第040話 熊の子の詩

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生



 翌日、連休の最終日、チーヤは前日と同じく朝早くにリーエを起こし、着替えを済ませると祈祷に向かう。

 他の子達と同じように、昨日精霊に祈りを捧げたら、翌日は十字架に戒めを誓っても良かった。

 しかし、それでは、休みの日ぐらいはお祈りをするんですよ、というデモンストレーションを、同じ子達にみせることになってしまうと考え、最終日も聖堂にむかう。

 

 祈りに使ったうたは、熊の子の二つ名をもつ戦士の詩。

 

 「産まれながらに背負いしは、熊より産まれたその定め。

 人の間に育つとも、いくさに投じるその身柄。

 森の奥深きより輝く目、お主に流るる熊の血潮。

 人の仔は影で繰り返す、あれは熊の子だ熊の子だ。

 

 いとけなき身の上背うわぜいは、守備隊の大人に及ばずも、その身に余る大人が剣、片手で自在に振り回す。

 おさなき時分の両肩は、一際だってか細くも、その身に余る強弓を持て、二の矢、三の矢とてきを射る。

 一族一座は我が家族、日のもと月のもといく星霜せいそう、千に余りし人々は、世代を隔てた大家族。

 一度は離れた、森と山、清らかのすすぐ河川かせん湖沼こしょう、いつかは再び戻らんと、めざすは一度離れた地。

 

 白き肌持つ我が一座、金色の髪の我が一座、淡い瞳の我が一族、寒さを恐れぬ我が一族。

 太陽だいよういずる地を目ざし、高きを尊び南をめざす、獅子いずるなら獅子ほふり、わにいずるなら鰐をす。

 森超え山越え谷巡り、塩の沼地を経巡へめぐりて、辿たどり着きしはアヴィスーニャ、みどりいろきアヴィスーニャ。

 女王が驕り高ぶりて、神々の怒り天を裂き、一人娘を差し出すは、ヨナを背に乗すチガフィファマン

 

 雷鳴とどろく嵐が海の、崖下、大岩、鎖縛さばくされしは、アヴィスーニャが王一人娘ひとりむすめ、その名にし負うファンゾトレザ美貌姫

 チガフィファマンが遊弋すれば、なみ荒れ狂い娘を襲う、氷のごとく身を刺す水に、おぼれ苦しむファンゾトレザ。

 熊の子、崖より飛び降りて、勢いのつるぎくさりつ、浪に踊りしファンゾトレザ、すくう大人にあとたくし、熊の子海に躍りかかる。

 牙で応ぜしチガフィファマン、火の粉を飛ばす熊の子のつるぎなみに洗われ足下あしもとかなわず、黒金のごときうろこはばまる。

 

 暗闇とまごう嵐が海に、薄明かりて現れしは、有翼ゆうよく四寸よんすん風の子のトムテ妖精が名はすなわ悪戯いたずらきみ

 瞬きの間の輝きに、熊の子見つめしただ一枚、チガフィファマンがうろこがるは、のど元深く突き破り、ヨナの首をも切り落とす。

 しもの怪魚チガフィファマン、首落とされても息絶えず、人の身のたけあぎと開け、水止めどなく溢れ出す。

 熊の子流れにあらがいて、洞穴がごとき口にり、その奥底をまさぐれば、ガッマヌギフェツ宝玉その手に落ちる。

 

 娘救いしは両親がため、王女取り戻しは国家がため、国王夫妻にファンゾトレザ、財宝たまわる救助隊。

 王に乞われて一座より、婿の一人を渡す願い、名乗り出でるは救助隊が副長、長く国家のいしずえとなれ。

 太陽高く昇るとも、いずるははるか東の彼方かなた、一座は再び動き出す、天照あまてらす御霊みたまいずる地へ。

 砂越え、山越え、日照り越え、みずき大地を進むとも、水を絶やさぬガッマヌギフェツ宝玉、一族をうるおわしてまだ余る。

 

