自殺しようとしている女子高生を入手した話

優斗

第1話 俺、女子高生を入手する。

「おい、あんた何してんだ」



 俺、藤川叶翔ふじかわかなとがそう声を掛けたのは、ちょうど夏の終わりの頃だった。高校初めての夏休みも終わり、めでたく秋を迎えそうなある日の夜、俺は女子高生と出会った。



 それは、夜ご飯の準備を怠り、コンビニで適当な物を購入した時の帰りの事だ。普通よりも高さのある歩道橋の上で、1人の女子高生が立っていた。



 手すりから半分身を出して下を覗き込み、歩道橋の下の様子を窺っている。まさかと思って少しずつ近づいてみれば、その女子高生は叶翔と同じ学校の制服を着ていた。



 そして、鞄をコンクリートの上に置いたまま、俺に気づく様子もなくずっと下を眺めている。




(こんな時間に何してるんだ?)



 俺が彼女を見て思った感想は、まずこれだった。辺りが暗いので細かい顔の様子までは見えないが、客観的にきちんと制服を着こなしている所を見るに、おそらく俺と同い年くらいだろう。



 女子高生が校則通りに制服を着るなんて、入学してから一年目の時しかありえない。実際、すでに着崩してオシャレをしている生徒がほとんどだ。



 しかし、もしそうだとするなら、彼女は一体何をしているのだろうか。制服をきちんと着る真面目な生徒が、こんな時間のこんな所で何をしているのだろうか。



 歩道橋にポツンと立ち尽くす俺の中には、その疑問は増すばかりだった。




(ま、でも俺には関係なさそうだな)



 一瞬、見慣れない光景に思考を持っていかれたが、生憎とその女子生徒に話しかけるほど俺はフレンドリーではない。それに、彼女はどこか近寄り難いオーラをひしひしと出していた。



 見た感じ特に接点もなさそうだし、話しかけない方が俺のためにも彼女のためにも良いだろう。そう思って、俺は足を一歩足を踏み出した。



 夏の終わりの心地よい夜風が、ひゅひゅうと音を立てながら俺の背中を後押しするように足の回転を早める。気がつけば女子高生との距離はすぐそこの所まで来ており、後ほんの少し歩けば手の届く距離にいた。



 俺の足音は夜風の音によって掻き消されているのか、彼女は未だに気付く気配はない。いや、そもそもこちらになんて興味がないと言った方が近いかもしれない。



 俺が歩道橋を歩いている間も、彼女はずっと下を見ている。



(…………ずっと下を見ている?)



 その言葉が、何故か俺の頭の中で復唱された。その理由は定かではないが、どうもさっきから何か違和感があった。そして、その理由はすぐに分かった。




「危ない!」



 その瞬間、彼女は歩道橋から身を投げ出そうと足を前に出した。それと同時に、歩道橋の下では信号が赤から青に変わっている。そして大型のトラックにエンジンがかかり、前方のライトを照らして今にも動き出そうとしていた。



 まだ恐怖心が残っているのか、若干足がすくんでいるその隙に、近くにいた俺は咄嗟に手を伸ばして彼女の落下を阻止する。横からの力に体制を崩した女子高生は、そのまま俺と一緒に歩道橋の上で転がった。




「おい、あんた何してんだ」



 2人が地面に手をつき、俺は彼女の上に覆い被さるようにして体を起こす。月の光に照らされながらも顔を合わせれば、彼女の瞳には涙が浮かび上がっていた。




「…………すみません、」

「いや、別に謝罪を求めているわけじゃないけど」



 ひとまず密着した体を離して、2人は立ち上がる。




「本当に、、申し訳ありません」



 目と目を見合って少し嗚咽混じりの声を聞けば、俺は何故自分がこんな行動をしたのかと不思議に思った。



 同年代くらいの人がいて見捨てられなかったからか。それは多分違う。それも少なからずはあるのかもしれないが、自分の中にはもっと別の理由がある気がした。




「あんた、飛び降りようとしたのか?」

「………………。」

「ここで何してたんだ?」

「……………。」

「君は、、何がしたかったんだ」

「……。」



 俺が何度も尋ねるが、彼女の口が開く事はない。ただ下を向いて、綺麗な黒髪のロングヘアーが風に揺らされていた。




「…………私、怖くて失敗しました」



 どれくらい時間が経っただろうか。ようやく落ち着きを取り戻した彼女が、少しだけ口を開く。明かりの失った哀しげな瞳を動かし、俺の方に目を向けた。



 俺が質問した事への答えとは合っていなさそうだが、まあ話し出してくれるだけ進歩なのかもしれない。




「もう耐えられなくなって、全部忘れて楽になろうとしたんですけど、駄目でした。」


 

