第061話 共同購買

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生

・セテー:二十二歳、四年生の最優秀徹攻兵にして風紀委員

 

 

 新しい装甲服の提供とともに、リーエがイズモスポーツの運動用ブラジャーに変えると、誰もが、そのカップの違いに色めきだった。

 ファラーが尋ねる。「リーエ、サイズ変わった?」

 ファラーと同室のフィーバも声をかけてくる。「なんで、なんで急にサイズ変わるの?」

 同じ一年の中では、もっともふっくらとしたファツも聞いてくる。「え、ごめんだけど、今までBだったよね。

 それは、D? もしかしてE?」

 更にファツの同室のチハも驚く。「うそ、凄い目立つ」

 そこまでいわれて、リーエは胸を両腕で隠すように振り返ってしまう。「えーとですね、これはその、ですね」

 答えに窮するリーエの代わりに両手を二回打ち叩いてチーヤが自分に目を向かせる。「みんな落ちついて、私から説明するわ。

 そもそも、体型の変化にともなって、リーエは特に胸とお尻のサイズが大きく変わったの。

 というより、拒食を克服した結果、ようやく人並みに近づいただけなんだけど。

 それで、もともとアンダーを実サイズより上げてカップを小さくしていたんだけれども、今回、イズモスポーツのフィッターさんが計り直したら、アンダーを下げてカップを大きくすることを提案されたの。

 アンダーは五センチ刻みなのにカップは二.五センチ刻み。

 そりゃアンダーを下げればカップは上がるわよね。

 それと、成長分とが組み合わさって、今回のサイズ変更につながるの。

 それと」といってチーヤはリーエに尋ねる。「リーエ、みんなの前でジャンプすることできる?」

 「このままで、ですよね?」

 「うん、そのままで」

 「それはその、上級生からの指示ですか?」

 「ううん、シュベスターからのお尋ねよ。

 無理ならいいわ」

 リーエがまだ頬を赤らめながら、じと目でチーヤに返事する。「返って、断りにくい方法で依頼されましたね。

 仕方ないです。

 やります」

 チーヤは合わせた両手の右の甲を左の頬に当て、左にちょっと首をかしげて「ありがと」といってほほえむ。

 リーエは、一年生みんな、というより部屋のみんなに向かって一、二、三、四と軽くジャンプする。

 チーヤが続ける。「イヅモスポーツのスポーツブラジャーは、カップができる限り動かないように設計されているんですって。

 なので、今みてもらったように、リーエが飛び跳ねてもカップが全然ぶれないでしょ。

 これでクーパー靱帯を保護するんですって」

 ファラーが小鼻を膨らまし気味に聞いてくる。「それって、バストの張りが長持ちするってこと?」

 チーヤは右手の人差し指と親指を伸ばして、甲を下に向けてファラーを指さす。「ご名答。

 そこで相談なんだけど、みんなさ、これ、欲しくない?」

 すると一年生全員がうなずく。

 チーヤは我が意を得たりと語る。「みんなでイズモスポーツのショップにいくのも非効率だし、共同購入ということでイズモスポーツのフィッターさんに来てもらうのがいいと思っているんだけど、どうかな」

 みな、口々に「いいね」とか「いい」とか「賛成」と乗ってくる。

 チーヤが気をよくしているとリーエの顔つきが変わる。

 目線が明らかにチーヤの後ろに向かっている。

 「ん?」

 というかいわないかの内にチーヤは両肩をつかまれ、時計回りに振り向かされる。

 チーヤは、突然まじめ顔のセテーと向き合うことになり一気に血の気が引く。

 それをみていたリーエは下着姿のまま両手を口に当ててグルグルと考えてしまう。

 どうしようどうしよう、ふざけてないでさっさと着甲しなさいとかいわれるのかな。

 それとも、上級生のサポートしないで何やってるのって怒られるのかな。

 校内で商業行為は禁止とかいわれるのかな。

 私のせいでチーヤさんが怒られるのは違う。

 でも、なんていおう、なんていおう。

 リーエが焦心の中で言葉が出てこなくて詰まっていることなどお構いなしに、セテーがまじめ顔で口を開く。「チーヤ、その話し」

 チーヤも緊張して気をつけの姿勢で立つ。「は、はい」

 セテーが続ける。「私も乗っていいかしら」

 チーヤの声が裏返る。「は、はいい?」

 セテーは当たり前の様にチーヤに語る。「だって、あなたの狙いは購入者の数を揃えて、大量購入するからお値引きお願いします、っていう論理でしょ?

