第070話 こんな形での、再会
・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生
・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生
・ヴェッソ:二十三歳、????
・ラーファム:二十三歳、????
そう、きっぱりいわれてしまっては、ヴェッソからかける声もない。「そっかー、お近づきになれたらなって思ってたんだけど」
「結構です、間に合ってます」と、チーヤがぴしゃりと閉める。
もう、これでお互いのグループの会話は終わり。
コミュニケーションも終わり。
近くで見る二人は遠目に見るよりかわいらしくてヴェツソは、こんな美人コンビと声を交わすことなんて、これっきり無いんだろうなと思っていた。
すると、組んだ両腕の右手を顎に当て、首を左にかしげたラーファムがようやくよってくる。「あのー、ちょっといいかな」
チーヤが冷ややかな目でラーファムを見上げる。
ラーファムは確信を持った胸のささやきをうけながら、続ける。「これ、人違いだったら本当に申し訳ないんだが、君、ハセチーヤじゃないかい?」
突然名指しされてチーヤが動揺しなかったといえば嘘になる。「それ、なんの意味があるの?
私がその何とかだったらなんだっていうの?」
ラーファムは早くも照れながら、自分を指さして笑う。「俺、ラーファム=ファツオンム・ギンメンス。
昔一緒にフットボールや縄跳びなんかして遊んだよね」
チーヤは両手を口に当てて驚く。「お兄ちゃん?
お兄ちゃんなの?」
リーエとヴェッソは二人の関係性をわかりきらずにちょっと置いていかれてしまう。
何となく目が合ってしまい、二人ともはにかむ。
ラーファムは自信満々に「さて、君がチーヤで俺がラーファムだとすると、お互い、連れてきている相手のことも紹介したいし、何よりお互いの近況を報告しあわないかい?」
チーヤは、先ほどまでの勢いのばつが悪そうに、やや上目遣いでラーファムを見上げる。「ごめんなさいラーファム、久しぶりすぎてあなただとわからなかったわ。
それにしても、背、高くなったわねぇ」
「一九六、もうちょっとでメーター単位でいったほうが早かったんだけどな」そう、ラーファムは右手を後頭部に当ててのけぞってみせる。
そしてそのまま右腕をヴェッソの右肩に伸ばして肩を組む。「こっちの俺よりごついのがヴェッソ、同い年」
そう紹介されてヴェッソはそのまま自己紹介をする「クンヴェッソ=ダムハツ・ゴムソラン。
ヴェッソで通っている。
ああ、ええと、一八九」そう語る目線は、チーヤに戻るもなんどもリーエに注がれる。
チーヤはつかみあぐねて確認してしまう。「一八九? なにそれ」
ヴェッソはやや顔を赤らめて応える。「ああ、僕の身長。
身長が話題になっているかと思って」
チーヤはヴェッソの慌て気味な雰囲気に、大人然と薄く微笑む。「なにそれ、私はハセチーヤ=ヴェツサ・フォソラフィファー。
ぜったいチーヤで呼んでね。
ちなみに一七六。
そしてこの隠れているのが」といいながらチーヤはすぐ後ろのリーエの後ろに回ると、両肩をつかんでぐっと前に出す。「はい、リーエ自己紹介して」
そういわれてリーエは、チーヤの後ろに隠れていた時の猫の手のまま、あわわあわわとしながらも「えへー、えーと、ファゾツリーエ=ファンベーチハ・ヴツレムサー。
リーエで通しています。
一七十三っ」といいきり、改めてチーヤの後ろに回る。
ヴェッソが臆面もなく「かわいいね、チーヤの年下なの」とたずねる。
