第067話 レモンイエロー

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生

・ヴィセ:十九歳、リーエの同室、一年生

・ファラー:十九歳、背の高い一年生

・ミーエ:二十歳、チーヤの同室、二年生

 

 

 結局フィシラツチューのミヴゥナ店では、ファラー以外全員が様子見をしてしまった。

 店長のツーベはすこし落胆してしまったようだけど、「カスザフィのお店で皆さんのお好みのものが見つかるといいですね。

 いってらっしゃませ」と頭を下げて見送ってくれた。

 移動中、またもリーエは凍えるように両手で両腕を抱え込んで、猫背で顔色の悪い表情を浮かべなから歩いていたが、もう誰も特別な気づかいはしなかった。

 お店に入って、商品の物色を始めれば、次第に背筋が伸びてくることを知ったからだ。

 それはリーエ自身も同じ事で、お店に入れば、お店に入れば、と自分を奮い立たせていた。

 地下鉄でカスザフィについた一行は、その自動改札から作り込まれたきらびやかさにどうしても目をうばわられずにいられなかった。


 もともとカスザフィはいささかさびれた土地だった。

 国家が育つとともに「ザキ・ス・ウェン」の行政範囲も広がり、ヨツゾシューベツ北の丘の周辺の丘も飲み込んで、一つの「ザキ・ス・ウェン行政区画」として管理されてきた。

 カスザフィはクツム・フィン・ゼファ・リッセ中つ川に直接面しており、上流の工場から部品を仕入れたり、完成品を下流のソー・ネ・ザキザキの入り江から出荷するのにも都合がよった。

 この立地もあり、ザキ・ス・ウェンの鉄道網の要衝にして一大ビジネス圏であり商都でもあるミンニュフの隣り駅という立地ながら、地下鉄駅前の一等地、ワンブロックが丸ごと、住宅地兼工場の集積地となっており、立地の良さをもちぐさらせていた。

 一九九三年、ここに目をつけたのが都市開発で有名なロチソタムソで、高齢化が進んで工場をたたんだり、料理屋をたたんだりしたところから、相応の地代をてこに一件一件の土地を仕入れては更地にしてきた。

 「棲むところがなくなる」という反対意見に対しては、一時的な転居の家賃の負担と、再開発後に計画しているタワーマンションへの優先入居権を呈示することで物件の売買に成功しまた更地にしていく。

 ある程度まで更地化が進むと、対応に戸惑っていた人々も、我先にとロチソタムソに申し入れを始める。最後に残った一件だけは粘り強い交渉が必用だったが、ロチソタムソにしてみれば、何時ものことでしかなかった。

 三方を道路に、一面を川岸に向けた一街区を手中に収めると、ロチソタムソはかねてから文化省と進めていた計画を、実際の契約として進めていった。

 

 それが一九九九年にこけら落とし公演をおこなったペフンゼ・ヘーウィチッシェム・セファサー第二・王立・劇場=オペラ・ハウスの建設である。

 

 王立劇場は王城の近くに立地していた。

 そこでは、中世期後半から近世期に成立した、特殊な仮面と民族舞踊を中心とした、精霊達への祈りも込めた、この地に伝わる民話を元にした国民舞踊のステージで、もともと、貴族や豪農、豪商、豪工といった豪族達の間の嗜みでもあり、役者も、この役を担うのはこの一門、と決まっているほど格式の高いものだった。

 これに対して三大バレエ発祥の地ロシアを隣国に持ち、また、多彩な作曲家を輩出したドイツを友邦に持つ国として、オペラ、バレエを専門に扱う劇場を持つことは、音楽関係者、舞台関係者、声楽家、舞踏家にとって悲願であり。あこがれでもあった。

 ロチソタムソはここにオペラ・バレエ専門劇場と、本格的なオーケストラ演奏に応えるコンサートホールをかまえるだけでなく、四十八階建てのオフィスビル、同じく、四十八階建てのレジデンスタワー、二十階建てのホテル、をクツム・フィン・ゼファ・リッセ中つ川の河岸に面するように配置し、建物群の北端と南端にそれぞれ床面積の広い十階建ての商業施設をかまえた。

 北端の商業施設には、トシフツことトシセン・フツスファカテ文化堂がシニア層向けの高級百貨店として入り、オペラやバレエをS席で楽しむ層の、目や心をおどらせた。

 南端の商業施設には、若い社会人向けの商品を展開するラツフィが入り、この区画全体で全年齢層にむけた構成になっている。

 計画された都市のため、全ての建物が地下道でつながっており、冬の寒さや夏の通り雨を気にせず向かうことができるようになっている。

 

