Flight 0

[――これはどこか遠い星に住む、とあるひとりの手記である]

 わたしは真新しい手帳の一ページ目に、そんな前置きと日付を隣に書き込んだ。……これからきっと、この手記は色々な出来事で埋まっていくだろう。

「アリア、そろそろ行くよ!」

 ふと、外からわたしを呼ぶ声が聞こえる。

 わたしは薄黄の長い髪を後頭部で一つポニーテールに素早く結い上げると、急いで外へ出掛けるのだった。



 ここは身分の差と階層がはっきりと分けられている星。名前は……あるみたいだけど、わたしは聞いたことがない。とにかく、ここでは身分が低い者から順番に地下に暮らし、身分が高い人は地上に住む――そういう決まりになっていた。

 わたし、アリア=ラトソンはその地下の一番深い場所に住んでいた。そこで、両親と一緒に暮らしていて、平穏な毎日を送っている。お父さんは仕事の代わりに、自給自足の生活をするため、農業をしていた。地下ではほとんどの人がそうやって、時には周りと協力をしながら暮らしている。一方、お母さんは「精通者マイスター」をやっていて、その腕をみんなのために役立てている。

 この星では、機械に詳しく、発明もできる人のことを「精通者マイスター」と呼んでいる。精通者マイスターは試験に受かる知識や技術などの実力さえあれば、身分が低くても誰でもなることができた。だけど、上――地下で言う地上のことだ――で活躍している精通者マイスターのほとんどが、男性ばかりだった。

 地下に住んでいることと女性であることばかり目を向けられ、お母さんは初めその実力を買ってもらえなかったけれど、時間が経つにつれ、すごい腕前を持っていることがだんだん知れ渡るようになったのだ。今では時々上に呼ばれるようになっていて、色々な人の手伝いをすることで少し稼ぎを得ている。

 ちなみに、わたしはというと、お父さんの農業を手伝いながら、「あること」をしている。――それは、空と宇宙をとぶ「探求者ワンダー」になるために、その知識を学ぶことだった。


 小さい頃から、わたしは空と宇宙に憧れていた。きっかけはおじいちゃんからもらった「とある星」の写真集だった。写真集には、「その星」の空の写真がたくさん載っていて、わたしはその綺麗な青い空にすっかり魅了されてしまっていた。

 そして、おじいちゃんから、いつか「その星」に行ってみたいという話を何度か聞いているうちに、わたしも「その星」に行きたいと思うようになっていた。……だけど、おじいちゃんは結局、「その星」に行けずに亡くなってしまった。

 おじいちゃんが亡くなってしまった時、わたしはあることを決心した。――おじいちゃんの代わりに、いつか「その星」に行って、空を見ようと心に決めたのだった。

 それに、地下しか知らないわたしは同時に、いつかこの星の空も見てみたいと思うようになっていた。――その願いを叶えるためにも、いつか絶対に、探求者ワンダーになって、空を、宇宙をとぶ。それが、わたしの夢だった。両親も、わたしのそんな夢を知っていて、いつも応援してくれている。

 そして、今、わたしの夢を叶えることができるかもしれない好機チャンスが訪れていた。わたしの友達であるマーシャが、上で探求者ワンダーの採用を行うという情報を得ていた。それも精通者マイスターと同じように、誰にでもなれる資格があるという噂だった。

 ちなみに、探求者ワンダーは試験ではなく、面接によって採用されるかどうかが決まっていた。……ただし、なってからが問題だった。技術はもちろん、知識もなければ、探求者ワンダーといってもとべない――という事態もあるのだ。精通者マイスターと違って、採用は上の人達がほとんどで、地下に住むわたし達には中々機会チャンスがめぐって来ないのが現実だった。

 そんなこともあって、わたしはその話が本当かどうか、半信半疑だった。そこで、最近上に出掛けたお母さんに、噂が本当なのか確かめることにした。……確かに、採用があることはあるらしかったが、お母さんはずっと首をひねっていた。何かが引っかかっているらしく、それを思い出そうとしていたみたいだったが、結局分からずじまいだった。

 実を言うと、わたしも何か引っかかるものがあったけれど、一度確かめに行くことにしたのだ。そういうわけで、今日、マーシャと一緒に、上へ出掛けることになっていた。


 ――まさかそれが、全てのはじまりになるとは、この時わたしは思いもしなかったのだった。

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