第060話 Das Blümchen
・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生
・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生
・クピューファ教官:四十代半ば、着甲科(対外的には特装科)の指導教官
・カフィソ:二十一歳、通信歩兵科、三年生
・
・デッサー:装甲服の内装を手がけるイズモゼライヒスポーツの職員
デッサーは測定前に競泳用のキャップを出してくる。「髪を抑えてください。
キャップからはみ出す部分の髪は、無理に中に収めないで、そのまま流れに沿って下に伸ばしていただいて結構です」といい、リーエが被るのを手助けする。
デッサーはついで「まず身長体重を量ってしまいましょう」といい、東方からタブレットを受け取ると、二、三操作をする。
計測器の床が紫、青、緑、黄色、オレンジ色、赤のパターンを繰り返して光る。そして、上部の梁から音声が再生される。「身長体重計測モードです。
足下のプレートの指示に従い、青いクロスラインの交点でかかとを合わせるようにして、直立してください」
リーエが驚く。「なんかデッサーさんがほんとに喋ってるみたいですね」
するとデッサーが少しうつむき気味に答える。「この機械、ゼライヒ語音声は私の声なんです。
東方が助け船を出してくる。「デッサーは声優を目指していたこともあって、発音がとても丁寧なんです。
なのでイズモゼライヒとしてもこの才能を活用しない手はないと考えまして、計測器の全ての音声を、デッサーに吹き込ませたのです。
もちろん通常の職務とは違うので、別契約で、ささやかですが特別賞与も出しました」
デッサーはほんのわずか、気がつくかつかないかほど残念そうな、悲しそうな眉間を作ると「そんなわけですので、私と一緒に計測を進めるおつもりで、気軽に進めていきましょう。
まず、足下を決めてしまいましょう」
促されてリーエが彩りを変えていく台に載ると、彩りが形を変え、外枠から脚の形を象り、色が変わるとともに台座の中心、二つの対角線の交点にかかとを合わせる様に促してくる。
リーエが光りの指示に合わせてかかとをくっつけ、脚を六十度程度開いて立つと、また、機械の音声が響く「背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見て、頭の中心を糸で引っ張られている感覚で姿勢を正してください」
ここで、デッサーの支援が入る。「下から申し上げます、膝裏を伸ばしてください。
それから、おへそを少し引っ込める感覚で、背骨を使って姿勢を整えます。
そうです、そうしたら、おへその位置はそのまま、そのまま動かさないで胸だけ張ってください。
そう、ブラの背中のバンドに合わせる感覚で。
最後にお顔を一旦スキャンします。
目を閉じてください」
リーエが素直に目を閉じると、ステンレス地の前面のポールから白い光りが扇形に広がり百二十センチの高さから、百八十センチの高さに向けてするすると上がっていく。
それが終わると正面のポールの一部分だけが、か細く白く光る。
デッサーが「ヴツレムサーさん、そのまま首を動かさずに、視線をできるだけ下に向けて目を開いてもらえます。
そうです、そうしたら、みなくていいのですが正面のポールが白く光っているのが分かりますか?」
「分かります」
「そしたら、その白い点に目は合わせず、遠くの壁をみるようにして、光りの位置まで目線を上げられますか」
「はい」
「最後です、かかとの合わせ、おへその引っ込め、胸の張り、白い点を意識した目線の合わせ、これらを全て意識したまま、頭の天辺をヒモで引っ張られている感覚で姿勢を正せますか」
リーエは、普段取らない姿勢をあれこれ強いられて、戸惑うが、なんとか「こうでしょうか」と言いつけを守って直立する。
デッサーが一つ手を打つ「素晴らしい、その姿勢を維持して、目を閉じ、一分待っていただけますか?」
「はい」とリーエが目を閉じる。
デッサーがタブレットでいくつか指示を出すと、計測器がアナウンスを流す。「身長体重を測定します、姿勢を崩さず、両目を閉じてください」
音声に合わせてリーエが目を閉じたことを確かめると、デッサーがタブレット中央に表示された「start」の文字をタップする。
測定器が継続してアナウンスを流す「計測中です、両目を閉じてお待ちください。
計測中です、両目を閉じてお待ちください」