 カヴィタの地を越え数百里、ダーツマの都で手形取り、ヅツビャヅタの関を押し通り、いたるはダーナヴァ・ダイティヤの地。

 立ちはだかるは狂気の女神、とながたし名はズツバー・ハーチ、九つのおもて十八の腕、虎に跨がり法魔ほうまを放つ。

 守備隊荒野をめぐれば、夜と見まごうさく起きて、金色の光り背に負うは、語るも恐ろしズツバー・ハーチ。

 こうしょくの布をひと払い、首締め上げるむちと化し九人の首に巻き付けば、ちょうと気易く引き抜いて、九つのこうべ宙に舞う。

 

 群れの中より踊り出でしは、いくらか上背はぐくむ熊の子、身の丈越える大振りのつるぎぢから任せに振り下ろせば、女神の王冠真っ二つ。

 女神怒りてその口開けば九つの法魔ほとばしる、ほのおいかづち目眩めくらみの光り、渦巻きの水弾粒たまつぶひょう凍てつく北風ならい竜巻たつまき瘴気しょうき鎌鼬かまえたち

 ダーツマの市で巡り会いしは呪い返しの鏡の盾、熊の子たておもてかばえば、一条、二条、また一条、女神の呪いうらかえりて、たまらず女神地に落ちる。

 熊の子女神の後光を踏み抜き、九つの首斬り落とす、中でつかえるつか引き抜けば、つるぎなるか鉄塊か、巨大におそるるかみ殺し。

 

 ズツバー・ハーチの首をさらせば、ダーナヴァの王安堵して、下したまうは茄子なすなえ、滋養豊富な茄子の苗。

 日の出る国に憧れて、一族一座は旅支度、東の山越え山を越え、そのまた先の山を越え、眼下に広がる夢の国。

 香の匂いにつつまれる、敬虔けいけん篤信とくしん祈りの渓谷けいこく、異人の訪問喜ばれ、案内あないまみえる大海師法王猊下げいか

 一族の長と口伝の巫女が謁見せば、猊下げいか熊の子を呼びたもう、守備隊の長と熊の子は、武器をびずに参殿さんでんす。

 

 猊下ぐ、東の大地は戦国の、めざすのならばく抜けよ、東に向かい北を目指めざせかしとの卜占ぼくせんたもう。

 守備隊の長「法の加護」の祈りたまわり、熊の子に強さと速さをみちびいて、「煌めきの法」の祝詞ほぎことを、口伝の巫女にくだたまわる。

 一族一座は猊下を去り、天空の国を背中にし、東の大地に下りゆく、いくさいくさにまたいくさ行く先々でいくさう。

 隊列とどめし小村にて、村人恐れを口にする、空舞う異獣いじゅう指ささば、瑞雲ずいうんに向かい守備隊射かける。

 

 破魔はまの矢確かに届くとも、瑞雲ずいうんことごとくをはばむ、熊の子空に拡げし投網とあみ異獣いじゅうは難なくかわす、ただ一粒の重りつぶて異獣いじゅうの首もと逆鱗げきりんさわる。

 おりきたるは熊の子目がけて、鹿の体に馬のひづめ竜の首に牛の尾を振り、総身をおおうは白き鱗そのたてがみは白くきらめく、ひたいに逆らう一本の角その先三つ叉に分かるる。

 その鼻吹き出すあられのごとき矢、その口開けばつるぎの雨くだる、守備隊恐れて飛び退けば、一人残るは長じた熊の子。

 構えまいしは鉄塊か、その名にし負うかみ殺し、十合二十合二十五合重ねに重ねて切り結ぶ、つい喉元のどもと差し込めばそのまま腹を真っ二つ。

 

 守備隊異獣いじゅうに駆け寄りて、その珍しき革を剥ぐ、その場にあらわるるはホンクシフォム、瑞獣ずいじゅう下すとは蒙昧もうまいの人よと杖にひざまづきて落胆す。

 先頭おもてったる熊の子の痛手いたで瑞獣ずいじゅうモリンがかねあらがいい、雨のつるぎ左腕さわん千切ちぎり、あられやじりは左目をえぐる。

 悪戯いたずらきみが熊の子癒すも、無駄にながるるおさむのみ、肘から先の左腕失い破れた左目は明かりを戻さず。

 瑞獣ずいじゅうモリンが革をかざせば、一座一族東の土地を東へ東へと進み行く、終には海にて行く手を阻まれ、北か南か選びの時。

 

