Flight 1

 外に出ると、わたしとマーシャは上にあがるため、昇降機エレベーターのある場所へと向かった。


 わたし達地下に住む人々は、洞窟のような穴を掘ったところに、石や煉瓦レンガで作られた家に暮らしていた。時々地震があったりするのだが、そこはきちんと工夫していて、滅多なことでは家が崩れないようになっていた。

 そして、ほとんどの家の外には、自給自足のため、畑と綺麗な水を引いている井戸がたくさんおいてあった。畑の側には作物が良く育つように光を発する装置が設置されている。その装置は昔からあって、遥か遠くにある「太陽」という星の光を参考に作られたものらしい。いくつかは古くなって使えなくなってしまったので、お母さんがその装置を模して作ったものもあった。

 

 外では、今日もたくさんの人達が作物を育てていた。

「やあ、アリアちゃん! 今日はどこ行くんだい?」

 ふと、その中の一人である、近所の気前の良いおじさんが顔を上げ、わたしに声を掛ける。

「ちょっと上まで行くんです」

「そうかい、なら気を付けるんだよ。 最近上じゃ、わしらのような人がよくさらわれるらしいからね。 なんでも奴隷として売るためだそうだ」

 ……気を付けなきゃ。昔から人身売買があるのは知っていたが、増えているとなるとなおさら注意しなきゃいけない。それに、わたし達みたいな女の人は「最悪の場合ケース」も考えられる。人気のないようなところは避けた方がいいかもしれない。

「おじさん、教えてくれてありがとう。 気を付けるね」

 わたしは少し手を上げてそう話すと、マーシャと一緒に歩き出したのだった。


 そのすぐ後、わたし達は昇降機エレベーターの乗り場の近くまで来ていた。

 昇降機エレベーターといっても簡易的なもので、相当長く使われているらしく、かなりオンボロ・・・・なものだ。落ちないように柵が備え付けられているもの、危なっかしげで信用はできない。

 周りには誰もおらず、うす暗かった。照明は一応ついているが、今にも消えそうなくらい弱々しい。ここに来て、上に行く人は滅多にはいないからだ。

 わたしとマーシャは昇降機に乗り込むと、電源の操作をしたレバーを引いた。同じく危なっかしげな扉が閉まると、昇降機エレベーターは一瞬下にガタンと沈んだ後、大きな音を立てながらようやく動き出した。……よく動いているなぁ。

 そういえば、お母さんが時々、この昇降機エレベーターを直したいとこぼすことがある。だけど、上からの許可が下りないらしい。断られる度、昇降機エレベーターが壊れてもいいと思っているんだと、お母さんは怒っていた。――上はあまり下の人達が来るのをよく思っていないから、ということらしかった。

 昇降機エレベーターには照明がなく、辺りは暗かった。そんな中を、昇降機エレベーターはゆっくりと、上へあがっていく。

 緊張しているせいなのか何なのか、わたしはやけに心臓がどきどきしていた。マーシャと話そうかと思ったが、そのせいで言葉が出ずに結局黙っていた。彼女の方も、なぜか今日はいやに静かだったので、ただひたすらに上に着くのを待つばかりだった。


 しばらくして、頭上に光が見え始めたかと思うと、昇降機エレベーターが上に到着した。着いた先は地下道のような、小さな場所だった。そこまであがり切った後、昇降機エレベーターはまた一瞬下に沈んだ後、動きを止めた。すぐに、わたしとマーシャは降り、外――地上へと出る。

 上には背の高い建物が並んでいて、見上げていると首が痛くなりそうだった。少しすると、わたしは咳き込んだ。……空気があんまり良くないみたい。

 はやる気持ちで、わたしは手帳を取り出すと、初めて上に来た感想をがむしゃらに書き込んだ。想像していたのとはちょっと違っていたけれど、わたしは間違いなく興奮していた。

 一通り書き終えると、わたしは空を見上げる。空気が良くないせいなのか、少し淀んで見える。色は紫色に近かった。でも、わたしはすぐにその空を綺麗だと思った。――初めて見る空に感動していた。昼間でも、星の光ははっきりとしていて、輝いて見えた。

 また手帳に感想を書き込もうとした時、「何か」が空を駆けて行くのを見つけた。探求者ワンダーだ! わたしはすぐに気づいた。探求者ワンダーが乗るそれ――乗り物は「舟」と呼ばれていて、決まった型のものと、独自にオリジナルでつくられたものに分かれていた。さっきの舟は、わたしが集めて持っている資料で見たものとは違っていたので、きっと独自オリジナルのものだろう。

 わたしはうらやましく感じながら、手帳に書き込みを始める。……探求者ワンダーになることができたら、わたしもいつか独自オリジナルの舟をつくってみたい。そんなことを考えていた。

「もういい? 行くよ、アリア」

 しばらくして、マーシャが苦笑しながら、わたしにそう尋ねた。わたしは「ごめん」と謝ると、すぐに手帳をしまう。それを見ていたマーシャが、先頭で歩き出した。

 わたしたちは高い建物のところまで行くと、その間を縫うようにして進んで行った。時々すれ違う人々は、下の人達と違っていて、立ち振る舞いがどこか気取っているように感じた。時折痛いような視線が投げかけられたが、たぶんそれはわたし達がどこから来たのかを、何となく察した人々のもののようだった。

 唯一情報を詳しくマーシャは止まることなく、どんどん先へ進んでいった。わたしは黙って彼女の後を追っていたが、その途中で違和感を覚え始めた。

 最初のうちは人が少しいたが、先に行くにつれ、だんだん減ってきたような気がしていた。それに、何となくだが、道をそれたように思えていた。おまけに、随分と歩いたので、辺りが暗くなっている。……本当に大丈夫なのだろうか?

「ねえ、どこまで行くの!」

 しびれを切らして、わたしはそう問い掛ける。ふと、マーシャがぴたりと足を止め、わたしの顔を無表情で見つめる。わたしも彼女を見つめ返しながら、それがどういうことなのか、不思議に思っていた。

 ――その時にはもう、手遅れだった。少し視線を外し、わたしはそこが路地裏であることに気付いた。そして、周りからは複数の気配を感じた。

「オゥオゥ、これは上玉だせ。 ありがとな、嬢チャン」

 そんな声が聞こえたかと思うと、わたしは何人もの男達に囲まれていた。逃げる間もなく、頭を殴られ、押さえ付けられる。そして、意識が遠のいて行くのがわかった。

 気を失う前、わたしはマーシャの「ちょっと!」という抗議の声を聞いたような気がしたのだった。

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