第049話 逢瀬

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生 チーヤの歴史語りの聞き手

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生 ゼライヒ女王国の歴史の語り手



 この時、ムソツヴェファは少し年がいきすぎた三十五歳、それに対してファンルシワエファは十二歳年下の二十三歳だった。

 ファンルシワエファ自身、トシセン家の世嗣候補として育てられた。

 しかしファンルシワエファは父と意見の対立を生むことが多いことに対して、兄は父と意見がそい、父は一族の長として、兄を世嗣に選んだ。

 ひとたび、世嗣候補から離れれば、他の兄弟と同様冷や飯ぐらいだ。

 いずれは、誰かとくっついて、トシセンの名字も捨てるのだろう。

 そんなことを思っていた折、北部諸州から立ちあがったヨコセン堂の一党が、納税か、軍役かを求めて一定の勢力になっていることを聞き、自ら志願した。

 どうせ家を継がないなら、できるだけ男を見る見聞を広めた上で選びたいとも思った。

 女で、剣技や槍術を担わされるのは、本当に一部の、男に負けない体格を持ったものだけで、多くは弓に回され、副役務として厨房に入るか、衛生兵の技術を身につけさせられた。

 首都となるザキ・ス・ウェンのヨツゾシューベツ北の丘の大きさを見て驚いた。

 これまでは名家のお嬢様として、人々の集まりの中心に扱われることもあったが、広大なヨツゾシューベツ北の丘と、将来的にそれ全体を覆うとされる石造りの城壁をみて、自分が、世間の端っこでしかないことを思い知った。

 それだけに、このおおきな渦のようなうねりの中心にいる団長とはどんな人なんだろう、という思いが浮かんだ。

 なにか、形の見えない憧憬にも近しいような思いを抱くこともあったが、国王に即位したということで、自分のような端っこの人間とは関係のない人物になったのだ、という思いが強まり、また、救世主教徒の洗礼を受けたということで、古代の精霊に乗っ取って、いただきます、と、ごちそうさま、を唱える自分とは違う生き方の人物だという、拒否感に似た反発心も生まれた。

 その、国王が私のためにドレスワンピースまで用意して、一緒に食事を取ろうとしている。

 それも、私に合うために一週間とはいえ、石工見習いの役務にまで就いて。

 

 えーと、これはつまり、えーと、どういうことだ? ん?

 

 お茶をもう一口のむ。

 ムソツヴェファが口を開く。「ファンルシワエファ嬢、あなたの言葉には芯を感じた。

 だから私は、一番人気のない石工見習いを体験して、どうして人気が無いのか確かめてみた。

 近く、石工の体制は再編することを考えている。

 それもこれも、あの時あなたの思いをはっきり伝えていただいたお陰だ。

 ありがとう」

 ファンルシワエファが苦笑いを浮かべる。「あのー、あれは陛下が王様であることを知らなかったからで、知っていたらもっと違った対応をしたと思います」

 ムソツヴェファの笑顔は穏やかだ。「それはそうだろうね。

 だから、一介のおじさんとして最初は会いに行かせてもらったんだ。

 ファンルシワエファ嬢がどんな考え方をする人かわかって、とてもいい経験になった」

 「それにしては、石工見習いとは軽率ではないですか。

 大けがや命を落とすけがを負うはなしも月に一度はありません?」

 この発言には、厨房役の男もムソツヴェファの視界の外で大きくうなずく。

 ムソツヴェファは意外そうな顔を作る。「でも、あなたの言葉一つで石工見習いについてみるようなおじさんだったから、こうして、会ってくれる気になったんでしょう?

 そのためだったら悪い経験でもなかった。

 それに、問題点もみえてきましたし、九賢人にも報告してあります」

 ファンルシワエファはいいづらそうに口を開く。「その、えーと、陛下」

 ムソツヴェファは首を横に振る。「ここではどうか、ムソツヴェファか、ムソゼルで呼んでもらえたらいいのだけど」

 「ではムソツヴェファ様、あなたが私に声をかけてくださったのは私の出自を知ってのことですよね?」

 調度その時、先付けとして甘酢で味付けした香の物が運ばれてくる。

 ムソツヴェファは右手を差し出して、食事に口をつけることを勧めてくる。

 「続きは、食事を取りながらお話ししましょう。

 いただきます」

 「えっ」

 「どうしました」

 ファンルシワエファは意外そうな顔を隠さない。「いただきます、おっしゃるんですね」

 ムソツヴェファは当然そうに戸惑う。「それはまあ、研ぎ師だった私がこんな立場に立てたのも、太古の精霊の導きがあってのことだと受け止めていますのでね」

 ファンルシワエファはいささか上目遣いに、念を押すようにたずねてくる。「でも、陛下は救世主教に改宗されたのではないですか?」

 ファンルシワエファのその問いに、ムソツヴェファはようやく合点がいったと理解する。「確かに、救世主教の洗礼を受け、救世主教徒としてその教えを広める立場にはいるが、ニケアのローマ帝国から遠く離れたここでは、太古の精霊も同時に大事にしても、誰から叱られるものでもないと思っていますよ。それに」

