第031話 顔なじみ

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生

・レーサ:二十歳、チーヤの旧友



 リーエはそうたずねられて考え込んでしまう。

 右手の人差し指と親指で、顎をつまんでしまうのは、まるでチーヤの癖がうつったみたいだった。「えーっとぉ、ふーぅ。

 正直今まで汚れが目立たないことだけで選んできたので、こんな時何を見に行けばいいのか」

 チーヤは斜め上を見上げながら呟く。「ネフィツ……」

 それを聞いてリーエは胸の前で両手を振る。「ネフィツって、ネフィツ・ヴァフィ・ネツプキュファーソですか?

 あんなおしゃれブランド、恐れ多いです」

 そこまで聞いて、チーヤはいたずらっ子みたいに、照明を背負ったまま微笑む。「どうせ今日ホントに買う訳じゃないでしょ。

 試着だからこそ、冒険できるじゃない」

 ネフィツ・ヴァフィ・ネツプキュファーソは三十前後の、お金に余裕のある独身女性向けに、明るい色の柄物を提案するブランドだった。

 女性誌をあこがれの目で眺めていたリーエには、あこがれの対象であっても、購買につながる試着の対象ではなかった。

 その、リーエの慌てふためく様子を眺めてチーヤは決める。「ネフィツに行くわよ。

 上から下まで、試着しましょう」

 

 エスカレーターを乗り継ぐ二階は、フェツレム、ツフィ・ギソン、シアウィー、エタバロといった、西ヨーロッパの高級ブランドが並んでいる。

 そういうお店は、ほんとに血筋のいい人達が足を運ぶお店で、それに比べればネフィツ・ヴァフィ・ネツプキュファーソは、まだしも現実感のある、背伸びすることで手の届くブランドといえた。

 

 チーヤはネフィツのある四階まで上ると、エスカレーター脇の案内板をちらりと確認し、ためらわずリーエの手を取る。

 そしてほとんど迷わずネフィツ・ヴァフィ・ネツプキュファーソのショップ前にたどりついた。

 少しばかり見渡して、やや、時間をもてあまし気味にダウンのブルゾンを並べ直している店員を捕まえると「レーサ」と声をかける。

 レーサと呼ばれた店員はまじめそうな顔つきから、ぱあっと、花が咲いたように表情を和らげてチーヤに近づく。「チーヤ、久しぶりじゃない。

 最近はどう、元気にしていた」

 チーヤも親しげに両腕を広げて近づく。「ほんと、久しぶり。

 ごめんね。

 でも、SNSの通りに、元気にしていたのよ」

 チーヤと軽くハグをするレーサは、鼻筋の高さが造る掘りの深さに負けない、明るく大人しそうなたれ目がちの瞳が優しい雰囲気を造る、まさにアパレルショップの店員にふさわしい顔立ちの女性だった。

 そしてレーサの方から、チーヤを見つめるリーエに気がつく。「チーヤ、もしかしてそちらが?」

 そう促されたチーヤが体を開いて紹介する。「そう、私の大事な大事なシュベスター。

 ファゾツリーエ・ヴツレムサーさん、リーエと呼んであげて。

 そしてリーエ、こちらの店員さんは、私の実家のとなりに住んでいる、タッケツレーサ・ゼームヴゥツフさん。

 レーサって呼んであげて」

 レーサの方から右手を差し出してくる。「初めまして、リーエ。

 レーサです」

 リーエが「初めまして」とレーサの右手を握ると、レーサが左手を添えてくる。

 「会いたかったのよー、チーヤに義妹シュヴェスターができたと知って、どんな子かなって」

 唐突な展開に、リーエは緊張してしまい気の利いた返事が出来なくなる。「え、えへー、こんな子です」

 その返事に、レーサはぱっと手を離す。「ごめんなさい、なれなれしくて。

 驚かしちゃったかしら」

 チーヤがその様子をみながら、うーん、とうなり、そしてリーエに目を合わせる。「いい?」

 リーエがうなずくと、チーヤが口を開く。「レーサ、リーエはね、ちょっとメンタル面を患っているの」

 レーサはそれを聞いて「はへっ?」と声が裏返ってしまう。「それで王立で学べるの?」

 チーヤが少し困ったような苦笑いを浮かべる。「実技がね、学内一の成績なのよ」

 それを聞いてレーサが目を見開く「王立で、入ったばかりで、学内一って凄くない?」

 リーエはどうしていいかわからず、引きつった愛想笑いを浮かべてしまう。

 チーヤは気にせず続ける。「そ、正直いってあり得ない。

 だから私もシュヴェスターとして鼻が高いわ」

 そんな様子を眺めながらレーサは話しを切り替える。「それで、お客様。

 本日は何をお探しですか?」

 チーヤは腰に両手を構えて相談する。「あのね、あなただったらこの子をどんな風に飾れるかなって思って来たの」

 レーサは一回目を見開いて「なるほど」と呟くと、リーエをまじまじと見つめる。

 リーエは、どうしていいかわからず、お腹の前に腕を重ねて居心地悪そうにしている。

 救いの目をチーヤに送ると、レーサが口を開いた。「今のままだとチーヤの引き立て役になっちゃうものね。

 めいっぱい明るくいきたいな」

 それを聞いてチーヤは満足そうにうなずく。「リーエ、レーサはね大学で服飾史、服飾文化論を学びながら、空き時間にここでパートタイマーしているの」

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