ふぇにくす

川谷パルテノン

お義父さん

「お義父さん! ちょっと!」


お義父さんは行ってしまわれた。不死鳥を捕まえに行くと言い残して。だいぶ死にたくないらしい。肩たたき券では止められなかった。不甲斐なさは否めない。とりあえず内職の続きを始めた。紙いっぱいに二重丸を描いていくというものだ。この先これがどんな意味を持ち誰の役に立つのかはわからない。ただ無心で二重丸を描いていく。でもお義父さんのことが気になって手が止まる。夫が帰宅したらどう説明すればいいのか。追いかけようにも夕飯の支度だってあるのだ。不死鳥さえ見つかれば。私は祈った。三〇枚描けた。これで百五十円になる。明日引き取りがあるので百枚は仕上げたいがその時にはもう辞めますと言おう。不死鳥は見つかっただろうか。そもそもの話、不死鳥死なずともお義父さんはダメなのではないか。不死鳥が近くにある、或いはそれを食べたりすることで不死になるのか。言ってしまえば不死鳥などいないのではないか。お義父さんはどこを目指して向かったのだろうか。徒歩だった。不死鳥は近所にいるということなのだろうか。それとも遥か彼方を目指すための体力には余程の自信があるということなのか。ならば不死鳥など頼る必要もないのではないか。一〇枚追加で終えた。電話がなる。お義父さん! ではなかった。内職の業者からだ。やはり三重丸にしてほしいとのこと。ついでに辞めたいと切り出せばよかった。言い逃した。結局三重丸になおしている。丸を最初に大きめに描きすぎたので隙間があまりない。内側に付け足してもいいか業者に確認したかったが電話に出てくれなかった。見つかるならそろそろ見つかってほしい不死鳥である。夫の帰宅までそう時間もなく、お義父さんの帰宅はいつになるやら想像もつかない。今晩は唐揚げにするつもりで、不死鳥を待つか鶏肉で済ませるかの迷いがある。決めねば。ただ三重丸にもなおさなくてはいけない。明日が引き取り日なのだから。どうすればいいか迷った時、人生には幾度となくそういった場面があり、そんな時に私はスラムダンクを一旦全巻一気読みすることにしている。魚住の引退試合あたりで胸を熱くする。何も解決せぬまま日が暮れる。不死鳥も唐揚げの支度も内職の進捗もお義父さんもない世界の片隅で私は呟く。安西先生、私あきらめます。

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