第065話 お得なクーポン券はいかがですか?
・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生
・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生
「はい、測定完了です」とデッサーがいう。
それに対して「お疲れ様でした」と東方がいう。
二〇二六年七月の頭、リーエは、イズモスポーツによる今一度の身体測定を受けた。
BMI値でいえば、まだまだ健康体重といえない段階だが、十七のモデル体重には届いた。
そして何より、跳躍高が十メートルを一センチ超え、第二世代型のASー02相当になった。
こうなるといつまでも第一世代型で訓練を積むわけにも行かない。
それをすると成長が鈍化することが、ドイツの「アデル・ヴォルフ機関」により報告されており、学校側も急いだ形だ。
「改めてみると」とチーヤが呟く。「装甲服よりドレスを仕立てた方がいいと思う」
するとデッサーも東方も大きく頷いてみせる。
「えへー、がりがりですよー」とリーエは、スポーツブラと紙おむつ姿で背中や太ももの裏などを眺め回してみせる。
確かに、首筋や腕のライン、ウエスト、足首などの引き締まっているべき部分は今でも相応に細い。
しかし胸やお尻、腰から太ももを超えて膝で引き締まるラインなど、付くべき所には理想の形で肉が付き、さながら当代の人気イラストレーターが描いたイラストのように、
人々の視線を、
捉えて、
離さない。
それもこれも全ては着甲して食事を取るようになってから、着実に体型を整えてきたお陰だ。
着甲中の動作はどれも、息を切らすことがない。
ハイセンスの顕現者ほど、呼吸のリズムを一定に保ったまま、高跳躍をしたり、長時間走行を実施する。
息は切らさずに動くが、長時間の反復運動が体の体格には好影響を与える。
体型も能力の一つだ。
今のリーエには、それが彼女の当たり前としてある。
お腹はふっくらとした浅い浅い丸みを帯び腰骨の主張を柔らかく隠す。
肋骨は相変わらず浮き出てはいるが、以前の荒波のような激しさでなく、さざ波のような穏やかな表情を作る。
そして何より、おでこ、顎のライン、頬の膨らみがこの子に本当の笑顔を取り戻させる。
入学した頃の、骸骨を思わせるようなやつれた痛々しい顔つきはもうない。
むしろ往年の名女優ヘボンを思わせるような童顔の面差し。
来月になれば二十二歳になるが、ようやく新鮮な思春期を迎えようとしているようだった。
美貌でいえば、チーヤも負けてなかった。
BMI値は並み居る女子徹攻兵と同じく十八台をキープ。
バストサイズはリーエのGには届かずとも、劣らぬF。
欧州の、特に女性はティーンエイジに届くか届かぬかくらいの時期には身長が十分に成長しきってしまい、それ以降の年齢を示すものはじわじわと積み重ねる脂肪の厚さ。
しかし今月二十歳を迎える彼女は、そんな成長を感じさせない「十三歳の肌つや」を維持している。
それは顔貌も同じ。
何も知らない人から見たら、リーエよりは年かさにみえるかも知れない。
欧州人の基準から見るとセクシーとはいえないかも知れないが、普遍的な世紀において可愛らしさを示す基準ともなり得る左右の整った面立ち。
学内では最近、「徹攻兵の姉妹」ではなく、「徹攻兵の美人姉妹」とささやかれることの方が多くなった。
デッサーと東方が計測器を解体しながらコンテナに格納し、リーエがいそいそと制服に着替える間に、チーヤは顎の下に右手の人差し指を当てて天上を見上げてた。
そして呟くようにリーエに提案する。「リーエ、あのさ、今週末に水着を買いに行って、来週末に湖水欲に行かない?」
リーエは履きかけていたスカートをすとーんと落としてしまう。
慌てて拾い上げながら答える。「こ、ここっ、湖水欲なんて、スクールカースト上位の方が嗜むアメニティでスヨ? わっ、私には不向きじゃないかと」
するとチーヤは、顔を崩し、本気で人としてあきれかえった顔を作って答える。「あなたその美貌と姿態、カーストトップの自覚がないの?」
ばかじゃないの、と付け加えかねない勢いで吐き捨てる。
え、ええー、とリーエが謙遜する前に、デッサーが着替え中のリーエの手を包まんばかりの勢いで伝えてくる。「もし、お好みに合いましたら、ラッシュガードだけでも是非当社の製品をご検討下さい」
東方が、組んだ腕の左手を頬に当てて、若手の暴走をフォローする。「当社も、スポーツウェアをアパレルウェアのようにお気軽に選んでいただけるよう、ウズメシィラ、のブランド名でカジュアルな水着やランニングウェア、トレーニングウェアに手を伸ばしているのですが、なかなかアパレル事業の成長が鈍くて、毎年、撤退か存続かを討議しておりまして。
デッサーの同期も、イズモスポーツ・ゼライヒでアパレル事業部にいるものですから、つい、むきになったものと思います。
デッサー、お二人は徹攻兵なのですよ」
そのひとことでデッサーも気が付く。「あ、大変失礼しました。
そうですね、お二人のプライベートはお忍びでした」
その憶した雰囲気をチーヤは笑顔で壊す。「ウズメシィラ、ですね、どちらで展開されていらっしゃるんですか?」
東方が応える。「フィメサンのミンニュフ本店、リスホミのウィコンヴァミ本店などにも卸してますが、こちらは少しお年上の方々向けのデザイン、柄です。
フィシラツチューのミヴゥナ店や、ラツフィのカスザフィ店だと、十代後半から二十代向けのデザイン、柄を出してます。
こちらでしたら、お二人のお眼鏡にかなう商品もあるかも知れません。
フィシラツチューとラツフィでは品揃えを変えていますので、もしお二人にご足労の負担がなければ、両店舗をご来訪いただけるとありがたいです」
東方も、すっかり商人の顔になっている。「ちょっと、電話をかけさせてもらってもよろしいですか?」
チーヤが応える。「はい、差し支えなければどちら向けですか?」
「当社の営業課向けなのですが」東方がチーヤの意向を伺うように上目遣いを作る。
チーヤは、
「ありがとうございます」とこたえた東方は少し後ろに下がると、背中を向け、電話口に右手を添えて何か連絡を始める。
デッサーは話の内容に心覚えがあったようで、両手の指をくんで胸の前に置き何事かを祈る。
すると電話を終えた東方が、ぱっと花の咲いた笑顔で振り返ってくる。「お二方、今回お友達をお誘いいただいて、五名以上でフィシラツチューとラツフィの両店舗をご来訪いただけるのでしたら、五〇%引きのクーポンをご用意できますがいかがですか?」
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