第059話 お着替えと、チーヤの視線

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生

・クピューファ教官:四十代半ば、着甲科(対外的には特装科)の指導教官

・カフィソ:二十一歳、通信歩兵科、三年生

 

 

 採寸の日、まだ誰も使っていない午前中の着甲室。

 リーエはチーヤと、五分前には到着していた。

 しばらくすると少し騒々しい、台車を押す音が響いてきて、着甲室のドアがノックされる。「恐れ入ります、イズモスポーツです。

 本日は採寸に参りました」

 チーヤが「どうぞ」と声をかけると、オフィススーツに身を包んだやや小柄な東洋人の女性が扉を開いて待ち、中肉中背平凡な体型の、顔つきから察するに生粋のゼライヒ人の女性が台車を押して入り込んでくる。

 そして二人とも室内に収まると、リボンカラーをみて上級生のチーヤにまず、名刺を差し出してくる。

 「イズモゼライヒスポーツの第六事業本部、第三事業部、第四課、採寸係担当の東方ひがしかたと申します」

 「同じく、イズモゼライヒスポーツの同課、採寸係担当のフチムシーヱ=イチッダ・デッサーです」

 それに対してチーヤは敬礼をして名乗り上げる。「名刺を持ち合わせていないこと、ご容赦ください。

 私はゼライヒ女王国王立国防軍女子士官学校陸軍学特装科二年生のハセチーヤ=ヴェツサ・フォソラフィファーです。

 お名刺、頂戴します」

 それを聞いたリーエは慌てて敬礼し、挨拶をする。「同じく、特装科一年生のファゾツリーエ=ファンベーチハ・ヴツレムサーです。

 お名刺、頂戴します」

 学外の方に名乗るのが始めてて、いささか声がうわずっているリーエを、チーヤは優しく見守る。

 挨拶が終わると東方が話し始める「早速ですが、採寸の準備をさせていただいてよろしいでしょうか?」

 これには二人、声を合わせて「はい」と答える。

 すると二人は、段ボール箱からあれやこれやと取り出してくる。

 そして最後に、段ボールの大きさ一杯の、白い正方形状の板を取り出す。

 東方が二人に声をかける。「恐れ入ります、組み立てに三十分ほどかかりますので、どうかお二人ともお掛けになってお待ちください」

 チーヤはそれを聞いて「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」と答えると、手近な椅子に腰掛け、リーエにも座るように促す。

 イズモスポーツの二人は、作業をてきぱきと進めていった。

 最後に出した白い台座は、縦横七十五センチほどの正方形で、真っ白い床面に、細い青線で対角線が描かれている。

 その、四つの角に六十センチほどの長さの黒い柱を建て更には次いでゆき、百二十、百八十と伸ばしていく。

 最後は四本の柱を上部で固定すべく、一メートルほどの十文字のパーツを二人で支え、いつの間にか用意していた脚立に登り、四本の柱を固定していく。

 そして東方が電源タップを持ちながら「お電気、お借りしてよろしいですか?」と尋ねてくる。

 チーヤは優雅に左手をコンセントの方に差し向けながら、「どうぞ、ご遠慮なくお使いください」と答える。

 東方がコンセントに電源タップを差し込むと、デッサーが白い台座プレートから伸びるコードを電源タップに繋ぐ。

 すると台座が白く光り、四本の柱と天井の柱から、赤く、細く、強い光が発光し、扇形をかたちどると、上下にスライドしていく。

 その動きにイズモスポーツの二人は目もくばらず、東方は大きめのタブレット端末で、デッサーはノートパソコンで、おのおのコンディションチェックを始める。

 チーヤも興味津々に眺めていたが、リーエが先に口を開く。

 「あの、これって立体スキャナーですか?」

 東方が手を止める。「はい、昨年春過ぎに完成しました、当社企画、日本の光学機器メーカー開発の、持ち運び型立体スキャナーです。

 基本的には直立姿勢での計測しかできませんが、最新型のスキャナーで、当社がスポンサードしているスポーツ選手などに、一点ものの専用ウェアを提供するのに活用しています」

 それを聞いてチーヤが立ちあがる。「素晴らしい機材ですね。

 あの、差し支えなければ特装科担当教官にも紹介したいのですが、何か機密事項などの問題はございますでしょうか?」

 東方が時折タブレットに目を落としながら人差し指を下唇の下に立てて考える。「いえ、と、く、に、そんなことはございません。

 実質民生用としてスポーツ選手の測定にも使っていますので。

 ただ、詳細なスペックについてはお応えしかねますが」

 「結構です。

 今回再測定するのはヴツレムサーですので、彼女とともに身体測定の準備を進めてください」

 チーヤは、リーエの身柄を東方達に預けると、モバイルを取り出す。「もしもし、交換台ですか?

