第043話 第二次来寇

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生 チーヤの歴史語りの聞き手

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生 ゼライヒ女王国の歴史の語り手



 浜の男達が右に左に開いていく中、ムソツヴェファはニュフゥヴェフェに声をかけられる。「今晩、うちにこんか」

 ムソツヴェファが申し訳なさそうに頭を下げる。「すんません、俺、年かさの親父をザキ・ウェンの取引場においてきたもんですから、一度、戻らないと」

 ニュフゥヴェフェは不思議がる。「それでよく毛皮鎧や甲を持っていたな」

 ムソツヴェファは苦笑いする「これ、取引場で野菜を売ってるおばあちゃんに借りたんですよ。

 顔見知り程度だったのに、狼煙を見たら、取引場も大慌てになって。

 おばあちゃん、うちの旦那はもう逝っちまったから、あんたつかってくれるかい、って」

 ニュフゥヴェフェは、すこし、残念そうに薄笑みを浮かべる。「そっか、じゃ、次ぎに行商に出る時は、行きでも、帰りでも、うちに寄る時間も作ってくれや」

 「はい」と笑顔を作って、死体を運ぶ男達の手伝いに回ろうとするムソツヴェファの背中にニュフゥヴェフェはどやしかける。「なあ、俺たちはまとまれるよな?」

 ムソツヴェファは甲の下で、さっきより嬉しそうな笑顔をつくる。「はい」

 こうして、ドイツ北方騎士団に第一次シュラヒト・フォン・ザキス・コーフザキの入り江の戦いとして記録される戦いは、幕を閉じる。

 

 ムソツヴェファは疲れた体を引きずりながら、ザキ・ウェンの取引場に入ると、二本の柱を広めに立てて、「ヨコセン堂」の看板幕を垂れた大きなブースに戻る。

 個人で商いをするのが当たり前のこの時代に、「堂」を名乗って組織で商いをしているのは珍しく、十人近い弟子に囲まれて、白髪だらけ皺だらけの父親が迎えてくれる。「よくやった」

 父の弟子の何人かは、取るものも取りあえず、売り物の弓と矢を持って浜での戦いを支援していたが、斧と盾を構えて戦ったのはムソツヴェファ一人だけだった。

 弓を持った弟子達は、ムソツヴェファが遺体を二番艦に積み込む手伝いをしていること、つまり無事を確認すると、先に戻って親方であるムソツヴェファの父に報告していた。

 「一旦、帰るかい?」そうたずねるムソツヴェファに父は、「何をいっとる、今回の戦で斧と違って身頃まで鋼でできた剣を求めるものが出てくる。

 取引場のこの一コマだって明後日までは借りておる。

 ムソゼル、研ぎの仕事がたんまり来るぞ」といって笑った。

 実際、浜に近い三つの村から、剣や斧を求めての客足が途絶えなかった。

 中には、二番艦を温存させたムソツヴェファの働きを見ていたものもおり、その慧眼を讃える声を多く寄せられた。

 

 そもそもとして、荷造りの技術、航海の技術がさほど進んでいないこの時代、海を越えて研ぎ澄ました刃物を運んでも、錆びて刃こぼればかりの武器になってしまう。

 そのため、現地ではなまくらをみせて、振らせて売り、売り注文が入った刃物をその場で研ぐことが必用であり、ムソツヴェファは家を継ぐ意味でも、見聞を広める意味でも、鍛冶もする上で、研ぎの技にも磨きをかけ、必要に応じて海外の行商にも同行していた。

 商いを終え、次の行商の予約まで受け付けると、ヨコセン堂の一座は商売道具を二台の幌馬車にまとめて、北の里ヴァルツィリヤの街に戻る。

 

 街に戻ったムソツヴェファは、まず父に、次いで工房に、それから町外れの聖堂の上人に、そして街の同じ年頃の若手達にと話しを拡げていった。

 

 ・南の救世主教の軍団が攻めてきたこと。

 ・南の南、遙か南のローマから来る兵団に、南の国々は次々と改宗を迫られたこと。

 ・改宗させられると、騎士団と教会に税を納めなければならないこと。

 ・それらは全て南の国に奪われ、自分たちのためにはならないこと。

 ・救世主教徒は騎士団と供に押し寄せてくるため、それを押し返すだけの軍隊が必用なこと。

 ・軍隊の訓練のため、人を出せる家は人を出し、人を出せない家はものをだす、そういう租税が必用であること。

 ・末子相続の伝統があるペーフェンの民では、軍の徴用に長男や次男を当てるのがよろしかろうということ。

 ・全体での訓練は農閑期である夏と冬に行うのがよいこと。

 

 最初の年は、冬場に、ヴァルツィリヤの若手を集めて、弓兵と歩兵の役割分担をあれこれ試して終わった。

 次の年は、ヴァルツィリヤの周辺、十五の集落から、若手の男女を集め、百の弓兵と、百ずつの二つの歩兵隊、そして租税管理隊、輸送管理及び調理隊に分かれての活動を試した。

