第069話 夏の寛ぎ、湖水欲

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生

・ヴェッソ:二十三歳、????

・ラーファム:二十三歳、????

 

 

 ヴェッソは、ヴァンザフィヤル湖の湖畔にビニール製のカウチを拡げて、サングラスをかけたまま日光浴をしていた。

 少しく、離れた隣には、中学からの腐れ縁のラーファムも、ヴェッソと同様日光浴をしている。

 二人とも、ハーフパンツ型の水着にラッシュガードを着ているが、ファスナーを全面開けているので、鍛えられた肉体が日差しを受けて雄々しい。

 派遣先の海外から久しぶりに戻った故国で、まずは日光浴をしてから、色々と脚を伸ばそうと想っていた。

 

 ヴァンザフィヤル湖とは、ゼライヒ屈指の湖水欲の湖である。

 首都、ザキ・ス・ウェンから西に、六十四キロメートルほど離れた所にある、面積二十三平方キロメートル、湖の周囲二十キロメートルほどの、遠浅の湖である。

 水深は、湖の中央でも四・五メートルほどで、細かい定義では「沼」に当たるが、誰もが湖として認知している。

 太古の昔は、この湖に流れ込むモウィー川の上流地帯にあった大規模な鍾乳洞だったと推察され、ザム・ヨツゾゲムソチッメム北西のベヴィファベ山脈が、高く高くなるごとに圧壊し、モウィー川の流れが石灰岩質のその岩を小石に、小石を砂に変えこの平たく広い土地に堆積させてできたとされる。

 鍾乳洞由来の石灰岩質の砂は、オフホワイトで、モウィー川の流水はこの地の他の河川と同じく鉄分を良く含むため、桃色の渚を作る。

 ヴァンザフィヤル湖は、鶏卵を逆さまにしたような形をしている。

 ただ、元の土地の形状からか、西岸から湖中央に向かってやや太めの砂嘴が伸びていて、日本人なら凹の字を左に九十度回した形を思い浮かべる。

 湖の北岸はほとんど使われていない。なぜなら無数の温泉源があり、間違えて一歩脚を踏み込んでしまうと約九十度の熱湯が大やけどを負わせてくるからだ。

 この、温泉水が一番よく流れ込んでくるのがヴァンザフィヤル湖の東岸で、ここは共同の湖水欲場となっており、男女別の更衣室やシャワー室、食堂を兼ねた「湖水欲の家」が約五キロほどの東岸に立ち並ぶ。

 逆に西岸から伸びた砂嘴の南側には、二十メーター間隔で離されたコテージが建ち並び、コテージとコテージの間は腰高ほどの塀で遮られ、砂浜から先は水際から八十メーターほど先まで杭が打たれていて、プライベートビーチの取り決めになっている。

 ヴァンザフィヤル湖はその周囲の悉くを森に囲まれており、砂嘴の北部から西岸の北部はキャンプ場になっている。

 南端は、ウィンセンゾフゥ川の源頭となっており、ヴァンザフィヤル湖側からみれば森の谷間、ウィンセンゾフゥ川側からみれば中くらいの滝と成っている。

 その、モヨ滝に関止められるようにして溜まった水が、ヴァンザフィヤル湖水といえる。

 

 十五分のタイマーが鳴ってヴェッソは、仰向けからうつぶせに姿勢を変えようと一旦立ちあがる。

 ビニール製のカウチにつけていた傾きを、折り直してフラットにしようと背もたれを大きく内側に曲げて立てたとき、左隣のコテージから乙女が静かに出てくるのをみた。

 

 乙女は、濃いめのカーキイエローのラッシュガードを、胸元まで開けていた。

 乙女は、色違いの緑の千鳥格子を腰に巻き、右足を前にするたびにその膝上までがちらりと見えた。

 乙女は、桃色と水色の太めのストライプ生地でできた小さなボンネット帽を結い上げた髪の上からかぶっていた。

 乙女の頬は、透明感があって美しかった。

 

 ヴェッソは、半分眠りかけていたラーファムに声をかける。「おい、ラーファム。

 ちょっと起きてみてみろよ」

 「なんだね一体。

 いま、いー具合に寝付けそうだったのに」

 「アホ。

 そんな日光浴の仕方をしたら、鼻の先から真っ赤になっちゃうぞ。

 まあいいから、お隣さんをみてご覧よ」

 「ぬーん」といいながら上半身だけ起こして、背の低い塀越しに、隣のコテージから出てきた乙女を見やる。

 ヴェッソは少しばかり興奮気味に「なあ、あの子、遠目でみても、とても雰囲気無いか?」

 ラーファムはちょっとあきれ声で言う。「馬鹿ヴェッソ。

 遠目でみるから雰囲気感じるんだよ。

 近づいてみたらジャガイモとか、普通にあるもんだぞ」

 ヴェッソは諦めない。「なんてゆうかなあ、その、僕たちには特別な感覚があるじゃないか。

 あの感覚があの子の容貌をはっきりと告げてくるんだよ」

 ラーファムも譲らない。「感覚って、何も着ていない裸同然で何いってるんだ?