 彼女はまだしっかりと目の前の物事を見れていないようで、自分の負の感情を俺にぶつけた。それは正直に言って凄く対応に困った。



 俺はそんなのに興味があるわけでもないし、彼女の事情を知りたいわけでもない。というよりも、人の目の前で自殺未遂をしておいて、その後に自分の事を話し始める彼女には苛立ちすら感じていた。



 負の感情で胸がいっぱいに埋め尽くされ、悲しみからきちんと思考がまとまらないのは分かるが、それならせめて受け答えくらいはちゃんとして欲しかった。




「それは飛び降りようとしたけど失敗したって認識でいいのか?」

「はい………」



 俺がそう問えば、彼女はコクリと頭を下げた。目には数滴の雫が零れ落ちており、哀愁漂うオーラを周囲に散らしていた。




「そうか……」



 俺は彼女の心情に寄り添うようにそう声を出して、ゆっくりと近づく。すぐにでも抱きしめられそな距離までくれば、彼女の頬を軽くビンタした。



 『バチンッ!』と小さな音が夜の街に響き、数秒だけ時間が止まる。その響きがなくなれば、世界に2人しかいないくらいの静けさが訪れた。




「痛い……?」

「痛いかもな。だって叩いたんだから」



 てっきり同情でもしてもらえると思っていたのか、彼女は驚いた顔をして俺の事を見上げた。俺に叩かれた頬を押さえて、さっきよりも哀しそうな顔をしている。



 こういう時、普通の人なら優しい言葉を投げかけてあげるのかもしれない。事実、それが1人の人間としては当たり前なのだろう。



 だが、俺の中にそんな優しい言葉は浮かんでこなかった。だってそうだろう。自殺未遂をした少女を優しく慰めたからと言って、何になると言うのだ。また同じ事を繰り返す未来が安易に想像出来る。



 表面上では心が癒されたと錯覚するくらいなら、最初から厳しい言葉を投げた方が良いに決まっている。




「一応言っておくぞ。あんた、死んで楽になれるなんて大間違いだ」



 結局の所、俺が今しているのはただのお節介だった。歳の近い女の子が飛び降りようとしているのを、見過ごせなかった。



 だからこそ、同時に怒りも感じていた。その考えの軽薄さに。




「そもそも、死んだら楽になれるなんて誰が決めたんだ」

「………分かんないです」



 すっかりと俺の覇気と勢いに飲み込まれている彼女は、細々とした声を震えながら出す。そんな悲しみに満ち溢れたような顔を見せられてはこちらの胸も痛むが、今更止めるに止められない。

 


 俺は唾を飲んで間をおけば、最後の言葉を言い放った。



「自分が死んだからといって何も変わらない。むしろ何かが変わるなんて、そんな考えは傲慢すぎる」



 これは本心ではない。本心ではないが、今の彼女には必要そうだと思った。自分が死んでも意味がないと分からせれば、飛び降りようなんて馬鹿な真似はしないはずだから。



 彼女の場合は恐怖心が勝ったので、今後同じ事をする可能性は低いと思うが、それでも無意味だと思わせておく事は大切な事だった。




「じゃあ、私はどうすれば…………」



 行き場を失った彼女は、崩れるように膝を地面にガクリとつける。絶望のどん底にいるかのような顔をして、すでに身も心もボロボロになっていた。




「あんた、帰る家はあるのか?」



 ここまで来て放置なんて出来ないので、最後まで見届ける。




「ありますけど、帰りたくはないです」

「この後どうすんだ?」

「…………分かりません」



 やはり複雑な事実があるようで、家には帰りたくないらしい。まあそう簡単に帰れるのなら、わざわざこんな所にいるはずがない。




「はぁ…………。もし行く当てがないなら俺の家に来い」

「え?」



 少し、ほんの少しだけ彼女の瞳には光が映り、俺の方を見上げた。その光が月光を反射した事による光なのかは分からないが、何か彼女の心情で大きく揺らいだのは間違いなかった。




「俺がその腐った根性を叩き直してやる。だから俺の家に来いって言ってんだ。あと、叩いた所とかも冷やしたりしないといけないし、、」



 俺も一応は男なので、押し倒した時に出来た怪我や、今も若干腫れているビンタの跡は、責任もって治療しなければならない。もちろんこんな所に見捨てられないというのが大きな理由だが。



 良くも悪くも俺は一人暮らしなので、1人くらい連れ込もうがこれといって問題はなかった。




「分かりました……」

「よし、ついてこい」

「はい、」



 彼女は流れるように頭を頷かせ、俺の言葉に返事をする。俺は自分の中にこんな親切な部分があった事に驚きつつも、後ろを確認しながら前へと進んだ。




「優しい人……」



 彼女がそっと小さく呟いた言葉は、夜風の音によって掻き消される。こうして、俺は1人の女子高生を家に連れて行く事になったのだ。






【あとがき】



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