった。




「朝ご飯を作るのお願いしてもいいか?」

「もちろんです」



 それが小冬のためになるのかは定かではない。だが、そうする事で何か進めそうな気がした。そんな俺のこころを読み解くかのように、小冬は張り切ってビニール袋の中の物を取り出した。








【あとがき】



・これでほとんど初対面ってマジですか?




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