第4話 女子高生と涙

「ご馳走様でした」



 用意したカップ麺を食べ終えた小冬は、しっかりと感謝を述べたあと、容器を台所まで持って行く。ずっと座っていた足がしびれたのか、両足をふらつかせながら歩いていた。




「落ち着いたか?」

「はい。お陰様で……」



 その後すぐに食べ終えた俺は、同じように容器を持って行き、先にソファに座っていた小冬に話しかける。




「で、何があったんだ?」



 呼吸も顔色も落ち着きを取り戻した小冬に、俺は単刀直入にそう聞いた。直近の突然の涙や、歩道橋での出来事を含めた上で、少しでも知りたくなった。



 小冬も内に閉じ込めた感情を表に出す事で、ある程度は心が安らぐだろうし、自分の味方がいると分かれば、心理面でも強くいられると思うのだ。




「それは……」



 俺が質問した事に対して、小冬は瞳を左右にキョロキョロと動かして口をつぐむ。確かに心に閉ざした悩みや感情を口に出せれば、少しくらいは心に余裕が出来るかもしれない。



 しかし、大前提としてその口に出すという行為自体が難しかった。ましてや飛び降りを試みるほどの悩みなら尚更だろう。


 

 それが簡単に出来ていれば、彼女もここまで心を病む事はなかった。その一見簡単そうに見える行為が出来なかったからこそ、1人で抱えこんで悩んでいるのだ。




「…………あのな。言いたくないなら言わなくてもいいから」

「え?」

「いや、俺が聞いた事を無理して答えようとしてるし」



 俺の言葉を聞いた小冬は、瞳を大きく広げて顔を上げた。




「そもそも俺が聞いたのが悪いけど、小冬がやっぱり話すのが辛いと思ったなら、別に言わなくていい」



 俺だって、話したくない事を無理に聞こうとは思っていない。ただ、溢れ出ていた負の感情を少しでも緩和させてあげたいという一心での質問だったので、それが原因でまた悲しい思いをさせるくらいなら、答えなんて聞く必要はなかった。




「1人で抱えきれなくなって、どうしても我慢出来なくなって吐き出したくなったら、いつでも話せばいいから」



 俺の目的は小冬の中にある負の感情を排除する事であって、別にそこに至るまでの過去や経験に興味はない。興味はないと言いつつも多少は気になってしまうが、行動に移す前に俺に吐き出してもらえれば、飛び降りなんて馬鹿な行動をする事は無くなる。




「でも、いつでも話せるわけじゃないですし……」

「俺の家ならいつでも来ていいぞ。何せ一人暮らしだし」



 灰色に染まった小冬の瞳と目を合わせ、俺は素っ気なく言葉を並べた。




「それに最初に言ったが、俺は小冬の考え方が嫌いなんだ。それを直すまでは俺の気が治らない」



 もうここまで来れば、親切心とか同情とかそんなものではない気がする。最初は見捨てられないという自分の勝手な思いだが、今は見捨てられないと言った方が表現としては近かった。



 きっと捨て猫を見た時と同じ気持ちだ。自分が何とかしなくてはと、謎の義務感のような責任を感じてしまっていた。




「…………何でそこまでしてくれるんですか?ほとんど初対面の私に、」

「何でって」

「だって、、理由があると思うんですっ!」



 小冬は語尾が強くなり、気のせいか口調も荒くなっていた。そこには彼女なりの思いが込められており、今までの自分を振り返っているようにも見えた。



 俺はそれを察した上で深呼吸をし、何にもなく、至って平凡で当たり前であるかのような口調と声色で、言葉を放った。




「……放っておけなかったんだよ。ただそれだけだ」

「それだけ、ですか」


 

 俺からの答えを耳に通した小冬は、上がった肩を一気に落とし、呼吸を静まらせた。その表情には、悲しさとかそういった類いのものは一切感じられず、純粋に自分と向き合っているようだった。

 



