第033話 ハセ
・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生
・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生
結局、リーエは自分でボトムを買い、そしてチーヤにトップを買ってもらい、そのまま着て退店した。
下りのエスカレーターに自分が先に乗り込み、後から乗ったチーヤを見上げる。「あの、このお礼は必ず、何とかしますので」
もう、何度目だろうとややあきれた感も含んだ笑みでチーヤが答える。「ほんっとーに、気にしないで」
リーエも飲み込めない。「
「私は逆にトヌテォ役ができて大満足なんだけど。
私も、私のお小遣いの中でのはなしだし。
それよりも、私の趣味を押しつけちゃっていたらごめんね。
でも、あなたにはそれくらい明るい色も身につけて欲しかったの」
「私もです。
こんな色使いに憧れていて。
でも、自分とは縁のない世界だと思っていて、着ちゃいけない、選んじゃいけないと思っていて、ちょっと今でも気持がふわふわしてて、だから、きちんとお礼がしたいんです」
その、少し必死な勢いに、チーヤはうーん、とうなってしまう。
そして、一つ思い出す。「オゥンオクォリって言葉、リーエは知ってる?」
リーエは、エスカレーターを乗り継ぎながら首を横に振る。「ちょっと、わかりません」
チーヤは少し遠回りに話を進める。「
やや怪しげに、リーエはうなずく。「聞いたことは、有ります」
リーエはそれを受けて続ける。「同じ、大戦の敗残国でも、我が国と
我が国はドイツ敗残兵の助成を受けたエーデル・ヴァイス狩猟団の活躍で、国境線はなんとかまもったわ。
でも
彼の国から我が国が学べるものは何か。
それを肌で感じ取るために三姉妹は留学されたそうよ。
それがご縁か、それとも、私達の秘密に関して、
そこで習ったことなんだけれども
リーエが不思議そうな顔をする。「
チーヤは、得意そうにいう。「私も最初はそう思ったわ。
でも、違ったの。
その風習がたしか、
素敵じゃない」
そういって、いたずらっ子のように微笑むチーヤに、リーエはあきらめとも悲しみをこらえるのとも違う、なんとも複雑な愛想笑いを浮かべてしまう。
チーヤの顔が曇る。「ごめんなさい、私なにか、無遠慮なことをいってしまったかしら」
リーエが横に首を振る。「無遠慮なんてこと、何一つゆってないです。
ただ、私にその時は来るのだろうか、と考えてしまいまして」
チーヤが、言葉に気を使いながらはなす。「リーエにも、来年になったら後輩ができるわけだし、それに、地元に戻ったりしたら、年下の仲のいい友達はいない?」
リーエは、我ながらあきれたように後頭部に右手を当てる。「私は、お姉さん風を吹かせていたのは幼稚園までだったんですよね。
一対一なら、ゆっくりとおしゃべりできるんですけど、大勢の中に居ると、何を喋っていいかもわからなくて。
そんなんだから、自然と『守られる役』に回されちゃうことが多くて、そんな雰囲気にも流されてすごして来ちゃったので、何というか、不思議ちゃん扱いというか、みんなの妹役というか」
二人、エスカレーターで一階まで降りてしまい、自然、と足を店外に向ける。
チーヤが、瞳だけ斜め上に向けて考え込む。「うーん、弟さんとかは」
リーエが腕組みをしてしまう。「彼は今年卒業なので、試験対策アンド試験対策の日々ですね」
そこまでいいきってリーエが顔をチーヤに向ける。
「あれ、弟がいるって、なんで知ってるんです」
チーヤは狼狽を取り繕う。「ま、前にいってたでしょ」
リーエは心当たりがない。「そーでしたっけー、あれー、いったかなー」
チーヤが話題を変える。「幼稚園の時のお知り合いは」
リーエが建物の扉をくぐりながら、首を横に振る。「ハセって子がいて、私が年中の時に年少に入ってきたんですけど。
私が年長に上がる時に、お引っ越しかなにかで幼稚園からいなくなっちゃって、それっきりなんです。
わたしが、駆けっこしよ、というと駆けっこしてくれて、かくれんぼしよ、というとかくれんぼしてくれて、可愛かったなあ。
でも、そのハセも、今頃どこかの大学に通ってるんじゃないでしょうか。
そういえば、チーヤさんもハセチーヤだから、ハセですね。
でも、名字がちがくて」
すかさず、チーヤが割り込む「ゾッデツヴァフゥファー。
ハセチーヤ・ゾッデツヴァフゥファー、でしょ」
リーエが、状況を飲み込めず、すこし眠たげな目つきでチーヤを眺めてしまう。「あれ。
どーしてチーヤさんがハセのフルネームを知ってるんです」
チーヤは、もう、臆さない。「だって、私がハセだもの。
リーエ、ハセを、私を覚えていてくれてありがとう」
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