 かつたまわりしは北への言葉、大海師法王猊下げいかのありがたき導き、そこにとなうは悪戯いたずらきみ、熊の子を一人ふねせたし。

 海の向こうに十州島あらば、そこにまうは鍛冶かじ持つ矮人トムテ、ホトドッフツが手にかかれば、熊の子に義手おくれかし。

 熊の子片手に足らざれば、守備隊が副長も船に乗る、熊の子と副長と悪戯いたずらきみ、大海原に船出ふなでする。

 辿たどり着きたる十州島、足下ふきの葉裏返せば、莞爾と柔和やわらむホトドッフツ、悪戯いたずらきみたわむれる。

 

 ホトドッフツの鍛冶のおさ、三つの無理を申しつける、水を絶やさぬ石の水、持ち上がらぬ剣での戦い、ずいじゅうなかでもはくしょく逆鱗げきりん

 副長、熊の子、悪戯いたずらきみ、三ように互いを見つめなおし、副長いて答えるは、全ては熊の子が懐にあり。

 鍛冶おさ聞いて吃驚びっくり見て仰天ぎょうてん、この世に二つとなき至宝、やまいただきに至るより、かたたからここにあり。

 一行たからを鍛冶おさに託し、しばし待つこと三日三晩、鍛冶おさ再び現れければ、たずさえたるは義手に義眼におとしのかみ殺し。

 

 義手は随意ずいいうごかざるも、かみ殺しが束に当てればしっかと握り、二本の立木たちきに向かいて一閃、左に一周振り回す。

 草の葉全て刈り取れば、ごうと倒れる二本の巨木、義眼に水張りまなこ閉ざせば、太刀筋あきらか急所もゆる。

 ホトドッフツが全てのおさ輿こしに担がれまかり出でれば、一行に旅路を託宣たくせんす、すなわち岸に沿したがいて北へ東へ進み続けよ。

 

 を海が阻むとも、冬至を過ぎた真冬に望めば、二十五里なるへだての海も、しっかと凍てつき荷馬車も渡す。

 ホトドッフツが人々の、奥よりいだしはひぐまの毛皮、ろう煮染にしめたその毛皮、鋼の鱗で裏打ちすればつるぎやりはばむ。

 毛皮の主は三代前の十州島のひぐまの王、自らわぬいのちあやむば、数多あまた神威かむいの怒り買い、ついには狂いて絶命す。

 熊の子よ良く聞くがよい、ひぐまよろいは呪いの鎧、力をいだせばぬしの身ちる、人あやめるには過ぎたる力使つかどころを選べかし。

 

 一行再び船を漕ぎ、戻り来るは一族一座、ホトドッフツおさおさが教え、従い向かうは北へ東へ。

 こよみが冬至をおしえれば、雪深き森進む道、辿たどきたるは北の東の果ての果て、地平に広がる平らかなこおり、海の水面のてつくこおり

 一族一座は暫し止まり風おだやかなる日を探す、その日来たれば最も重き荷馬車を先立て離れて進む、固く閉ざさる水面みなもあつければは海の上氷の上、二日二晩かけて動けば一族一座は大地の雪む。

 

 太陽いずる地を目ざし、高きを尊び南をめざす、野牛いずるなら野牛ほふり、ひょういずるなら豹をす。

 森超え山越え谷巡り、右手の海にくじらを見、めぐいしはメヒカの一族、アストラン北の故地よりいずりて彷徨さまようウィツィロポチトリに導かれしメヒカの民。

 彼ら彷徨さまようは本意にあらず、おそいたるは冥府が王、牛面うしづら鹿角しかつのおおかみきばふくろうの身蜘蛛くもの手足に蝙蝠こうもりの翼、その名もかたリフソタン冥府セフゥスチの主

 仮奴かやつおそきたるは実りの前、なわあざなう前あみむ前つるぎ打ち据える前ゆみ張る前、天空にわかにかき曇り牛面ぎゅうめん鹿角ろっかく狼牙ろうが梟身きょうしん黒雲くろくもかたどり地表にちれば豪雨ごうう豪風ごうふう全てを飛ばす。

 