「やっぱり、優しい人なんですね」

「これは優しさとかじゃない。自己満だ」

「そういう所が親切な所だと思います」



 儚げな面影を感じる笑みに、俺はつい見入ってしまいながらも、端的に自分の思っている事を言葉に表現する。



 『自己満』。今の俺の心情を表すなら、その言葉がピッタリだった。まあ小冬がそれをどう感じているかは分からないが、俺の中ではそういった形だった。




「…………あの藤川さん、1つだけ我儘を言ってもいいですか?」

「あぁいいぞ」



 短時間での小冬の成長に喜びを感じながらも、本来はこっちが素の白花小冬という人物なのだろうと勝手に納得する。




「……藤川さんが気になっている事をいつ話せるかは分からないですけど、また明日も来ていいですか?」



 その小冬の表情がやけに神妙な顔で恥じらいを含めているので、俺はなんだか可笑しく感じてしまって、一気に肩の力を抜いた。




「さっきも言ったろ?俺は暇だからいつでも来ていいよ」

「そうでした……」



 口をポカンと開け、子供のような顔を見てしている小冬は、今だけは悩みを忘れているような気がした。



「でも、来たからには小冬のその悲しそうな脳みそをいじってやるから、覚悟しとけよ」

「……そんなの嬉しすぎますよ」



 今はまだ解決出来ていないし、出来るかも分からない。でも、彼女の姿からは必死に変わろうとしている熱意が感じられた。



 それを俺なんかが叶えてあげられるかは保証出来ないが、そっと見守るしかない。自分がそうしてもらったように。




「はい。今日はここに泊まるんだろ?俺は眠いから小冬もそろそろ寝てくれ。俺はそこのソファで寝るから、ベッド使っていいから」

「私はあくまで来客なので、ソファでいいです」



 俺は気を取り直して、今日一日の締め括りを行おうとした。小冬のメンタル面も多少はほぐれている気がするので、変に刺激しないうちに眠らせてあげるのが得策だろう。



 それこそ、折角寝るのならより良い睡眠をして欲しい。それに、俺の中の男としての行動意識は、まだ廃っていなかった。




「俺だって一応招いてるんだが?」

「私がここで良いと言ったら、それで良いのです」

「あそう」



 まあ小冬が強く意志を持つのなら、それがベストなのだろう。ベッドと比べたら睡眠の質は劣るが、今は体のケアよりも心のケアの方が大切だ。



 なので、小冬の判断に従った方が色々と良い。むしろ、俺の意見を聞いて従うように動かれると苛つきを感じると可能性もあるので、こちらの方が人間らしくて良かった。




「制服のままじゃ寝にくいだろうし、俺の服で良かったら着てくれ」

「そこまで親切にしてくれなくても良かったですのに」

「着たくないなら着なくていいから。それから、数十分が経ったら、シャワーで良ければ勝手に浴びてくれていいから」



 最後に、念の為のお節介を焼いて、俺はリビングから去る。一応は異性の関係性なので、安心させるためにもいつまでもリビングに長居するのはよろしくない。俺の方は適当に済ませて、後は女性にゆっくりさせるべきだろう。




(あ、歯磨きも渡さないと)



 一度去ったリビングに戻り、ふと思い出した日常生活に必要な物資だけ報告する。




「歯ブラシは新しいの置いとくから、好きに使ってくれ」

「そこまでしてくださるとは……」

「こういう時は、素直にありがとうの方が俺としては嬉しいけど」



 俺には何故だか分からないが、小冬は口角を上げて、微笑むようにして感謝を述べた。




「…………ありがとうございます」

「どういたしまして」



 俺は小冬の笑みにドキリとしつつも、それを隠して平然を装ってリビングから去る。時間的にも余裕があるわけではないのでささっと入浴と歯磨きを済ませ、約束通りに新しい歯ブラシを用意しておく。



 この後はベッドが置いてある部屋に向かって寝る予定だったのだが、ついつい小冬の様子が気になってこっそとりとリビングを覗く。



 そこには、小さな背中を見せ、嗚咽を抑えながら泣いている小冬の姿があった。



 果たして何故泣いているのか。嬉しくて泣いているのか、あるいは悲しくて泣いているのか。その理由は、まだ俺には理解出来なかった。







【あとがき】



・少しずつ甘く、2人の関係性をより良いものにしていきますので、温かい目で応援お願いします!


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