 私もずっとイズモスポーツのアンダーウェアは気に成っていたんだけど、結構するでしょ、あれ。

 それに同じものばかり使っていると保持力が落ちやすいからと聞いてて、洗い替えも含めて何枚かは欲しいわけで。

 院課程でフランスに渡ると備品として支給されるらしいと聞いてて我慢してたの。

 いまのリーエのデモンストレーションは完璧だわ。

 もーむり、今すぐ欲しい。

 三、四年生で欲しい人もいるでしょ?」

 セテーがそういって振り返ると、ほとんど全員がサムズアップや挙手、「はい」とか「欲しいー」という声で大騒ぎになった。

 セテーがもう一度チーヤにむき直す。「決まりね、クピューファ教官への進言は、私とあなたでやりましょう」

 「え゛」

 セテーは不思議なものをのぞき込むように首をかしげる。「何か困ることでもあって?」

 チーヤは「いえ、ありま、せん」と答えるので精一杯だった。

 

 その晩の着甲訓練中、最初の休憩が入ったところで、セテーがオープンチャンネルを使ってクピューファに語りかける。「教官、少し相談があるのですが」

 クピューファは「オープンでいいのか」と尋ねる。

 するとセテーが「はい、着甲科の生徒全員の関心事ですので」と答える。

 クピューファだって人間だから、全員? と訝しむ心がないわけではない。

 しかし動揺を悟られないようにするのが教育者としての指導者としての務めであることも弁えている。「ふむ、で、どのようなことだ」

 セテーはしれっと「詳細はチーヤから説明があります」とチーヤに話しをふる。

 まさか丸投げされると思っていなかったチーヤは、「あっ、はい、えっと」と話しの入り口に戸惑う。

 すかさずそこに割り込んだのがリーエで「教官、当事者でもある私から説明させていただきます」と毅然とした態度で通信を始める。

 今回の装甲服のサイズ変更でイズモスポーツが自社製の最高等級のスポーツブラを勧めてきたこと。

 装着時のフィット感もよくかつ、女性の人体をおもんぱかった構造であること。

 その高機能さに、他の多くの生徒も購入希望であることを告げた。

 が、そこまでで話しが止まってしまい「ですので、えーと、ですので」と躓いてしまったところをチーヤが補足する。

 「リーエ、あらましをありがとう。

 教官、今回私達はイズモスポーツの方と面識を持つに至りました、ですので私達からイズモスポーツに相談を持ちかけ、共同購入によるディスカウントを受けられないかを打診してみたいのですが、いかがでしょうか」

 そこまで聞いてクピューファは「ふーむ」と一声出すと黙りきってしまう。

 セテーも、チーヤも沈黙を反対と受け止める。

 が、クピューファが小さく漏らした「装備品、なんだよな、本来は」というひとことに徹攻兵である生徒達は、言葉にならない前向きな気持を受け止めて、期待する。

 そしてクピューファが「ふむ」と決断すると、伝えてくる。「本件、前向きな意味で一度私が預かりたい。

 チーヤ聞きたいことがある」

 「はい、なんでしょう」

 「リーエがさなぎから蝶に育つのに、いつ頃、後何回くらいサイズ替えがあると想定するか?」

 想定外の質問にチーヤは戸惑う。

 そして指折り数えてから答える。「後一回、六月末頃に有ると思います。

 ただ」

 「ただ?」とクピューファが問う。

 「その時は型式替えと同じタイミングになるかも知れません。

 というか、予算をかけてもらうんですから、同じタイミングにしないといけませんね。

 リーエの健康面は、校内医官の指導も受けながら、私自身が細かくチェックしていきます」

 それを聞き、クピューファは、うむ、とうなずくとカフィソに尋ねる「ヴツレムサーの現在の最高高度は」

 カフィソは聞かれる前に画面に情報を出していた。「レーザー測距儀の値は九メートルと八十九センチです。

 リーエは今のところ平均月三センチ高度を伸ばしていますので、もし、そのまま壁を越えるようなことがあれば六月頃には十メートルを超えだすかと」

 クピューファは「なるほど、色々考えないといかんな」と答える。

 そして続ける。「もう、一週間で三月になる。

 三月は洪水の季節。

 ここにいるものは一度はテレビでみたことがあろうが、近年、避水壁が損傷した場合に応急措置を徹攻兵がやっている。

 あれは、仏軍配下の徹攻兵ではなく、実は諸君等王立女子士官学校の徹攻兵によるボランティア活動である。

 本日からは、止水試行訓練を組み込む。

 AS-01の出力七十五%以上のものが主たる作業者になる。

 まずは四年生、セテー、キツソ、イハ、ベツサ、それと一年生、リーエ、以上の五名は主たる作業者としてコンパネ板の打ち込みを訓練。

 それ以外のものは、大柱の柱建てや支柱の設置訓練、大型コンパネ板の塀渡しの段取りを訓練せよ」

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