Flight 2
目が覚めると、そこは檻の中だった。
真っ暗で何も見えなかったが、慣れてくると、周りにも檻がいくつか置かれていて、その中でたくさんの人達が恐怖や絶望を顔に浮かべながら、うずくまっているのが分かった。
わたしも小さな檻の中に入れられていた。見ると、マーシャも同じ檻にいて、わたしを無表情でじっと見つめていた。はっとして、わたしは身体を起こすと同時に口を開く。
「どうしてこんなことしたの!」
思ったより、自分の声は震えていた。
マーシャはわたしから目をそらすと、ぼそりと「どうしても……」と小さくもらした。
「――どうしても、お金が必要だったの。 だけど……」
それだけ言って、マーシャは深くため息をつくと、そのまま黙り込んでしまった。
事情を聴こうと、もう一度口を開こうとした時、明かりがつけられた。顔を上げると、さっきの男達がニヤリと笑みを浮かべながら現れた。
「さァ着いたぜ。 せいぜい金になれよな」
そして、男達が檻を運び始める。どこかの会場にでも連れていって、わたし達を売るつもりなのだろう。
わたしは途方に暮れて、その場に座り込んだ。……おじさんの言う通りになってしまった。一体、これからどうなってしまうのだろうか。もう両親とも会えないんだろうか。もしかして、本当に「最悪の
「――待て」
ふと、そんな凛とした声が聞こえた。
思わず、わたしは顔を上げる。男達の前に、人影が見えた。
「あァん?」
「その人達を解放しろ」
「はァ!? よく聞こえねぇな! もう一度言ってみな!」
男達がゲラゲラと馬鹿にするように笑いながら、そのひとに近付いていく。
そのひとは深くかぶっていた帽子を脱ぐと、懐から拳銃を取り出した。見ると、それは凛々しく整った顔立ちの良い、若い男の人だった。
その顔をはっきりと見た瞬間、男達が急に顔色を変える。
「おっ、お前は!」「ヴァーネイン家の……!」
家名を出された瞬間、そのひとは不敵に笑い、背広の上着を脱ぎすてる。すると、胸元につけられた、上では身分をあらわす
「話が早いじゃないか。 なら、抵抗するとどうなるか、分かっているな?」
男達が悔しそうに唇をかむ中、
男がわたしを檻から出して、無理やり立たせると、首元にその刃物を突き付けた、小さな痛みが走ったかと思うと、つと血が首を伝うのを感じた。その瞬間、わたしは声にならない悲鳴をあげた。
「お、おい! こっ、こいつがどうなってもいいのか!」
「つくづく卑怯な奴だな。 だが、もう終わりだ!」
そう言って、そのひとは指を鳴らし、「リヅォ!」と叫んだ。すると、どこからか、背広をきっちりと着こなした老人の男が現れ、杖だけで男達をなぎ倒していった。
それを見た
「こっち来い! ……リヅォ、ひとりも逃がすなよ! あと、終わったら扉も開けてくれ!」
言われるままに、わたしはそのひとの元に走り出す。
リヅォと呼ばれた老人の男が「かしこまりました」と静かに返事をすると、捕まえた男達を一人ずつ縄にかけていった。
わたしが近くに来ると、そのひとはわたしの手を引き寄せた。そっと、わたしはそのひとの顔を見上げる。……綺麗なひとだ。一つにまとめられた長い銀色の髪が風にたなびくと、まるで流れ星のようにその髪がきらめいた。瞳はあの写真集で見た空の色と同じ青色をしていたので、思わずわたしは見とれてしまった。そのひとはわたしの視線を受けて、恥ずかしそうに顔をそらした。
「逃げよう」
わたしが答える間もなく、そのひとは手を掴んだまま、どこかへ走り出す。そして、離れた所にとめてあった、上の人達が足代わりに使うらしい乗り物に、わたしを乗せた。そして、わたしに「待ってろ」とだけ言うと、鍵をしめてまた元来た道を走り出すのだった。
……しばらく経って。
あの後、わたしは言われるがままに中で待っていると、そのひとがリヅォと呼ばれた老人の男と帰って来た。……そしてなぜか、そのままわたしを乗せたまま、かれの屋敷――とはいっても他と同じ高い建物だ――へと向かったのだ。
有無を言わさず一緒に連れられて来たわたしは、屋敷のどこかの部屋に案内された上に、
