第032話 ヨルルのお買い物

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生

・レーサ:二十歳、チーヤの旧友



 レーサが選んだ服を着て、試着室を出てきたリーエを、チーヤはうきうきした気分で眺めていた。

 まず目に止まるのは、ピンクがかったパープルのダウンジャケット。

 丈は短く、ウエストの位置で一旦絞られ、その下は短く開いて、まるでフリルのような雰囲気すら出す。

 中に着ているのはオフホワイトのハイネックセーター。

 これも丈が短く、ほんのわずかにボトムにかぶさる。

 ボトムに選ばれたのは濃いモスグリーンのダウンパンツ。

 左のやや後ろを中心に大きなひまわりが織り込まれている。

 首元を飾る赤の鮮やかな丈長のマフラーは、その大きな結び目になった両端を後ろに流す。

 頭上には、パンツと比べてやや明るめな同じ系統の緑のロシア帽。

 足下は、緑と茶色の中間色の、くるぶし丈の折り返しが付いたハイヒールブーツ。

 レーサが、「どうかな?」とリーエにたずねる。

 リーエは、頬骨の浮かんだ頬で微笑みながらチーヤにたずねる。「どう、かな?」

 チーヤは満足そうに大きくうなずくと「九十点」と評価する。

 それを聞いてレーサが驚く。「えー、なんで百点じゃないのー?」

 チーヤは、まんまと聞かれたかと答える。「レーサ、ありがとう。

 私にとって、あなたのコーディネートは満点だわ。

 ただ、リーエはやっぱり、もう少し食べた方が絶対いいと思うの」

 それを聞いてレーサも納得する。「それ、店員の私からあまり生意気なことはいえないんだけど、今でもスラッとしていて素敵なんだけど、もう少しふっくらしていると、スカートとタイツの組み合わせなんかでも楽しめると思うね」

 チーヤは、少し腰を折ってリーエの顔を下からのぞき込むようにたずねる。「リーエ自身はどうなの」

 リーエは、少し頬を赤らめながら答える。「私は、長いこと患者着の生活だったから、ちょっと」

 そこで言葉を句切るので、チーヤもレーサも声を揃えてたずねる。「ちょっと?」

 「ちょっと、夢のようです」

 それを聞いて、チーヤの目頭に紅が差すのをレーサは見逃さなかった。


 レーサは、いささかリーエが恐縮してしまうほど、いろいろなアイテムを持ってきては鏡の前のリーエに重ねて、様々なカラフルを提案してきた。

 リーエは緊張もしていたが、気分が高揚するのもわかった。

 

 ずっと、こうしてみたかったんだ。

 

 チーヤはしばらく、笑顔とともにその様子を見ていたが、ふっ、と口を開くと「レーサ、そのジャケットいただけるかしら。

 リーエ、プレゼントさせてもらえる?」

 それを聞いてレーサは縦に、リーエは横に首を振った。

 リーエは「チーヤさん、いけませんこんな高いもの」と答えた。

 レーサは「私の社割りでヨルル・ディスカウント価格に割引が入るから、一四〇ユーロね」

 それを聞いてリーエがレーサを見つめ直す。

 続いて、ジャケットのファスナーにぶら下がった正価の値札を確かめる。

 三〇〇ユーロと書いてある。

 リーエが呟く「半額以下……」

 チーヤが腕を組んでうなずく。「そんなに極端に高いものじゃないから、シュヴェスターとの初めてのヨルルクリスマス記念に贈り物させて欲しいな」

 レーサがちょっとあきれたような笑みを浮かべる。「うちのお店に来て買い物してかなかったことないもんね。

 チーヤはもう、自分のものは揃っちゃってるでしょ」

 リーエが一拍おいて、下唇をつまむようにして記憶をたどる。「あの、チーヤさん。

 ナダーウィッビュ・エムサ日本祭の時、このズボンと同じ柄のズボンはいてませんでした?」

 チーヤが両手を合わせて喜ぶ。「覚えててくれたんだー。

 そう、ここで買ったパンツはいてた」

 リーエが考え込む。「あの、レーサさん、このズボンってお幾らです」

 「お友達価格で、一〇五ユーロになります」

 それを聞いて今度はチーヤにたずねる。「姉妹シュヴェスターでお揃いって変ですかね?」

 チーヤはちょっと上気して答える。「他の人がどう思うかはわからないけど、私としてはお揃いしたいわ」

 その言葉に、レーサが苦笑いを造る。「お姉さんとはしなかったものね」

 ふっ、とチーヤの顔に影が差す。「レーサ、実家の話しは止めてちょうだい。

 もう、私はあの家を出たんだから」

 レーサは素直に謝る。「ごめんね、つい。

 でも、昔のあなたを知っているからこそ、今のあなた、楽しそうよ」

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