第066話 モノトーン
・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生
・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生
・ヴィセ:十九歳、リーエの同室、一年生
・ファラー:十九歳、背の高い一年生
・ミーエ:二十歳、チーヤの同室、二年生
五人で学外に出歩くのは、リーエにとって初めての出来事だった。
そしてリーエとともに学外に出歩くのは、ヴィセ、ファラー、ミーエにとって初めての出来事だった。
チーヤは、極淡々と、リーエの隣を歩いている。
そしてヴィセとファラーとミーエの三人は、その前を歩いている。
リーエは、みんなの気持ちを下げないようにしなければ成らないと、思えば思うほど、緊張してしまい、そして不安に襲われて、猫背気味で上目遣いのおどおどとした表情を作る。
ヴィセにはなじみのある表情だが、ファラーとミーエは普段、着甲時のリーエの印象が強いため、慣れた校内を歩くときとも違ったリーエの極度の怯えように、気にした方が気にさせるとわかっていながら気にして、時々後ろを振り返ってしまう。
そのたび、チーヤはにこりと微笑み、リーエも引きつった笑いを浮かべる。
ファラーは手のひらをひらひらと振って、気にしないで、の合図を送るが、ミーエはつい聞いてしまう。「リーエ、あなたその、本当に大丈夫なの?」
チーヤが横に首を回して、リーエの様子をちら見する。
リーエが答える。「えへー、あの、その、大丈夫です。
今日は五人以上での訪問が必用ですから、頑張ります」
リーエのその言葉には力がなく、その顔つきは、着甲中のジャンヌ・ダルク然とした凛々しい美しさを失い、なんとなれば年以上に老けて見える。
ミーエが、チーヤにたずねる。「大丈夫、なの?」
チーヤは胸を張る。「ええ、以前より幾分かましな状態よ。
だって今日は、みんながリーエの歩調に合わせるのではなく、リーエがみんなの行軍に付き添って歩いているでしょ」
それを聞いて、三人ともはっとする。
確かに、リーエの歩調など考えてもみなかった。
三人とも、教務課程の中とはいえ軍人であり、おしゃべりしながらも同じ歩調でしっかりと歩いていた。
そもそもそれが当然ではあったが、確かにおどおどしたリーエは三人達に付かず離れずの距離を取って一緒に歩いてくれている。
彼女は、表情ではなく態度で示してくれているんだ、と気が付く。
ミーエは、「わかったわ。
不必要にリーエの調子を詮索しないようにする。
リーエも、それで大丈夫かな?」
リーエの笑顔が一段明るくなり、「はい、まかせて下さい」と答える。
ミーエも微笑み返す。「ありがとう」
そして前の三人の四方山話に混ざり直す。
五人が最初に目指したのは、ザキ・ス・ウェン一の繁華街、ミヴゥナにあるフィシラツチューのウズメシィラだった。
チーヤが「こんにちはー」と店員に声をかけながら、皆を代表してクーポンを差し出す。
「私は、ハセチーヤ=ヴェツサ・フォソラフィファーと申します。御社の東方様からこちらのクーポンを受け取りまして、本日訪問させていただきました」
黒髪のインナーカラーにネオンブルーを入れた、スカートが短めで、シャツも第二ボタンまで外した如何にもギャルギャルしい店員は、クーポンをみただけで理解した。
「あ、はい、本社から伺っております。
えーと、どちらのお客様かは内緒でしたね。
今日は水着選びに当店をお選びいただきありがとうございます。
ウズメシィラ・フィシラツチュー店の店長リシャフェタ・ツーベともうします。
どうぞ本日はツーベとお呼び下さい。
早速ですがこちらから」そういってツーベは向かい側の、さらに向こうの壁を、指をそろえた手で示して、「あちらの壁面までが水着のコーナーです。
ごゆっくりお選びください」というと柔らかく微笑んで見せる。
チーヤたちは皆、教育が行き届いているなぁ、と感心するが、それも一瞬、すぐに商品に群がっていく。
開店直後を狙ってきたので、まだ回りも閑散としているが、女の子が五人も集まればそんなこと気にならない。
もう二人、やはりギャルギャルしい店員がいるが、どうやら今日の女学兵たちの対応は店長のツーベがメインでこなすらしい。
だからこそ敏感に、リーエの様子を気にしてしまう。
急ぎすぎないように静かにリーエに近づいていく。「お客様、お加減はいかがですか?」
モソモソと商品をながめていたリーエは、やってしまったかと、慌てた顔をひきつらせて「大丈夫、です」と消え入りそうな声で答える。
すかさず、チーヤが間に入ってくる。「すみませんツーベさん、この子は鬱病を患っていて、今日は私がちょっと強引に、気分転換しましょう、と連れてきてしまったんです。
リーエは自分のペースで選びますので何か気になるところがあったら、私からツーベさんにお声がけしてもよいですか?」
「はい、わかりました。
踏みいったことをたずねてしまい申し訳ございません」
それには、リーエ自身が答える。「本との事ですし、私の事はチーヤが見てくれてますので……。
そうだ、この子、チーヤに似合いそうな水着をいくつか持ってきてくれませんか?」
ツーベは二つ返事で「はい、それでそのいまリーエ様がご覧になってるのは紳士用でして……」といいづらそうに伝えてくる。
リーエはハンガーの間を開いてはながめていた手を離し、チーヤは右手で両目をおおう。「なんか地味だしやぼったいと感じてはいたのだけど」
そこに、リーエがピンと気が付く。「ツーベさん、フィシラツチューって年若の女性向けの建物ですよね?