 私は、学籍番号二五〇〇〇八番、ハセチーヤ=ヴェツサ・フォソラフィファーです。

 歩兵科のクピューファ教官と繋いでいただきたいのですが」

 

 それを聞きながら東方がリーエに声をかけてくる。「さ、それでは私達は採寸してしまいましょうか。

 ヴツレムサーさん、まずは制服をお脱ぎになっていただいてよろしいですか?」

 「あ、はい」と、急に気がついたようにリーエが立ちあがると、制服を脱ぎ始める。

 リーエは、いつものみんなと違う人の前で脱ぐのはなんだか恥ずかしいなあ、と思いながら脱ぎ始める。

 一通り脱ぎ終わったつもりで「できました」と答えると、デッサーが「恐れ入りますが、靴下とブラも外していただけますか?」と微笑む。

 リーエは「ブラもデスか?」と、やや声がうわずる。

 チーヤは、曇り硝子の窓に向かって電話をしているが、あいている方の耳でその声を聞き逃さない。

 通話を続けながら自然と体を室内に向け、窓際に並べてある長机に軽く座る形で電話を続ける。

 もちろんチーヤは、リーエが視界の端側で、チーヤの動きを確かめていることに気がついてはいない。

 着ていたスポーツブラを、タイトなタンクトップを脱ぐ要領で外すと、イズモスポーツの二人がちょっと渋い顔になる。

 デッサーが「計り直しますか?」と東方にきき、東方がうなずく。

 デッサーがリーエに向かい「全身計測の前にトップとアンダーを計らせてもらえますか?」と聞かれてリーエは「はい」と素直にうなずく。

 すると東方が、「少し、お胸に触ってもいいですか?」と効いてくるのでリーエは「はい」と答えながらバストトップがチーヤの視界から外れるようにほんの少しだけ体を捻る。

 それでも、視界の端でチーヤを捉えることだけは外さない。

 すると東方がリーエの前方に、デッサーが後方に回る。

 「では、失礼して」と東方がいうと親指と残り四本の指を大きく拡げてリーエの胸下に手を合わせ、そこから、脇の肉とみぞおちちょっと上の肉を寄せてあげるように力をかけてくる。

 えっ、ええっ、ちょっとソンナコトしたら、リーエが少し驚いて「あの、ソンナコトしたらバストサイズ変わってしまいません?」

 チーヤがモバイルでの話しを続けながら、部屋を渡り、反対側の長机に腰を落ち着ける。

 リーエが、うはー、やっぱり私狙われている、と考える間もなく、東方が「本当はあなたのバストはこの大きさなんです。

 普段使いのブラが合っていないように見えましたので」と答えてくると、後ろからデッサーがさっと指を伸ばしてきて、巻き尺を東方の指の下ギリギリに当ててくる。

 巻き尺のひやっとした感覚が伝わってくる。

 デッサーが目盛りを読み上げる。「アンダー五十九、前回と同じです」

 すると東方が「このまま、トップも計ってしまいましょう」といい、デッサーが「失礼します」といいながらトップ位置に柔らかく巻き尺を当て、静かに背中で合わせる。「トップ八十五、Eですね」と答える。

 東方が「六十のEは持ってきていたわよね?」とたずね、デッサーが「はい」と答える。

 デッサーは持ってきたもう一つの段ボールの養生テープを剥がすと、中をあさりながらリーエに尋ねる。「ヴツレムサーさん、ベージュ、ライトグレー、ネイビー、黒から選んでいただくとしたら、何色がいいですか」

 リーエは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、「ベージュでお願いします」と答える。

 デッサーは持ち出してきたベストサイズのスポーツブラを包装から出すと、リーエに「ワンピースの水着のように、足下からステップインして上に持ち上げていただけますか」と声をかける。