縦のポールは下段、中段、上段それぞれ六十センチずつで構成されており、それぞれの柱より下から上に向かって赤い扇形の光線が伸び、合計十二本の扇形の光りが、リーエの体をスキャンしていく。
同時に天井部の梁からも、その四本の柱に接した末端から、中央に向けて下向きの扇形の光りがリーエの肩から頭部を照らす。
東方がクピューファに説明する。「あのレーザースキャンは毎秒十回対象物との距離を測定しています。
一回一ミリ分のスキャンをします。
柱は六十センチですので、一分で調度六十センチを測定する要領です」
クピューファは「なるほど」とだけ呟く。
東方の説明はつづく。「あの赤い光りはあくまで人間向けの計測位置を示す可視光線に過ぎません。
あの光、少しまぶしくしてありますので、赤い光りが目に入っただけで、瞬きや目を閉じることをうながします。
それと、赤外線レーザは、人体への悪影響を最小限に抑える、クラス1レーザーを使用しています。
このため、被測定者が目を開けていても、安全ではありますが、人それぞれに体質というものはありますし、北極圏にお住まいの方は強い光にあまり抵抗力が無い事もあり、目をつぶってもらっています」
クピューファは感心しきりに「流石日本製、考えられていますなあ」と答える。
東片は更に言葉を重ねる。「日本人は欧州人と比べると胴長短足になります。
このため、
この後リーエは、両手を斜め上に挙げて、足下から脇の下までの計測と、ショーツの上からかみおむつをつけて足下から脇の下までの計測、逆に両手を斜め下に下げて肩から頭頂までの計測。
そして、台座の端、正面のポールに片方の肩をつける姿勢で、そのまま対角線上に腕を伸ばして両腕の計測を行う。
デッサーが一息吐く。「ふー、ヴツレムサーさん。
お疲れ様でした。
当社の計測はこれで終わりです」
リーエが、計測器の台座から降りると、ふらふらと手近な椅子に座るので、デッサーは「お疲れですか?」と気遣う。
リーエが口元をもにょもにょさせながら「いやその、おしめ一枚でみんなの前に立つのはちょっと恥ずかしすぎたなあ、と」
デッサーが苦笑いをする。「すみません、正確な内外装、アンダーアーマーを作るためには欠かせないものですから」
すると東方が会話に入ってくる。「そうそう、ヴツレムサーさん。
あなたの採寸データをヨコセン堂様に提供してもよろしいでしょうか?」
リーエは少し驚いてしゃっきりと背を伸ばす。「ヨ、ヨコセン堂、ですか?
私は構いませんが、どうしてヨコセン堂に?」
その質問に逆に東方が意外そうな顔を作る。
それを見逃さなかったクピューファも会話に入ってくる。「リーエには伝えていなかったかも知れないな。
我が国、及びフランスで使われているASシリーズは、下着類をイズモゼライヒスポーツ製品、装甲服の内装をイズモゼライヒスポーツ、そしてアンダーアーマーと外装をヨコセン堂がライセンス生産しているのだ」
「どうしてなんです」
「うむ、当初は開発国の合衆国に発注し、購入していたのだが、十七代目ヤーカシュミ女王が九賢人と協議し、世情が混乱したときのために国産化を進める道を国会に提言されたのだ。
そして国防部会で協議される中で、外装は国産で、内装は海外メーカーに、というか日本に依頼することがまとめられていったのだね」
「どうしてそこだけ、日本ご指名だったんです」
「それを話すと少し長くなるが」そういってクピューファは周囲を見渡す。
みな、クピューファの語ることを承知の上でクピューファからリーエに説明することを臨んでいた。
「リーエ、これ以上薄着のままでは体に触る。
着替えをしながらでいいのでききなさい」
そう促されてリーエは着替えを始めながらクピューファの語りに耳を傾ける。
同時に、東方とデッサーは計測器の解体と収納を始める。
「結論からいえば、当時のタイミングで日本とのパイプを一つ増やしたかったということが上げられる。
先の大戦以来、国連憲章に敵対国として掲げられたゼライヒ、ドイツ、そして日本は、特に軍事技術の面でそれぞれの交流を訝しまれる国際世論もあり、直接の対話を自然な形で避けてきた経緯がある。
しかし、
我が国は知っての通り、ロシアと直接隣国であり、ロシア西進の際の橋頭堡として襲われる可能性がある。
その時に、運悪くNATOとも事をかまえるようになってしまった場合、合衆国からの輸入に頼るだけでは国を守りきれないと判断をし、AS-01からAS-03に付いてのライセンス生産の国際交渉をまとめるに至った。
