第3話 女子高生は名前を呼ばれるのが何よりも嬉しい
「ごめん。カップ麺しかないわ。それでいいか?」
「はい、それでお願いします」
ひとまず話を終えた俺は、約束通りに今から食べる物を用意する。食べる物と言っても、ついさっき買ったカップ麺くらいしかこの家にはない。
彼女にカップ麺でも良いかを尋ねたら、電気ケトルに水を入れてお湯が沸騰するのを待つ。このまま無音の時間が過ぎるのも気まずいので、キッチンに立ったまま声をかける。
「……今更だけど同じ高校だよな。俺らって」
「そうですよね」
「一年?」
「一年ですね」
少し声を大きくして言葉を発すれば、彼女の細々とした声が返ってくる。キッチンとリビングという位置にいる俺らだが、さほど距離が離れているわけでもないので、普通に声は聞こえてくる。
念のために軽い確認だけ行ったが、出会った当初に感じた通り、やはり同じ高校だった。彼女も彼女で俺を見かけた事があったのか、俺の質問に対して疑う事もなく頷く。
一方の俺は彼女の事を見かけた記憶がないのだが、まあクラスも違うので覚えているわけがない。
「それで、あんたの名前は?」
「名前ですか……?」
同じ学校だということが分かれば、次に聞くのは名前だろう。名前が分からないと永遠に気まずいままだし、もしかすると名前を聞けば心当たりがあるかもしれない。
そう思って聞いたのだが、彼女の口は中々開こうとはしなかった。
「嫌なら教えなくてもいいけど、ずっとあんた呼びになるぞ」
「私は別にそれでもいいですけど、」
「なんで」
「自分の名前、嫌いですし」
これで、彼女が家族関係の問題で色々と悩まされているのが明らかになった。俺が冗談半分で提案した案に、真剣な目で受け入れる辺り、かなり自分の名前が嫌なのだろう。
しかし、どうも俺には
「まあ同じ学校なら今聞かなくともいずれ分かると思う」
「ですよね、」
「あぁ」
仮に今聞けなかったとしても、同じ学校だということが分かれば、名前を特定するのは難しくはない。少し面倒で地味な事にはあるが、隠し通すのは不可能に近い。特定するかしないかはさておいてだが。
彼女も隠すのは諦めたようで、小さく息を吐いた後に、自分の名前を述べた。
「…………私は
自分の聞いた事のない名前だったので、同じクラスではなかったらしい。その事にちょっぴり安心しつつも、ちょうど沸いた電気ケトルのお湯をカップ麺の中へと移して、再び話に戻る。
「あなたは?」
「
「藤川さん、ですか」
俺の苗字を呼んだ小冬は、何か感じるものでもあるのか、ボーッと呆けた。下を向いて負の感情をジリジリと醸しながら、何もない一点をただ黙って見つめていた。
「…………小冬」
何故だか分からないが、俺は下の名前で呼んでいた。女の人の名前を呼ぶ時は基本上の名前を呼ぶのだが、この時だけは、無意識に苗字ではなく名前で呼んでいた。
それが良かったのか悪かったのか、急に名前で呼ばれた小冬は、目を大きく開いて俺の方へと視線を向けた。
「なっ、何で下の名前で?」
その理由を知りたいのはむしろ俺の方なのだが、小冬は俺よりもその理由を知りたそうにしていた。自分の名前は嫌いと言っておきながら。
「俺が下の名前で呼んだら駄目なのか?」
「駄目ではないですけど」
「駄目じゃないなら何て呼んでも俺の勝手だろ」
「それはそうですが、」
俺は、自分が彼女の下の名前を呼んだ理由よりも、何故彼女がそれを気にするのか、そっちの方がよほど気になった。そして、その理由はすぐに分かった。
「ひ、、久しぶり、です。名前で呼ばれたの……」
その言葉と表情を見て、彼女が嫌いなのは小冬という名ではなく、白花という苗字の方だという事が、簡単に分かった。何故苗字が嫌いなのか、その理由は言うまでもなく、親と同じ名だから。
彼女の今の表情を見れば、名前が嫌いではないのが考えるより明らかだ。嬉しそうなのにそれを隠そうとしている、そんな表情なのだから。
ややこしいので、これからは名前ではなく苗字が嫌いだと言って欲しいものだ。まあそんな考え方は俺が好きではないけど。だって、小冬が気を遣う理由は何にもないから。
「別に名前くらい、誰でも呼んでくれるだろ」
俺はいつも通り冷たい言い方でそう言う。瞳をじんわりとさせながら喜んでいる小冬は、俺の言葉を耳に通せば、警戒心を解くように顔を緩めた。
「そ、そうですよね。ありがとうございます……」
「名前を呼ぶくらいで礼はいらない」
「そう、ですね」
今は負の感情なんて一切表に見せず、年相応のあどけなさのある笑みを浮かべていた。
(綺麗な笑み……)
俺から見てそう思わせられるくらいには、キラキラとした輝かしい笑みだった。
「あれ…………?涙が」
カップ麺の用意もでき、そこで食べれるようにリビングに運んでいれば、小冬は数滴の雫を目から溢した。その涙は、歩道橋の上で流した涙とは込められた意味が違っていた。
「とりあえず、これ食って落ち着け」
「カップ麺、、」
「これ食べ終わったら、話でも何でも聞いてやるよ」
手で涙を拭う小冬に、俺はカップ麺を差し出す。本当ならタオルやティッシュやらを何よりも先に渡すべきだが、今手に持っていたのはカップ麺なので順番が入れ替わってしまうのは仕方がない。
「美味しいっ、」
「良かったよ」
俺が顔を拭くようのタオルと鼻をかむようのティッシュを持ってリビングに行った時には、すでに小冬はカップ麺を食べ始めていた。
いや、食べ始めるしかなかったのだろう。自分の中にある気持ちを抑えるには何か行動するしかないのだ。黙って涙を流しているよりも、その方がずっと人間らしい。
「おいひぃれふ」
「喋るなら、ちゃんと噛んで飲んで泣き止んでからにしてくれ」
テーブルの上にタオルとティッシュを置けば、俺もソファに腰掛けてカップ麺に手を伸ばす。横に見える小冬が、ちょっとだけ自分を晒けだしてくれた気がして、俺の口角を緩ませた。
【あとがき】
・やっぱり初めはしっかりとストーリーを重視して投稿したいです。何かアドバイスやご指摘がありましたら、遠慮なくお願いします!
コメントやレビューいただけると大幅にモチベ上がりますので、応援の方もお願いします!
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