 リーエは「はいっ」と勢いよく返事をするとプラに両足を入れるが、視線はずっと右斜め前に傾けたまま、そしてその状態で視界の端に映るチーヤの反応を眺める。

 チーヤが、くるりと一回転する。

 見た! 見られた! とは確信するが、それは表には出さない。

 リーエはそのままするすると高さを上げ、肩紐に右、左と腕を通す。

 すると東方がヒールの高さに支えられて後ろから、リーエのブラに指を差し込んで、脇の部分とアンダーの部分の肉を寄せ集めるように手を動かす。

 ブラと肌の間に指を入れられてリーエも戸惑うが、視界の隅を確かめると、チーヤの姿勢は元に戻っていて、絶対こっちを意識している、と確信する。

 東方が肩紐の部分を少し上に引っ張って、しっかりと下着が胸を補正していることを確かめると、「ぴったりですよね」と笑いかけてくる。

 そこでドアをノックする音が聞こえる。

 するとチーヤがモバイルを耳から外し、「リーエ、いい?」とたずねリーエが頷く。

 入ってきたのはクピューファ教官とカフィソで、旧知の仲の東方は、両手を拡げて「これはこれはクピューファ教官、お久しぶりでございます」と声をかける。

 そして二人は歩み寄ると、しっかと右手で握手をする。

 クピューファはすぐに計測器を見上げる。「これが新型の計測器ですか」

 「はい、最初から教官も招いておくべきでしたね」

 「いえいえ、フォソラフィファーが気を利かせて私を呼んでくれたので、こちらの生徒も連れてくることができました」

 そう紹介されるとカフィソは敬礼し「ゼライヒ女王国王立国防軍女子士官学校陸軍学通信歩兵科三年生、ファーゼツカフィソ=ウィホタ・フェーツチキです。

 普段は、特装科の秘匿訓練の通信役を務めています」と挨拶をする。

 東方とデッサーは二人に名刺を渡すと、東方が話し始める「調度、ヴツレムサーさんの計測をするところでした、よかったらご覧になってください」

 そういわれてクピューファとカフィソは改めてリーエの方を眺め、そして目を丸くする。

 カフィソが呟く「おっきい……」

 リーエが、胸を隠すように腕を組み体を捻ると、チーヤが冷たい目線をカフィソに送る。「鑑賞会じゃないんですよ」

 それを聞いてリーエが呟く。「私のバストトップ見たのに」

 聞き取りそびれたデッサーが「『私の』なんです?」ときいてくるのをごまかそうとしてリーエは「さてさて皆さんお待ちかねの測定会を始めましょー」といつになく明るい声で宣言する。

 

 リーエは、デッサーの指示に従って計測器に載る。

 他の三本の柱が黒く染まっているのに対して、残りの一本だけがステンレスにヘアライン加工がしてある。

 そのヘアライン加工の柱を正面に見て、向かい合った黒い二本の柱を繋ぐ対角線上に載るように指示が出る。

 デッサーが説明してくる。「ここから先が注意なんですが、基本的には赤く光る可視光と赤外線レーザー光を放ちます。

 可視光は扇形に、レーザー光は測定物の表面に焦点を合わせるように動きますが、この赤外線レーザー光が網膜に悪影響なんです。

 なので測定中は基本的に目をつむったままでいてください。ちなみに」とデッサーはチーヤ達を振り向く。

 「赤外線レーザー光は計測器の外にはほとんど漏れません。

 設計距離で三メートル、安全を取って五メートルほど離れていただければ、健康への影響はないものと思ってください」

 そういわれるとさすがは軍人の卵とその教官、きっちり五メートルの感覚を取って、壁面の長机に差し込んであるパイプ椅子を置くと、そこに座る。

 デッサーは、多分これ計ったら調度五メーターなんでしょうね、さすがだわ、と心の中で思う。

 そして振り戻りざまに「ヴツレムサーさん、目をつぶるのは計測器が「測定を開始します」と音声で話してきたり「測定中、あと何パーセントです」と説明してくる間だけでいいんですよ」と諭す。

 あらかじめ目をつぶっていたリーエは、なんだかばつの悪い思いをして、頬を赤らめる。

 こうして、計測は始まった。

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