 「それに?」

 「私が朝夕、ヨツゾシューベツ北の丘の北にある巨石に祈りを捧げることで、それでいいんだ、と安心して救世主教の洗礼を受けるものも増えていますので、救世主教としても、悪いものでもないでしょう」といって微笑み、今一度右手を差し出して食事を促す。

 ファンルシワエファは、「……いただきます」というと、左手一番外のフォークを使って先付けを口にする。

 「おいしい」

 「それは良かった、厨房長に伝えておきましょう」

 「それはそれとして、その、わたしの出自を身近に置いておきたくて、こうしてお声がけいただいているんですよね」

 ムソツヴェファはすこしいいづらそうに口を開ける。「あえて、否定はしないけど。

 ただ、王位に即位する少し前から、私の所にどのくらいの縁談のはなしが来ているか想像できるかな?」

 ファンルシワエファは上を見上げて「それはまあ、さぞかし多いんでしょうね」

 ムソツヴェファは一拍おくと、北部訛りのイントネーションで返す。「っは、地元では浮いだ話すもほどんどねぇ、唯のつまらないおどこだっだ。

 どこかで適当な女子おなごと好きあって、それで身をかだめるもんだとばがりぎ思っでた。

 だども、王位おーいについたら、やだら目っだら縁談のはなしがきだ。

 っは気がついだ。

 もう、っの縁談は、っのもんではない。

 ペーフェンの民の、ザキ・ス・ウェン国の一大事だど」

 ムソツヴェファが語る間に、ランチの一品目、北方サツマイモを煮崩れるほど煮込んだポタージュスープが並べられる。

 ムソツヴェファが右手で勧めてくるので、ファンルシワエファは黙ったまま食べ始める。

 「国をまどめるにはルールが必用だ。

 みなっが法律を作ってると思っでる」

 そこまでいうと、ムソツヴェファもスープを一口味わう。

 「っは法律を作らん。

 全て九賢人に任せでる。

 九賢人が作った法律に口は出さん。

 ただ、承認はしでる。

 そんだけだ」

 ムソツヴェファはもう一口、スープを味わう。

 「そんでも、っの所にはいろんな娘が送られてきた。

 っは思っだ。

 そこにっが愛はあんのけ、と」

 ムソツヴェファはスープと一緒に運ばれてきた、舶来品のライ麦のブレッドに手を伸ばすと、スープをつけて口に運ぶ。

 飲み込んで、また口を開く。

 「っなりに考えてみた。

 っが婚姻は、人々が納得する相手がいいと。

 っが意見に異見するのは南部諸州の出が多い。

 そこで色々調べて見た。

 南部で一番大きい家柄をさがしたら、ラウトヤルヴィにトシセンの家があることを知っだ。

 しかもそこの末娘が軍役に参加しでるど聞いだ。

 っは一度顔を見たくて会っでみだ。

 そしだら、作業服に着替えただけのっを軽くあしらってぎだ。

 んだじぇ、っは一番きつい石工見習いをやって根性をみせようど思っだ。

 そしだら、会ってもらえるごどになったんで、この場をもうけたんだ」

 ファンルシワエファは先にスープを食べきってしまい、口を開く。

 「そないゆうてもあんさん、わてのことはなんもしらんやろ。

 それでどないしようゆうねん」

 「毎週末、ここで、っと飯をくらわんか。

 っもおめぇのこど知りてぇし、おめぇにもっがこどを知ってもらいてぇ」

 「そないなことくらいやったらぞうさもねえけど、わてがあんさんのこと好くとはわからんよ」

 「構わねえ。

 おめぇんとこの厨房は、一番人が集まるけぇ、噂話とか、不平不満とか、そんな声を聞かせてくれるだけでも、え」

 「そないこと、そこの男がやんでねぇ?」

 「んだず。

 したっけ、男の意見と、女子おなごの意見は違うけぇ、っには両方のはなしが必用だず」

 「なんでなん、なんで女子おなごのはなしが必用やねん」

 「っが、軍の最高司令官だがらだ。

 いざというとき働かない軍ではこまる」

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