 俺たちゃ脱いだらただの人だぞ」

 更にラーファムはとどめを刺しにくる。「それにな、ヴェッソ、お前は一つ視点を欠いている」

 「なんだよ」

 「ああいうかわいこちゃんは、男連れで来てるってもんだ」

 ラーファムの指摘を受けて、ヴェッソは観念する。「そうだよなあ、世の中そんなもんだ」

 そのとき、からり、と音を立ててコテージから、また新たな乙女が姿を見せた。

 

 乙女のラッシュガードは、袖に二本の赤いラインが走っており、しつらえられたポケットの入り口も赤が配置され、黒赤の対比を示すものだった。

 大胆に開かれた胸元には、赤いピークドラペルが黒のラッシュガードの上に乗り、視線を引いてきた。

 斜めに切り下がったパレオは左足の前で留められており、歩かずともその左足のしなやかなラインを見せつけてきた。

 少し色の濃いめの小ぶりの麦わら帽を被った乙女は、鼻筋から顎のラインまで完璧な立体を作ることを、つばが作る陰と日向が、ちらり、ちらりと輝かせて見せた。

 

 弱気になったヴェッソが呟く。「あれまあ、お隣は二組のカップルか。それに引き替え僕たちと来たら」

 ラーファムはしばらく無言のままだった。

 ヴェッソはしばらく様子をうかがっていたが、ついに声をかける。「おい、ラーファム、突然どうした」

 「むー、わからん」

 「なにがさ」

 「二人目の夜と華の子さ、なにか引かれるものがあるような勘違いなような」

 ヴェッソがしてやったりという顔を作る。「ラーファム、君がさっき僕を馬鹿呼ばわりした名誉の毀損を、僕はまだ忘れていないぞ」

 「そうだね。

 それについては謝らなければならないようだ。

 済まなかった。

 しかしなかなか男どもは出てこないな」

 二人はそれぞれラッシュガードを脱ぎ、お互いの背中にSPFの低い日焼け止めを塗りあうと、ビニール製の折りたたみカウチを平面に拡げてうつぶせに寝る。

 ヴェッソは思う。

 祖国の太陽が暖かいのは幸せだなあ、と。

 そして何事もなく十五分のタイマーが鳴り、ヴェッソは起き上がると、どうしても左隣のコテージに目をやってしまう。「なあ、ラーファム、カップルだったら一つのコテージでもいいかもしれないけれども、カップル同士だとそうもいかなくないか?」

 ラーファムはそれを聞いて、左二つ隣りのコテージに目をやる。

 二つ隣りは老夫婦で、乙女たちとは無関係に日光浴を楽しんでいる。

 ラーファムはヴェッソと視線をあわせる。

 ヴェッソは「やっぱり声をかけてみるよ」と、沖合の方、くるぶしくらいの湖水に浸かりながら、水のかけっこをしている乙女たちに近づいていく。

 ラーファムは、野暮なことを、と思いながら、ゆっくりとヴェッソに付いていく。

 ヴェッソは、乙女たちと同じていどの沖合まで進むと、「おーい、君たちー」と左手を口に添え、大きく挙げた右手を振って声をかける。

 ヴェッソが三回程度呼びかけると、ようやく、乙女たちはヴェッソに気が付き、まずは自分たちの左隣の沖合を見やる。

 誰もいない、というか砂浜で老夫婦が日光浴を楽しんでいるのを確認すると、お互いに自分たちを指し示し、次いで顔の前に立てた手のひらを左右に振ると、いぶかしげにヴェッソに目を向けてくる。

 「そうそう君たちー、ちょっとお話ししないー」

 夜と華の乙女が、森の乙女に声をかけるが、森の乙女は引きつづき、顔の前に立てた手のひらを左右に振り、何かを否定してみせる。

 すると、夜と華の乙女がこちらに歩いてくる。

 森の乙女がその陰に隠れるように後ろから付いてくる。

 きっちり三メートル開けて止まると、夜と華の乙女が口を開く。「なにかしら?」

 ヴェッソは目を泳がせて言葉をつむぐ。「僕たち、海外出張から帰ってきたばかりで、男二人で日光浴に来たんだけど、そちらも女の子二人にみえたからちょっとお話し出来ないかな、って、さ」

 それに対して夜と華の乙女が腰に両手首を当て、前屈みの姿勢で詰め寄ってくる。「ここはお互いプライベートビーチってことで、お互いの干渉がないように勧められている場所だと思いますけど。

 一体何のご用ですか?」

 ヴェッソはたじろぐ。「ええっと、その、素敵な二人が遊んでるなーっておもって。

 ちょっと、お近づきになりたいなーって」

 泳いだ目のヴェッソと対照的に、目つきの座った夜と華の乙女が返す。「私達、二人で楽しんでいますので、十分お控えいただけますか?」

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