第2話 女子高生とご飯

「お邪魔します……」

「急だったから散らかってるけど、適当にくつろいでいいから」



 歩道橋から共に道を歩いた俺と彼女は、そのまま真っ直ぐ家まで来た。俺はそこからさほど距離のないマンションに住まわせてもらっていたので、歩道橋からはすぐに到着した。



 家に入れば、コンビニで買ったカップ麺やおにぎりを机の上に置く。その後、コップにお茶を注いで彼女の方へと目線を合わせた。




「そんな所に立ってないで、ソファにでも座ってていんだぞ」

「で、でも…………」

「遠慮とかしなくていいから」



 玄関からリビングに入り、そこでずっと立っている彼女に俺は声を掛ける。いつになっても座らないという事は、一応は女子という事もあり、俺から何かされるのではないかと警戒でもしているのだろう。



 まさかそんな事をするはずがないのだが、俺の口からの説明では説得力もない。そのうち座るだろうと安易な考えを持ちながらも、ソファの前にある小さなテーブルの上にお茶を置いたら、俺は医療箱を取るために近くのパントリーを開いた。




「…………てか、怪我した所とか消毒したりするから、早く座って欲しい」

「そ、そうですね」

「一応言っとくけど、俺は他のやつみたいに優しくないから。思った事はすぐに言うし、あんたの考え方もいつか変えさせるから」

「はい」



 ちょっと素っ気ない気もするが、俺は別に愛想良くするために家に入れたのではない。あくまでも怪我した箇所の治療と、彼女の考え方を改めさせるために入れただけだ。そこに下心なんてものは微塵もない。



 そこで俺の意思でも感じ取ったのか、彼女も足を前に出してソファへと腰掛けてくれた。




「とりあえず腫れた場所には氷を持ってくるとして、他に怪我してる所ある?」

「…………ないです」

「本当か?」

「…………はい」



 こういう所で素直じゃないのが、彼女の悪い一面なのだと思った。だって、俺から押されて倒されたというのに無傷なはずがない。俺ですら膝にかすり傷があるのだから、彼女にだって少なくとも同じような傷はあるはずだ。



 ましてや女の子の華奢で細い体なんて、擦りでもすれば血が出ること間違いないだろう。俺は呆れたように溜息を出して、パントリーから取り出した医療箱を開き、消毒液を取った。




「本当にないなら俺が今からあんたの体を調べてもいいよな。もしそれで怪我があったら、消毒液たっぷりつけるから」

「たっぷり?」

「通常の5倍はかける」

「…………あ、あります。怪我した場所、他にもあります」

「最初からそう言え」



 どんな人間でも、擦り傷に消毒液をかけられるのは嫌らしい。彼女は泣く泣く折れて、ソファから立ち上がり、自分の怪我した箇所を俺に教えてくれた。




「結構怪我してるな……」

「え、そうですかね」



 彼女は自分でも気がついていないのか、怪我した場所は1箇所ではなく、数箇所あった。あの歩道橋の上では、勢い余って転がるように倒れたので、膝や太腿の裏など、滅多に怪我する事のない場所まで傷が出来ていた。



 細くて真っ白な肌には、出来たばかりの擦り傷が目立っており、流石に罪悪感を覚えた。




「……その、押したり叩いたりしてごめん。謝るの遅れたけど」

「いえ気になさらずに。元はといえば悪いのは私ですし、あなたは私を止めようとしてくれた。そこは理解出来ています」

「俺は許しを求めてるわけじゃないから。それに、女性の体に傷をつけたのは許される事じゃないし」



 彼女が許そうとも、俺が許さなかった。だって許してもらえればそれで終わり。そんな解決は好きではない。だから俺は許しなんて求めなかった。それでも、怪我させた事を許してもらえたのは、俺の心の中にある罪悪感を多少は和らげてくれた。




「…………まあとりあえず消毒からするか。痛いかもしれないけど我慢してくれよ」

「はい、、」



 怪我の事はなかった事に出来ないが、どう後始末をするかで結果は変わると思う。謝るだけで許してもらうなんて絶対に嫌なので、もし許してくれるのならせめて怪我の治療が終わってからにしてほしい。



 そう自分の中で考えながらも、テーブルの上にあるティッシュ箱を近くに置き、そこから一枚取り出して、消毒液をかけた。



 軽く消毒をすれば、上から絆創膏を貼り付けて、簡易的な対処を行う。




「絆創膏とか諸々、ありがとうございます……」

「礼はいいよ。元々は俺のせいだし」



 傷口に絆創膏を貼られた彼女は、ペコリと小さくお辞儀をした。




「顔は今から氷持ってくるから、ちょっと待っててくれ」

「はい」

「あ、そこのコップに入ってるお茶とか飲んでていいから」

「どうもです……」




 彼女をソファに座らせたら、俺はキッチンの方へと行き、氷を袋に詰める。冷たすぎないように、氷の入った袋をフェイスタオルくらいの大きさのタオルの中に包んで、すぐに彼女の元へと戻った。




「はいこれ」

「ありがとうございます」



 俺の手から氷を受け取ったら、赤くなった場所に氷を当てて腫れた所を冷やす。氷が肌に触れれば、痛がるように瞳を閉じ、肩が上がった。




「…………痛むか?」

「それは痛いですよ。叩かれたんですし」

「まじごめん」

「でも、変に慰められるよりかは全然良かったです」

「そ」


 

 彼女はそう言いながらも、顔には寂しさが見られる表情を浮かべているのだから、俺の胸の中をしんみりとさせる。




「…………色々聞きたい事とか言いたい事もあるけど、とりあえず何か食うか?お腹も空いたし、用意するけど」

「お代は払います」



 話の話題を変えるためにも俺はそう切り出したのだが、ちょうどお腹も空いていたのでよいタイミングだった。時間的には食べ終わっていてもおかしくない時間なので、決して早すぎるという事はない。



 しかし、彼女の返答が俺を妙に腹立たしく感じさせた。真面目で良い子というのは伝わってくるのだが、さっきの出来事の後だと何故か苛立ってしまう。



 自分は周りに迷惑をかけないで生きたい。もしかしたら違うのかもしれないが、そんな雰囲気を感じてしまうから。




「……俺はあんたのそういう所が嫌い。こういう時は大人しく食べますでいいんだよ」

「そうなのですか?」

「そうなんだよ」



 自信満々に答えているが、俺だってまだ数十年しか生きていないので全てが分かるわけじゃない。でも、人の恩に対してお金を払う事が必ずしも正しいとは限らないはずだ。



 だってそれは、人の恩や親切に対して、価値や値段をつけてしまう事になるから。恩と礼は似ているようで違う。おそらく彼女は、そこの区別がまだ出来ていないような気がした。



 まあ自分だって出来ていないので、人に強くは言えないが。




「でも……」

「何を考えてるかは知らないけど、人に迷惑かけたら駄目とか、そんなのはあんたの思い込みだ」

「何で分かって、、」

「そんな事を考えているのくらい、顔を見ればすぐに分かる」

「そうですか、」



 一瞬驚いた顔を浮かべたが、すぐに元の表情に戻った。いや、元の表情よりも少しだけ明るい、瞳に明かりがつき始めたような顔をしていた。




「で、どうすんだ?食べるのか?食べないのか?」



 俺が再度尋ねれば、今度は悲しげな顔なんてしておらず、そっと溢すように言葉を発した。




「では、何かいただきます……」

「すぐに用意する」



 ほんのりと赤らみを浴びながら口を開く彼女を見て、俺はほんの少しだけ喜びを感じた。





 




【追記】


・2話、修正しました。


次話もお楽しみに!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る