チーヤが顎に指を当てながら返す。「えーと一個上だけど二個離れていて、そんでもって学内では妹なんですよ。
込み入った話なんですが」
そういってチーヤが笑うと、ラーファムは目を細めてチーヤを見つめる。「そういう話しも聞きたいな」
するとヴェッソが「女の子たちの部屋に入るわけにはいかないから、僕たちの方のコテージでいいよね?」と尋ねてくるので、チーヤもリーエもうなずく。
「じゃ、僕、先に戻ってちょっとかたづけてくるからさ、ラーファムはゆっくり彼女たちをエスコートしてきてよ」そういうとヴェッソは浅瀬を小走りに走り抜け、コテージの中に入る。
すでにラーファムとリーエ、チーヤを隔てるものは、等間隔に間をあけた杭しかない。
二人は杭をすり抜けると、手をつなぎ、ラーファムの足取りに付いていった。
コテージは元々、最大八人まではいれる大きさでヴェッソとラーファムの脱衣籠には、脱いだ洋服がきちんとたたまれて、お互いのバッグが上に置かれてる。
ヴェッソは備え付けのコンロに、備え付けのケトルを置いて、お湯を温める。「持参したインスタントなんだけど、コーヒー飲まない?」
チーヤが「おねがいします。濃いめで」
次いでリーエも、「私も、濃いめでお願いします」
ヴェッソを待つあいだ、ラーファムは上に羽織っていたラッシュガードを脱ぐ。
そして「屋内だし、君たちも脱いじゃっていいよ」とうながす。
チーヤは「どうせ水着がみたいだけでしょ」といいながら、リーエに小声で「どうする?」とたずねる。
「えへーと、取っちゃいましょうか」
リーエが前向きなので、チーヤは不本意なため息を短く、ふん、とつくと、「ラーファム、ちょっと向こうむいてて」と、ぶっきらぼうに命令する。
ラーファムは「はーい」と返事をすると、後ろでお湯を沸かしているヴェッソの方を向く。
調度お湯が沸きヴェッソがカップに注ぎ終わるころに「どうぞ」とチーヤの呟く声が聞こえる。
リーエもチーヤも、頬を紅潮させているのは同じだが、リーエが手を後ろで組んで、正面を見ているのに対して、チーヤは、ばつが悪そうに左側の、リーエの先の明かり取りの窓を見つめている。
ヴェッソが、コーヒーカップをトレイからテープルに置きながら「二人とも、座って、座って」とうながす。
そして「僕はこんなこといっちゃうから、
チーヤは頬を赤らめたまま、ほそい指先を伸ばした右手で顔をあおぐ。「ふー、なんだか居心地悪いわ」
そういって一口コーヒーに口をつける。そしてリーエとヴェッソの方をみながら、「まず、私とラーファムの昔話からさせてもらえます?」とたずねる。
ヴェッソが「喜んで」というと、リーエが「お願いします」と会釈する。
するとヴェッソがもう一言つけくわえてくる。「僕もラーファムも同い年だし、ラーファムの昔の友人ということなんだから、年の差を気にせず楽に話してくれていいよ」
チーヤはにこやかにほほえみ「ありがとう」と返す。
チーヤはかいつまんで話しをした。
自分が病院の手違いによる取り替え子だったこと。
四歳の誕生日を迎える直前にお互い家庭を入れ替わったこと。
すでに近所の子供達の人間関係はできあがっていて、割り込んでいくことができなかったこと。
みんなが遊んでいるのをぽつんと眺めているのをみて、幼稚園児とは世代の異なる小学生のラーファムが声をかけてくれたこと。
小学生の男子たちと遊ぶのは体力的にきつかったけれども、ひとりぼっちよりは何倍も良かったこと。
でも、ラーファムが中学校入学のタイミングで引っ越してしまい、とても寂しい思いをしたことが説明された。
チーヤが指折り数える「だってお兄ちゃんと遊んでいたのってどれくらい?