そんなフィシラツチューのお店になんでメンズがあるんですか?」
勘がはたらいたときのリーエは、表情が引きつらずに話せる。
ツーベはそんな質問にもはきはきと答える。「カップルでいらっしゃるお客様の、ついで買いのチャンスを逃さないようにするためなんです。
これが、数の割にはずいぶん売れていまして」
リーエが反応する。「はえー、そんなこともあるんですね」
そんな話をしていると、ファラーが大きな声で呼んでくる。「リーエー、こっちこられる?」
リーエがそそくさとファラーに歩み寄るとファラーが三つの水着を互い違いに胸にあて、「この中ならどれが良いと思う? ヴィセもミーエさんも、イメージが違わない? って感想でさ」と、たずねてくる。
彼女たちの体格だと、水着といえばビキニ、ビキニならブラとショーツの組み合わせだけど、ファラーが選んだのは明らかに飾りが多い。
ブラとショーツがフリルで飾り付けられているだけでなく、共地のヘッドドレスと、パニエで少し盛られたマイクロミニのスカートが付いている。
ファラーはヴィセとミーエに見えないようにリーエにウィンクして見せる。
リーエはいかにもダイコンさながらの棒読みで「イインジャナイカナー、フダントぎゃっぷガアッテ」といってのける。
ファラーにはそれで十分で、我が意を得たりといわんばかりに「そうだよね、私試着してくる」と、店員を探す。
すかさず、集団を見守っていたツーベが「お客様、こちらにどうぞ」と誘導する。
紺のカーテンで仕切られた試着室は、女性用向けにそれなりの広さになっている。
ツーベは「一、二、三、三点ですね。どれもヘッドドレスとミニスカート付きと、毎度の決まりで恐縮ですが、下着の上からご試着下さい」と伝えてファラーを試着室に招き入れる。
カーテンを閉めると、ミーエがツーベに話しかける。「あの、なんていうかこちらは、甘めのテイストのものが多いのでしょうか?」
「そうなんです。やはりミヴゥナのお店なので、中高生もおとずれますので、甘めでかつ安価なものを集めて居ます。
カスザフィのお店も若向けは若向けなんですけれども、フリル付き、とか履き込み丈が深めなものは少なく、トップも飾りが付くとしても襟付きとか、ボトムもローライズとかハイレグ気味とかのものが多くなります」
チーヤはそれを聞くと「うーん、それを聞いちゃうとカスザフィのお店も見たくなりますね」とうなる。
そうこうしているうちにファラーが着替え終わる。
少しだけ開けたカーテンのすきまから顔だけ出して、「みんな見てみてー」と声をかけてくる。
ファラーが持ち込んだのは三つ、ライトヴァイオレットの地にベージュよりのオフホワイトの花柄、ミントグリーンに近いウォーターブルーとライトピンクの波打つ縦縞模様、そしてベルベットダークブルーのワントーンをベースにパニエやヘッドドレス、フリルの一部で白を用いたモノトーン。
最初に着てみたのはダークブルーのモノトーンだったが、フリルや飾り布があちこちに配置されており、白いパニエに盛られたミニスカートが、なにかバレエ衣装のような雰囲気を醸し出していた。
リーエが呟く。「凄い綺麗」
するとチーヤとヴィセがうなずき、ミーエが「モノトーンがもの凄く似合ってるわ」と以前の自分の評価を訂正する。
ファラーは、我が意を得たりとにこにこ顔になり、「決めた、これにする」と宣言する。
ヴィセが「他のは着なくていいの?」とたずねる。
ファラーはうなずき、「引き締まってみえるのに、甘めのテイストのデザインのギャップがいいな、ってさ」
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