第033話 ハセ

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生



 結局、リーエは自分でボトムを買い、そしてチーヤにトップを買ってもらい、そのまま着て退店した。

 下りのエスカレーターに自分が先に乗り込み、後から乗ったチーヤを見上げる。「あの、このお礼は必ず、何とかしますので」

 もう、何度目だろうとややあきれた感も含んだ笑みでチーヤが答える。「ほんっとーに、気にしないで」

 リーエも飲み込めない。「ヨルル・トヌテォ北欧のサンタに授かるものとしては高すぎます」

 「私は逆にトヌテォ役ができて大満足なんだけど。

 私も、私のお小遣いの中でのはなしだし。

 それよりも、私の趣味を押しつけちゃっていたらごめんね。

 でも、あなたにはそれくらい明るい色も身につけて欲しかったの」

 「私もです。

 こんな色使いに憧れていて。

 でも、自分とは縁のない世界だと思っていて、着ちゃいけない、選んじゃいけないと思っていて、ちょっと今でも気持がふわふわしてて、だから、きちんとお礼がしたいんです」

 その、少し必死な勢いに、チーヤはうーん、とうなってしまう。

 そして、一つ思い出す。「オゥンオクォリって言葉、リーエは知ってる?」

 リーエは、エスカレーターを乗り継ぎながら首を横に振る。「ちょっと、わかりません」

 チーヤは少し遠回りに話を進める。「ヤー・ス・ウェン王家のご姉妹が、女王陛下が即位される直前、ナーダン日本に留学されていたのは知ってる?」

 やや怪しげに、リーエはうなずく。「聞いたことは、有ります」

 リーエはそれを受けて続ける。「同じ、大戦の敗残国でも、我が国とナーダン日本では大きく異なる戦後を歩んだわ。

 我が国はドイツ敗残兵の助成を受けたエーデル・ヴァイス狩猟団の活躍で、国境線はなんとかまもったわ。

 でもナーダン日本は首都を空爆で野原同然にされて、アメリカ軍の進駐も受けて、資源も少なくて、それなのに世界に互する国として立ちあがったわ。

 彼の国から我が国が学べるものは何か。

 それを肌で感じ取るために三姉妹は留学されたそうよ。

 それがご縁か、それとも、私達の秘密に関して、騎士団の国ドイッチュランドに引けを取らない早さで適性者を増やしているからか、正確なところは私もわからないんだけれども、うちの学校、ナダーウィッビュ日本流フツスファ文化論のコマがあるのよ。

 そこで習ったことなんだけれどもナダーヤ・ツィン日本人は、目上から受けたお世話を、その人に返さないんですって」

 リーエが不思議そうな顔をする。「ナダーヤ・ツィン日本人は、そんな恩知らずなんですか」

 チーヤは、得意そうにいう。「私も最初はそう思ったわ。

 でも、違ったの。

 ナダーヤ・ツィン日本人は、目上の人から受けたお世話のお礼を、その人に直接返すのではなく、自分がその人と同じぐらい年かさになった時に、若手に施しをするんですって。

 その風習がたしか、オゥンオクォリ恩送りていうの。

 素敵じゃない」

 そういって、いたずらっ子のように微笑むチーヤに、リーエはあきらめとも悲しみをこらえるのとも違う、なんとも複雑な愛想笑いを浮かべてしまう。

 チーヤの顔が曇る。「ごめんなさい、私なにか、無遠慮なことをいってしまったかしら」

 リーエが横に首を振る。「無遠慮なんてこと、何一つゆってないです。

 ただ、私にその時は来るのだろうか、と考えてしまいまして」

 チーヤが、言葉に気を使いながらはなす。「リーエにも、来年になったら後輩ができるわけだし、それに、地元に戻ったりしたら、年下の仲のいい友達はいない?」

 リーエは、我ながらあきれたように後頭部に右手を当てる。「私は、お姉さん風を吹かせていたのは幼稚園までだったんですよね。

 一対一なら、ゆっくりとおしゃべりできるんですけど、大勢の中に居ると、何を喋っていいかもわからなくて。

 そんなんだから、自然と『守られる役』に回されちゃうことが多くて、そんな雰囲気にも流されてすごして来ちゃったので、何というか、不思議ちゃん扱いというか、みんなの妹役というか」

 二人、エスカレーターで一階まで降りてしまい、自然、と足を店外に向ける。

 チーヤが、瞳だけ斜め上に向けて考え込む。「うーん、弟さんとかは」

 リーエが腕組みをしてしまう。「彼は今年卒業なので、試験対策アンド試験対策の日々ですね」

 そこまでいいきってリーエが顔をチーヤに向ける。

 「あれ、弟がいるって、なんで知ってるんです」

 チーヤは狼狽を取り繕う。「ま、前にいってたでしょ」

 リーエは心当たりがない。「そーでしたっけー、あれー、いったかなー」

 チーヤが話題を変える。「幼稚園の時のお知り合いは」

 リーエが建物の扉をくぐりながら、首を横に振る。「ハセって子がいて、私が年中の時に年少に入ってきたんですけど。

 私が年長に上がる時に、お引っ越しかなにかで幼稚園からいなくなっちゃって、それっきりなんです。

 わたしが、駆けっこしよ、というと駆けっこしてくれて、かくれんぼしよ、というとかくれんぼしてくれて、可愛かったなあ。

 でも、そのハセも、今頃どこかの大学に通ってるんじゃないでしょうか。

 そういえば、チーヤさんもハセチーヤだから、ハセですね。

 でも、名字がちがくて」

 すかさず、チーヤが割り込む「ゾッデツヴァフゥファー。

 ハセチーヤ・ゾッデツヴァフゥファー、でしょ」

 リーエが、状況を飲み込めず、すこし眠たげな目つきでチーヤを眺めてしまう。「あれ。

 どーしてチーヤさんがハセのフルネームを知ってるんです」

 チーヤは、もう、臆さない。「だって、私がハセだもの。

 リーエ、ハセを、私を覚えていてくれてありがとう」

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