 なればメヒカの民はほらかくまいて、リフソタン冥府セフゥスチの主の暴れる様を隠れ見る、豪風ごうふう全ての実を飛ばし豪雨ごうう全ての小屋を流す、天照あまてる御霊みたまの雲よりいだせば元の荒れ地に帰り来たる。

 としもいよいよ実りが前、ウィツィロポチトリ早くもなげくば熊の子まとうはひぐまの鎧、空低く垂れ込む暗雲の、ゆるりと経巡へめぐり牛面つくれば、守備隊破魔はまてん舞い上がる。

 ごうごう重ね雷音らいおんひびかせ、リフソタン冥府セフゥスチの主地に落ちる、いの一番に前に進みで、神をも恐れじつるぎ振るうは熊の子めいかみ殺し。

 黄泉よみよりかえりしリフソタン冥府セフゥスチの主瘴気しょうきえき口より漏らしどく烈風れっぷう羽ばたきに舞う、熊の子堪らず地にたおれれば、左腕さわんひじを二つに増やし右足ひねられ背中に歩む。

 

 あわれ熊の子も最後の時ぞと守備隊誰もが思いしも、ひぐまよろい姿すがた正せば熊の子結ぶ十、二十合、蜘蛛くもうで熊の子の脇腹突き通せば、直ちにふさぐはひぐまよろい

 うでひねまがあしひざやし、中身朽ちるもひぐまよろい一向いっこう構わず姿すがたを正す、八種やくさの毒を備えし蜘蛛くもあし、やがて全てを斬り落とす。

 地にえられるはリフソタン冥府セフゥスチの主くさりのらす蝙蝠こうもりも引きちぎられれば丸裸、背首に重ねるかみ殺しの刃切っ先踏み抜きその首落とす。

 

 天空暗雲かき消えて天晴あっぱ天道てんとう青き空、守備隊一の大男おおおとこ熊の子どうと仰向けに倒れだい文字もんじかたちどる、かれいやすは悪戯いたずらきみ癒しの光りを降り注ぐ、よろいつくりしきず深ければ寝ずの看病七日なのか七晩ななばん

 喜びにくはウィツィロポチトリに導かれしメヒカの民、皆喜びてほらの奥より喜びいだすは食物の苗恵みの苗、いくつもならぶは甘藷かんしょなえ赤茄子あかなすなえ、いずれも故地アストランにて見出せば寒さに強き実りの苗。

 寝ずの看病実を結び八日ようかようやく鎧を脱げば熊の子の姿一変いっぺんす、全身をおお蚯蚓みみずれ青あざあざ黄色きあざ、熊の子平気へいきを取り戻し一歩歩めば皆退く一歩、二歩を歩めば皆退く二歩、今生の者には見えがたくあたかも黄泉よりかえりし異形いぎょう

 

 ウィツィロポチトリ託宣たくせんす東に北に歩み行けよ、最後は船に島々しまじまわたれさすれば故地におもむかん、に喜ぶは一族一座世代せだいを重ねしいく星霜せいそう、旅路のつい垣間かいま見てメヒカの苗をたずさ退

 隊の頭を守りし守備隊威風堂々風を切る、隊の殿しんがり守りし熊の子悪戯いたずらきみ宵闇よいやみ照らす、千に余りし人々は世代を隔てた大家族、大角おおつのいずるならひつじほふり、篦鹿へらじかいずるなら篦鹿へらじかす。

 熊の子まとうは熊の鎧、戦い激しく異形いぎょういたれば鎧よ異姿いすがた隠せかし、殿しんがりづとめめは旅路がかなめ、常に後ろをにらみてば陰に日向に旅路を守る。

一度は離れた、森と山、清らかのすすぐ河川かせん湖沼こしょう、いつかは再び戻らんと、めざすは一度離れた地

 

 産まれながらに背負いしは、熊より産まれたその定め。

 人の間に育つとも、いくさに投じるその身柄。

 森の奥深きより輝く目、お主に流るる熊の血潮。

 人の仔は影で繰り返す、あれは熊の子だ熊の子だ」

 

 リーエはチーヤと目線を合わせる。

 何度も練習したお陰で、二人、間違わずに詠唱を終えると、二人、うっすらと微笑んでしまう。

 

 徹攻兵のシュヴェスターが、長き詠唱を間違わずに終えたことは、静かに生徒の中に広がった。

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