この時、装甲服の構造が外部装甲厚鋼板と硬質スポンジを生体工学に寄ってまとめる技術が必用であることを理解した女王と九賢人は、その内装メーカーが実質、ドイツ、合衆国と日本国にあることに目をつけた。
我が国とドイツは歴史的にも深い関わりがある。
しかし日本とは枢軸国としてのつながりが始まりでもあり、枢軸国の中でも、イタリアのように新政権を立てて、敵対した国と違い、ゼライヒ降伏のその時まで同盟国であり続けた。
つまり、日本は裏切らないとそこで知ったわけだ。
国内でもモーターレース用のヘルメット、プロテクターメーカーであるロフォサファタフィゾケツレも合ったが、現女王と王姉二殿下が訪日留学中ということもあり、当時すでに何本か合った日本とのパイプについても、徹攻兵という特殊兵器を輩出する国としてのつながりを求めて強化したかった。
時の王太女子の末娘であり、王位継承第二位に当たられる王女孫センジーウミノヴァ三世殿下を交えた協議の中で、すでにゼライヒにも進出し、国際選手にもウェアを供給しているイズモスポーツが日本国内での装甲服の内装担当であることが分かり、競争入札の結果として、世界的スポーツメーカーでもある日本のイズモスポーツと契約するに至った、というわけだ」
クピューファの話しの間にすっかり着替えを終えたリーエが、鏡に向き合わないと揃わないリボンだけを手に残してうなずく。
「チーヤからもいろいろ教わりましたが、カルヤラの楔の異名を守るためにうちの国はいろいろ工夫しているんですね」
「そうだな、それだけ、民族の自決というものは重いということだ」
教官の話に耳を傾けていた皆がうなずいたところで、東方がリーエに尋ねる。
「ヴツレムサーさんのコードネームは決まっていらっしゃいまして?」
リーエは訳が分からない「コードネーム? そんなたいそうなものはないですねー」
東方は顎をつまみながら考える。「ヨコセン堂さんは、当社のデータをみただけで外装をきっちり仕上げてくださいます。
ただ、当社から一度外に出す情報です。
万が一のことも考慮してご本名ではなくコードネームと諸元だけの受け渡しにしたいのですが」
リーエは困り果ててクピューファに視線を送る。「教官、えへーと、どうします」
クピューファはクピューファで上を見上げながら考える。「リーエ、お前自身何か気に入った言葉はあるか?」
逆にきかれてリーエは困る。「えへー、んと、ザム・ヴゥピュルシェン、でどうでしょうか」
その言葉にクピューファも、カフィソもチーヤもまじまじとリーエを見つめる。
クピューファが今一度尋ねる。「そのコードネームを背負うつもりがあるということだな?」
リーエは訳が分からず、「えへー、はい、頑張ります」
頼りなさそうな返事をきいてクピューファは一つ、嘆息する。
「まあ、今までその名をコードネームに選んだ徹攻兵はいない。
いいだろう、東方さん、ヴツレムサーのコードネームは、ザム・ヴゥピュルシェンでお願いします」
東方も少し怯みがちに尋ねる。「本当に、よろしいのですね?」
クピューファは胸を張って答える。「本人が背負うといってますので、背負わせましょう」
「分かりました」と東方が答える頃にはデッサーが計測器の入ったコンテナのロックをかける。
東方が最後に口を開く。「では、皆様本日は貴重なお時間を頂きありがとうございました。
ヨコセン堂様とも相談しつつ、できる限りお早いザム・ヴゥピュルシェン様の装甲服を準備いたします」と頭を下げると、二人、出て行った。
クピューファとカフィソも戻らせて二人きりになったリーエはチーヤにたずねる。「ザム・ヴゥピュルシェンて可愛くていいなと思ったんですけれども、あのー、皆さんなんで驚いていたんですかねぇ?」
リーエは即座に答える。「だって、英訳したらダ・ブロッサムよ、
世界最高峰の徹攻兵に並ぶ気概がある、ってことになるじゃない」そういうとチーヤはケラケラと笑う。
リーエは慌てる。「えっ、えっ、えっ、どうしよう、どうしましょう。
チーヤさん、笑ってる場合じゃないですよ」
リーエは笑顔を崩さない「いいじゃない。
クピューファ教官の承諾も得たし、もうくつがえらないわ。
東のダ・ブロッサム、西のザム・ヴゥピュルシェンでいきましょう」
ひとしきり笑うと、チーヤは呟く。「今日のお月様もたいがい綺麗でしょうね」
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