第035話 幼子はあるべき所へ
・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生
・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生
・ヤーサ:チーヤの実姉
二人の
ハセの父親は、ハセを引きはがすように前に立たせ、しゃがんで視線を合わせて言葉をかけた。「ハセ、今までありがとう。
これからはチーヤとして、あそこにいるフォソラフィファーの両親をお父さん、お母さんと呼ぶんだよ」
フォソラフィファー家でも、ウィハと最後のお別れをすると、しゃがんだ格好の父親が、チーヤにむかって両手を広げた。「おいで、チーヤ。
僕が君の、本当のお父さんだよ」
チーヤはおずおずと近づくと、途中ゲトーに、きつくにらまれた気がした。
新しい両親と姉の前に立つとチーヤは、ゾッデツヴァフゥファーの両親にいわれたように「ハセチーヤです。
これからよろしくお願いします」
と頭を下げた。
フォソラフィファーのお父さんは、チーヤの頭を優しくなでると、医師と、相手の一家に「それでは、私達はこれで失礼します」といい、チーヤの手を引いて退室していった。
チーヤは、案内された駐車場の大型のファミリーワゴン車に特別感を覚えた。
逆にゲトーは、新しい両親に案内された軽自動車の後部座席を窮屈に感じた。
チーヤが連れて行かれたのは、南向きのゆったりとした庭を持つ、二階建ての白亜の戸建てだった。
集合住宅での暮らしになれていたチーヤが、静かに歩むのを見て、母親が「そんなに緊張しなくていいのよ」と微笑んだ。
明るい日差しの入り込む一階のリビングに案内されたチーヤは、幼心に生活レベルの違いを感じた。
まだ、友達のおうちにお邪魔した時の方が、気分が高揚していた。
見知らぬ壁、見知らぬ窓、見知らぬ家具、見知らぬ天井。
座り慣れないカウチに背筋を伸ばして座っていると、新しい母親が、「なにか、見てみる?」と問いかけてきた。
上目遣いにうなずくと、見慣れない大きさの六十インチのテレビの電源が入る。
お気に入りのキッズ配信者の名前をあげると「チーヤも好きなのね」と答えた母親が、も、を使ったことに気がつく。
「ごめんなさいね。
比べるつもりじゃないのよ」
「大丈夫です」
と、チーヤは返すが、ようやく四歳になろうとしている幼児と母親の会話としては固すぎた。
姉のテヤーサこと、ヤーサは母親似だった。
ヤーサと比べると、チーヤは父親似で、そういう目で見ると父親は、収まるべき所に収まったのだな、と前向きにこの事態を捉える気持が芽生えだした。
母につけてもらった動画配信のチャネルを大人しそうに眺めるチーヤを眺めるうちに、母親にも、これからは、この子を守っていかないと、と「ねえ、チーヤ、好きな食べ物はなに?」とたずねる気持が芽生えた。
フォソラフィファーの家のカトラリーはゾッデツヴァフゥファーの家のカトラリーより多かった。
専業主婦の母はメニューも、食器周りも凝っていた。
いつも、スプーンとフォークだけで気軽に食べていたチーヤは、最初にそこで戸惑ってしまった。
両親は優しく「どうしたの?
好きな料理じゃなかった?」と聞いてきてくれたが、三歳上のヤーサは新しい妹の戸惑いを見抜いていた。「フォークとナイフの順序も知らないの?
ウィハだって、しっかりできていたのに」
その言葉を父はたしなめ、母はチーヤを優しく導いてくれた。
新しくできた姉の態度は、とても素っ気なかった。
フォソラフィファーの両親にとってもヤーサは、妹の面倒見の良い姉だったのでチーヤともすぐ馴染むことを疑っていなかった。
しかし、ヤーサのよそよそしさは、いつまでも取れなかった。
ヤーサが小学生に上がると、個室が与えられた。
ヤーサが寝付けなくて、両親とチーヤの寝るキングサイズのベッドに潜り込んでくることもあったけれども、それもだんだん止み、そしてチーヤも小学校進学とともに個室を与えられた。
食事時など、家族が揃う時、ヤーサもチーヤもともに小学校であったことを話すことはあっても、二人の話題が重なることはなかった。
チーヤも両親も長い間、三歳も年が離れているとこんな雰囲気か、と慣れてしまっていた。
チーヤが中学課程に上がり、ヤーサが高校課程に上がると、ヤーサが他校の娘と、よく行動を共にしているという噂がチーヤの耳に入った。
高校課程となるとそんなに行動範囲が広がるものかとも思っていたが、秋のある時、友達と少し足を伸ばして市庁舎前広場まで出た時に、出歩いているヤーサを見かけてしまった。
一緒に歩いている女の子には、面影を感じた。
調度、分かれるタイミングだったみたいで、二人でハグした後、手を振り合って分かれて行った。
チーヤは、自分のいるところより離れた路地に入っていこうとしているヤーサより、ヤーサと別れた女の子を見ていた。
その女の子は、軽自動車で迎えに来ていた母親らしき人の車に乗り込んだ。
十年ぶりでもはっきりわかった。
あのお母さんはゾッデツヴァフゥファー家のお母さんで、あの子がウィハに間違いなかった。
ゾッデツヴァフゥファー家では、名前の前の方を使って愛称をつくるから、ゲトー、と呼ばれているんだろう。
長い間、心のどこかで求めていた姉妹の愛情はヤーサの心に存在しないのではなかった。
ただ、その向けられる方向が、自分に対してではないことが良くわかった。
思い起こせばそれが切っ掛けだったのだろう。中学課程、高校課程をすごす中で、チーヤの心にフォソラフィファー家を早くに出て、人間関係を洗い直したい、という気持が少しずつ芽生えてきた。
フォソラフィファーの両親は、もちろん、本当の親子として、特にチーヤは父親似でもあることで父親から、なにかと優しい言葉をもらうことが多かった。
しかし、ただの成長とも違う自立心というよりも独立心が色濃く育っていった。
何より、ヤーサのいる家は、住まいであっても家庭という気持ちにはなれなかった。
王立女子士官学校を受験したのは、他の国公立よりも受験日程が早く、自分の実力を計る意味合いが強かった。
しかし試験課程を進める中で、誕生日に目をつけられ、右も左もわからないまま着甲試験を受け、三メートルの跳躍を示すことで周囲の目の色が変わった。
歩兵科の准教授が、わざわざチーヤの家を訪ねてまで両親に入校を勧めてきた。
ドイツ北方十字軍とゼライヒ女王国との十三世紀からの歴史や、スウェーデン、フィンランド、モスクワ大公国からの国土防衛、ドイツ北方騎士団とゼライヒ女王家の六世紀にわたる歴史、そしてドイツ敗残兵とエーデルワイス狩猟団によるソ連北進からの国土防衛に、当時の王立女子士官学校の狙撃兵がいかに関わったかを語り、「そしてこれは、国家機密というより、国際機密のため詳細は語れないのですが、お嬢様には大変高い兵士としての適性が認められています。
そもそも、王立女子士官学校の生徒は正確には大学生ではなく王立国防軍の所属となりますので棒給も出ます。
学校敷地内の寄宿舎生活となりますが、お嬢様のような特性を持つ生徒は少なく、お嬢様には特待生として制服その他生活準備品の全ての学校負担と、修士課程の確約、そして某国への海外留学が用意されています。
是非、我が校に」と、押し込まれた。
父は、仮にも軍役ということで危険性を心配したが、母はどちらかというと前向きだった。
そして何よりチーヤ自身、寄宿舎という形で家を出られるだけでなく、海外留学まで用意されているという道筋を大変魅力的に感じていた。
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