私が年中に上がる年の夏から」
そこでラーファムが話しを引き取る「俺が小二に上がる年から、中学に上がる年までだから、五年間、かな。思えば木登りとか釣りとか、男の子の遊び方ばっかり教えていたよな。
俺の方は親父の仕事の都合で、南の大都市ザキ・ス・ウェンから北端の街イロマンツィに引っ越した。
最初は、仲のいい友達ができるか不安もあったけど、すぐ、仲良くしてくれたのがここにいるヴェッソだ」
ラーファムは胸を張って自慢の友達を紹介する。
ヴェッソは控えめに話す。「僕はね、イロマンツィの街がすきで、将来はこの街を守る警察官か消防士になれたらなっておもってた。
ラーファムが来たときは凄い人気だったよ。
だって、ザキ・ス・ウェンといったらテレビで見る大都会で、イロマンツィなんて田舎町では珍しすぎたからさ。
僕はクラスでは大人しくしていたので、しばらくラーファムとは喋らなかったな。
最初は、ラーファムから話しかけてきてくれたんだ。
名前、なんていうんだい、って」
そういうとヴェッソは昔を懐かしむように話し出した。
ラーファムにそうたずねられて、、ヴェッソはしばし動揺した。
自分に声をかけてくる人間なんて、そもそもクラスの中にもいないのだから。
「ええと、ヴェツソ、クンヴェッソ・ゴムソラン。
君はラーファムだよね」
「そう、ラーファム・ギンメンス」
ヴェッソは、空気を読まずにストレートにたずねる。「どうして僕なんかに話しかけてきたのさ、クラスの連中だって話しかけてくれたりしないのに」
「ん、先日、このクラスに入ったときからなんだか、
それが、君を避けることで生まれているとわかってさ、わかってみると君は広い世界の持ち主のように思えたんだ。
それと」
ヴェッソは問いかける。「それと?」
「大勢で話すとさ、話しがあっちにいったりこっちにいったり、しかもその一つ一つに、うんうん、とか、わかるよ、とか同意して見せないと輪の中にはいられないじゃん。
その点、ヴェッソとなら、二人だけで静かに話せると思ってさ」
親しみ深くいわれてヴェッソは、初対面の相手にいうべきではないひと言を話してしまう。「きみ、探検に興味はあるかい?」
「探検?」といささか疑わしく張りのある声で復唱する。
ヴェッソは人差し指を一本、くちびるの上に立てて「しーっ」と制してみせる。
「この近くに誰も寄りつかない鍾乳洞があるんだけれども、僕はしょっちゅうその中を探索しているんだ。
みんなには絶対内緒でね。
一応立ち入り禁止の看板は立っているから」
その言葉に、ラーファムは目を丸くして微笑んでみせる。
「そういう体験、したいと思ってたんだ。
是非、案内してくれないか」
「みんなには内緒にできる?」
「もちろん、俺は卑怯な嘘つきは嫌いでね」
話し込んでみると、互いの家は割と近しいことがわかった。
鍾乳洞の入り口は、ヴェッソの家から二キロほど離れた森の中に点在していることを伝えた。
そんなことを話し合ううちに、もう、今日から行ってしまおうとなった。
鍾乳洞の入り口は、森の中で土地が一段上に上がっている、その法面にあった。
ヴェッソの出で立ちは完璧で、バンド式の額につけるライトにモバイルフォン、クリップボードとノート、軍手と耐水性の半ブーツ、防水性のLED式懐中電灯に杖としてのストックを二本用意してきた。
このうち、懐中電灯とストックの一本をラーファムに貸すと「僕が調査中の所からでもいいかい」と確認する。
ラーファムは訝しみ「調査中? どういうことだい?」と聞いてくる。
ヴェッソは少し照れ気味に「人にいったことはないんだけど、僕は将来警察官か消防士になりたいと思っているんだ。
街の近場にこういう隠れ家があるのってさ、どちらの職業にも必用な地元知識だったりとは思わない?」
「そうか、君は本当にこの街が好きなんだな」
こうして、二人の探検は始まった。
初めは、ラーファムの足下をおもんぱかって鍾乳洞の浅いところまでに留めていたヴェッソだが、靴や上着、そしてDIYショップで揃いのライト付きヘルメットを買うと、探索済の洞も含めて、改めて奥の方まで調べて見たりした。
範囲を拡げてみると新しい発見があった。
狭い隙間をすり抜けてみると、広大な伽藍堂が広がっていたり、壁際に虫が沢山張り付いているな、と思うところはライトを消して目を慣らすと、天井にまで張り付いた虫たちがかすかに煌めく星々の洞があった。
あるとき、鍾乳洞の入り口で、ラーファムがあたりを臭った。
「どうした?」
「なあヴェッソ、なんだか獣臭くないか」
ヴェッソも鼻で確かめる。「野ギツネや野ウサギなら見かけたことはあるけど、ちょっとわからないな」
二人は慎重に鍾乳洞に入る。
この
ヴェツソが左奥一〇メートルを指さす「あそこ、手前の坂は急だけど、大きな洞になっているじゃん。
前は、怪我を嫌って進まなかったんだけど、二人がかりなら、安全に登れるかな、とおもってさ」
ヴェッソがいうとおり、奥の
壁には突起がなく、手がかり、足がかりがない。
ただ、段差はそう高くなく、二人で支え合って進めば十分なんとでもなるように思えた。
二人が協力し合って
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