あのひとは男達の処分に追われていて、忙しいようだった。何だかわたしはいたたまれない気持ちで、どうすることもできずに、その場に居座ることしかできなかった。
正直、わたしは信じられない気持ちでいっぱいだった。何とか助かったことや、成り行きで、家名の通ったかなり身分の高い人のところに来てしまったことにも、驚きを隠せなかった。
それと同時に、両親のことも気になっていた。随分と長い間、帰っていないことになっているだろう。それに、マーシャのことも気になっていた。あの後どうなったんだろう。
色々なことを考えていると、部屋の扉が開かれた。あのひとと、さっきの老人の男が中に入って来た。
「やあ。 連れて来てしまった申し訳なかったね」
「いえ、助けて下さってありがとうございます」
そのひとはわたしの前に座ると、まだ残っていた紅茶を入れる。老人の男の人はそのひとの
「紹介が遅れたね。 私はアーセル・デュラス=ヴァーネイン。 他の人は大体、アーセルって呼ぶかな。 あ、こっちはリヅォ、私専属の執事」
後ろにいた男の人――リヅォさんがぺこりと頭を下げる。わたしも同じように、会釈する。
「わたしはアリア=ラトソンです」
「あぁ、あのラトソンさんの娘さんか! 彼女には時々、お世話になっているよ」
……まさか、お母さんがこんな身分の高い人に知られているなんて。わたしは、恥ずかしいような嬉しいようなそんな気持ちで、微笑みながら小さく頭を下げた。
「――ということは、君は下に住んでいるのか。 ……ひどかっただろう。 知っているかもしれないが、上の人間は下のことをよく思っていない。 だから、ああやって人身売買をしている人間も多いんだ。 私も時々取り締まりをしているんだが、ちっとも減らなくて。 他の人があまり協力的じゃないんだ」
「他の方と違って、ご主人様は変わり者ですから」
そのひと――アーセル様の後ろで、リヅォさんがぼそりとつぶやく。アーセル様は気にもしていない様子で、慣れたようににっこりと笑うだけだった。……どうやら、リヅォさんの冗談だったらしい。
「あ、そうだ、檻に閉じ込められていた人達は全員帰したよ。 ……君と同じ檻にいた子も無事だけど、下に着いたらどこかへ行ってしまったよ」
「何やら思い詰めていたようでしたな。 事情がおありなのでしょう」
アーセル様とリヅォさんが、何となくマーシャのことを察したのか、そんなことを話した。わたしはうつむいてうなずきながら、こんなことを考えていた。――少し本当のことを知るのが怖いけど、今度彼女に話を聞いてみよう。そうしたら、もう一度……。
「ところで、君はどうしてここに来たんだい?」
ふと、アーセル様がわたしにそう尋ねた。わたしは顔を上げると、上に来るまでの経緯を全部、かれに話したのだった。
「……なるほど。 その友達、半分だけど嘘は言ってないな。 確かに、
「それに、問題点もありますな」
わたしの話を聞いて、アーセル様とリヅォさんがそう話した。……気のせいだろうか。話を聞いている間、かれはどこか楽しそうで、目を輝かせているように思えた。
「うん、そうだな。 噂なんだけど、下も採用をすると謳っておきながら、実際にそうするつもりはないらしいんだ。 おまけに、権力や財産の多い人達を採用して、『
そう話しながら、アーセル様は苦笑いを浮かべていた。けれど、わたしにはその笑いがどこか悔しそうなものにも感じた。
アーセル様の話を聞いて、わたしは悲しく思った。……やっと機会が巡ってきたと思ったのに。それがもしも本当なら、わたしの夢が叶うことはほとんどない――ということになる。……そんなのは嫌だ。わたしはまだ諦めたくない。
「――けど、後ろ盾があれば、何とかなるかもしれないな」
「えっ……?」
さっきまでと違った雰囲気で、そう言ったアーセル様の言葉に、わたしは思わず顔を上げる。
「力を貸すって言ってるんだ。 ……どうだ、やってみるか?」
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