 その次の年の冬は北部諸州に点在する集落の約半数、二十五の集落から五百七十名を超える参加者を得、百五十の弓兵と、百ずつ二隊の守り手側、百五十の攻めて側に分かれた摸擬戦などを行うに至った。

 そしてソー・ネ・ザキザキの入り江の争乱から四年目の晩春。

 一二五四年の五月、春の雪解けの洪水の始末がようやく終わりきったタイミングで、再びドイツ騎士団が現れる。

 五隻のコグ船に分乗してきたのは、二十五名の騎士と、三十五名の囚人や捕虜を主体にした下級兵士、総勢三百名。

 弓兵をこなす騎士の外側を守るように下級兵士が突撃してゆき、浜を見下ろす左右の崖の上に櫓を築く。

 そしてソー・ネ・ザキザキの入り江の集落を制圧すると、人々を聖堂の一箇所に閉じこめ、ザキ・ウェンの取引所目がけて進軍する。

 ザキの市場いちば会館は、周辺の集落のみならず、遠く海外からの取引品、域内の北東の果ての集落からも、特産物が寄せられる、国民政府を持たないペーフェン人にとって、経済、商業の中心地であった。

 その市場会館が占拠され、屋根にしつけられた石造りの見附みつけやぐらでは、狼煙をうちきられ、白地に黒十字の神聖ローマ帝国ドイツ騎士団旗が掲げられる。

 ザキの浜の集落、ザキの商人の街と地続きの農村の集落の人々が、女子供の人質を見せつけられて、一人、また一人と武器も持たずに出てくる。

 市場会館に集められた人々は、男と、女子供に分けられる。

 南向きの市場会館は、東と西の壁が取り外せるようになっている。

 そして北面の壁の内側には、実りと憩いを司る地の神への祭壇が設けられている。

 ドイツ騎士団の兵士達は、戦鎚で祭壇を思い思いに壊す。

 

 騎士の一人が、瓦礫の中から信仰の対象になっていた神の宿り石を取り出すと、浜の上人、街の上人、村の上人を引きずり出した。

 抜剣した姿勢で、踏め、という。

 一番気性の熱い浜の上人が「老いぼれの首をはねるなら、はねれば良かろう」と毅然と放つ。

 騎士は動じず、なにかを口にする。

 それを、ドイツ語のわかる娘が訳す。「おじいさんはご婦人方が心配ではないのかな、とのことです」

 その言葉に、男達の何人かがいきり立つが、もとより後ろ手に縛られ、その上で二人ひと組に繋がれていては身動きもままならない。

 雑兵に槍で叩かれて恨めしそうに膝を折る。

 女子供の中から、若い娘と、中年の婦人が二人、引きずり出される。

 ドイツ語のわかる娘が、涙目になりながら上人達に話す。「恐れ多きことながら、上人様方、聖石をお踏みください」

 どうせ踏むなら、わしが一番先に、と、浜の上人が立ちあがる。

 

 それは、人々の信仰の敗北。

 

 そこに、騎乗のままの戦士が一人飛び込んでくる。「そこな上人、お待ちくだされ」

 一斉に抜剣する騎士達が何をいっているかわからなくても意味はわかる。

 「っが名は、ムソツヴェファ。

 ムソツヴェファ=ヴェファヤツゾ・ヨコセン、ヴァルツィリヤの研ぎ師にしてペーフェンの民、北部諸州の戦隊の長なり」

 

 部隊長自ら先陣を切るなど危うげなことこの上ないが、続々と騎馬の兵が市場会館を取り囲む。

 ムソツヴェファは続ける。「我ら無用な戦いを望まざれば潔く剣を収めたまえかし。

 なんじ騎士団の団長との会談の機会をたまえかし」

 そういってムソツヴェファ自身は刀をさやに収めるとも、市場会館は抜剣した騎乗の戦士達に囲まれ、続々と歩兵も集まり、遠くには弓兵も見える。

 騎士達は自らの誇りに傷が付くことを避けて剣を収め、威厳を保とうと胸を張る。

 ムソツヴェファはドイツ語のわかる娘の力を借りて、騎士達に告げる。「騎士殿達は一度お引き取りいただきたい。

 そちらの団長にムソツヴェファ=ヴェファヤツゾ・ヨコセンが話しをしたいと伝えて頂きたい。

 それと、兵達はこちらの会館にて待機頂きたい。

 もちろん、兵達の安全は保証する」

 それに対して、騎士の一人が、それは困る全員で帰る、といったが、ムソツヴェファは左腰の鞘を二回叩いて柔らかくいう。「無用な戦いは望みませんよ」

 そして、ムソツヴェファは会館を囲む戦士達を見やるように当たりを見渡す。

 騎士の一人は、長嘆息すると、兵士の長にいくつかの言付けを残し、ムソツヴェファに、会談は明日の昼でいかがか、と伝えてきた。

 ムソツヴェファは莞爾と「それでは、昼食を用意しましょう」と返す。

 騎士達が、市場会館を去っていく姿をみて、市場会館の内外から歓声が上がった。

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