 今日は良く晴れてはいたが五人は駅とラツフィを結ぶ地下の回廊を選んだ。

 壁面は連続した大型の液晶ディスプレイがしつけられ、その周りは、オペラやバレエをモチーフにした沈み彫りのレリーフが色鮮やかにディスプレイを囲む。一連のディスプレイには過去のオペラ公演の写真や、動画の切り抜きが映し出される。

 それがいつの間にかバレエの公演の写真や、動画の切り抜きに変わっていると、周囲のレリーフもバレエのそれへと変わっている。 更に進むとまたもやシーンとレリーフはいつの間にか切り替わり、カスザフィでのウォータフロントが生活、宿泊、ビジネスを彩る様子を映し出す。

 そして最後、ラツフィに向かう通路では、曲がり角からラツフィに至るまで切れ目なく張り巡らされたディスプレイに、ラツフィでのお買い物が楽しくなるような、色鮮やかな様々なアクセサリー、服飾品、が時には所狭しと配置され、時には整然と端から端まで並べ尽くされていた。

 五人とも、計画された都市の美しさを見せつけられたまま、ラツフィに到着し、二階のウズメシィラを訪ねる。

 こちらのお店は、ランニングやフットサルなどのスポーツウェアを身に纏った店員さんが多く、店長もぶかぶかのズボンのバスケットボールウェアを着込んでいた。

 「いらっしゃいませ、フィシラツチューのツーベより先ほど連絡を受けました。

 ハセチーヤ=ヴェツサ・フォソラフィファー様とご一行様ですね。

 私はウズメシィラ、ラツフィ店を預かるベツソツーソ・ムッスランです」

 といって、五人に名刺を渡してきた。

 早速水着のコーナーに向かう。

 早速、好みの水着を見つけたのはチーヤで、赤一色の水着を持ってムッスランに訪ねる。「試着室はどちらですか」

 ムッスランの案内で試着室に向かうと、手際よく着替えてみせる。

 カーテンを開けて出てきたのは、赤いローライズのショーツと、ホルターネックのトップを着たチーヤ。

 ホルターネックは大胆に胸の谷間を作るだけでなく、スーツの上着のようなピークドラペルの襟がついている。

 この、格好よさには皆がうなずき、感心してみせる。

 ムッスランは、「色違いもございますよ」と、黒と緑によったカーキのものを運んでくるが、チーヤは「派手に行きたいので、これで。

 それより、これに合わせるパレオとラッシュガードののお勧めはありますか?」とたずねる。

 ムッスランが見繕っている間に、ヴィセがスカートとマリンベレー帽のついた水着を二つ持ってくる。

 明るめの臙脂と抹茶色の二つはそれぞれ、ハーフカップのベースに、フルカップの生地が首の後ろで結んだ形になっていて、前中心の所でも結ばれた形になっており、谷間を強調する作りになっている。

 ボトムは、ショーツの上にスカートがついた形になっており、ショーツ部分が見え隠れする丈になっている。

 ヴィセは、最初抹茶色の水着を着てから、次いで明るめの臙脂の水着を着る。「うーん、デザインはいいんだけど、色合いがくすんでいるかなぁ」と呟いていると、ムッスランが「お客様、その形、もう一色レモンイエローがございますが」と提案してくる。

 ムッスランが持ちよってきた明るい黄色の水着を試着し直すと、ヴィセの表情に花が差す。

 その水着は、レモンイエローと若草色のツートンカラーで構成されており、レモンイエローのマリンベレー帽をベースに、若草色のリボンが縫い付けられている。

 トップは、フロントパネルやベルト部分に若草色がきて、カップ部分がレモンイエローの構成になっている。

 ボトムは、ショーツ部分が若草色で、スカート部分がレモンイエローの組み合わせになっている。

 ヴィセは「これがいいです、これに合わせたラッシュガードとパレオはありますか?」とムッスランに相談する。

 その間、チーヤに提案されたラッシュガードは、黒地のラッシュガード。

 センターのファスナーと、胸ポケット、お腹のポケットなどのファスナーが赤で構成されている。

 また、肩口から袖口まで伸びる二本のサイドラインも、赤色が差し込まれている。

 センターのファスナーを半分方下げることで、水着の襟を出して、赤味をさらに強めることもできる。

 パレオは、薄手の漆黒のもので、上半身の赤を際立たせる。

 チーヤは、すっかり気に入ってしまい、一式を購入する。

 ヴィセもムッスランの選んだレモンイエローのラッシュガードと、若草色のパレオを好感し、購入を決める。

 ところが、リーエとミーエが「あのー、えぇと、私もう一度フィシラツチューに戻りたくてですね」「あ、あたしもあたしも」といいだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る