第030話 ヨルルの市場

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生



 「ふわー」と驚いているリーエは、アクセサリーのショーケースの前にしゃがんで花の形や星の形、三日月の形をしたリングトップを眺めている。

 チーヤは、まるで子供みたいだ、と思いながら、ほほえましくリーエを眺めている。




 チーヤ自身、医者でも専門家でもないため、リーエの症状が「今」どうなのかなんて全くわからない。

 でも、ビュソタッメンヴァーン路面電車で移動している時のリーエは、時折、目をつぶったり、その白い歯をほんの少し覗かせて歯を食いしばったりしていた。

 

 辛いんだろうな。


 と、チーヤがいかな門外漢といえども、お出かけの継続をためらわれるほど調子が悪かった。

 しかし、フィフェムム・カチカソム救世主の聖誕祭を控えて西ヨーロッパ風のクリスマスヨルルデコレーションをされたラツフィ・カスザフィ店を目にして、リーエの瞳は大きく開かれることになった。

 午後になり、北欧の太陽は早くも陰りを見せている。

 その分、建物正面の壁面狭しと無数に張り巡らされたLEDのイルミネーションが、

 

 映える。

 

 北欧の沈む太陽と壁面のイルミネーションに照らし出されたリーエの顔は明るい。

 健康的に見開かれた目と、引きつっていないほほが、この一瞬、現実がリーエから鬱を引きはがしているのが良くわかる。

 リーエが口を開く。「街路樹まで、お店がデコレーションしてるんですね。

 こんなヨルルのマーケット、病院で夢だったんです。

 ふわー、きれいですねぇ」

 チーヤが答える。「そうね。

 でも、年配の人にはヨルルが西ヨーロッパのクリスマス化してるって目くじらたてる人もいるみたいよ」

 リーエがイルミネーションを見上げながら答える。「でも、伝統も大事ですけど、いい文化は取り入れてもいいんじゃないかなあ、なんて、偉そうですかね、えへー」

 チーヤがデパートの入り口に、一歩足を寄せる。「そうね、いい文化は取り入れた方がいいと思う。

 でも、何でも自分たちの都合に合わせてしまうナーダン日本では、ヨルルクリスマスは恋人達の季節なんですって」

 リーエが付き添うように、正面エントランスに歩み出す。「カチカソムに関係なく、ですか?」

 大勢の人が出入りするので、チーヤは、はぐれないようにリーエの手を取る。「そもそもナーダン日本では二十五日の夜にディナーを取るみたい」

 急に手を取られた驚きと、話の内容の驚きが重なって、リーエは変な声を出してしまう。「ほへっ?

 だって二十五日の朝のお祈りでおしまいじゃないですか」

 チーヤは訳知り顔ににやける。「それが、ナダーヤ・ツィン日本人に取っては、恋人同士の大事なデートの日なんですって。

 自由すぎるよね、ナダーヤ・ツィン日本人って」

 そして中に入ったリーエとチーヤを出迎えたのは、エントランス・アトリウムに据え付けられたモミの木のクリスマスツリー。

 リーエは、その天辺から根本までゆっくりと眺め、そしてその魅力にとりつかれたかのように、アクセサリーコーナーに近づいていく。

 そして、指輪のショーケースに目を止めてかがみ込んで眺めやる。

 「ふわー」と驚いているリーエをほほえましくチーヤが眺めていると、店員が静かに寄ってくる。

 ショーケースの裏側にある鍵に手をかけて「お気に入りのものがございましたら、お出ししましょうか」とリーエに挨拶をしてくるが、リーエはとっさになんと返していいかわからない。

 するとチーヤが「結構です。

 今は見ているだけなので、また気になるものがあったら、お声がけさせていただきますね」と躱す。

 リーエはチーヤを見上げて呟く。「ありがとう」

 チーヤは眼を細めて微笑むと「どういたしまして。

 中の方も巡って、色々見てみない」と促す。

 「はい」と朗らかな返事をして、リーエが立ちあがる。

 チーヤがリーエの手を取る。「人が多いし、はぐれないように、ね」

 「あ、はい」とリーエが少し照れてうつむいてしまう。

 

 今日は、チーヤさん優しいなー。

 

 エスカレーターにたどりつくと、チーヤが手を離す。

 ゼライヒ女王国内では、エスカレーターは左側に立ち、右側を明けるのがしきたりだった。

 先に歩を進めたチーヤが上に立ち、リーエは下から見上げる位置を取る。

 百貨店の照明を背負ったチーヤがたずねてくる。「どんなもの、見たい?」

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