第027話 目的

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生



 路面電車を乗り継いで、二人がたどりついたのは首都、ザキ・ス・ウェンの商業地域カフィゼツ・ス・ウェンだった。

 一、二週間前から断続的に振ったり止んだりした雪がとけずに残り、スコップで歩道の端に山と積まれている。

 リーエもチーヤも、ゼライヒ女王国民の冬の嗜みとして、トレッキングシューズを履いているが、それでも不意に滑らないよう前屈みになってすすむ。

 リーエが、はーっ、ふーっと、息を整えるように呼吸をしている。

 リーエ自身にも見えないなにかと戦って、ここに留まってくれている。

 その意思を示してくれるだけでもありがたいことだとチーヤは思う。

 リーエは、歩きながら、チーヤの被った帽子の右耳部分をめくり上げ、小声で喋る。「いいにくかったら大体でいいから。

 体重、もう四〇キロは超えたよね」

 リーエは、驚いた顔で取りあえずうなずく。「えへー、なんでわかるんです」

 チーヤはさも当たり前だといわんばかりの顔で答える。「毎日、下着を着させてるの、誰だと思ってるのよ」

 そしてチーヤは横に並んだまま続ける。「リーエの身長は確か百七十三センチだったから、体重が五十キロでも、BMI値ではまだやせ形になってしまうと思うわ。

 どういうプロポーションをめざしたいか、どういうプロポーションを維持したいかは、それこそ、その人のかってだけど、私個人の感覚としては、もうしばらく沢山食べる時期を続けていいと思うの」

 それに対してリーエが答える。「えへー、実はすでに、今の装甲服、少し窮屈になってまして、食べ過ぎかなと考えていたんですが」

 チーヤはその発言にむきになる。「逆よ、逆。

 鬱病を持つあなたが健康的な体を取り戻して装甲服が窮屈になるんだったら、装甲服の方を作り替えるのよ。

 当面は内装を張り替えて調整して、いざとなったら外装ごと作り直してもらわないと。

 なんてったって、リーエは一年生にして他の学年の生徒の教導役を務める顕現者なんですから」

 リーエは何者かに怯えて目を見開く。「えへー、その、教導役って言葉、着甲していない時に聞くのは重いです」

 チーヤは少し、元気を失う。「そうか、ごめんなさい。

 でも、私としても誇らしいんだ。

 シュベスターであるリーエが高出力の徹攻兵でいてくれるのは」

 リーエは引きつった愛想笑いを浮かべる。「えへー。喜んでもらえるのは嬉しいです。

 チーヤさん、いつもありがとう」

 リーエより五センチほど背の高いチーヤは、リーエの頭を優しくなでる。「いいのよ、私達はシュベスターなんだから。

 誇るべきシュベスターに恵まれて、私は幸運だわ」

 チーヤが続ける。「それでね、リーエ、今日は少し枚数を揃えたいの。

 ブラもパンツも、洗い替えを含めて六枚ずつ。

 でもね、これはつなぎだと思っているの」

 リーエがチーヤの真意に思い当たらず「つなぎ?」とたずねてしまう。

 チーヤが答える。「リーエはこれから、もっともっと体格がととのっていく、と、シュベスターとして期待しているの。

 いまはBカップくらい? だけど、CとかDに上がっていくと思ってるの。

 だから、今日買う下着は、つなぎの下着かなーって思ってるの。

 つなぎの下着だから、安く済ませて、数を揃えたいなって。

 半年後くらいには、リーエの体格も整って、目標体重も決まってきていて、サイズも決まってくるから、補正効果の高い下着は、その時に買うべきかなーって思ってるの。

 うー、変かな?」

 リーエは、質問に質問で返されて慌ててしまう。「いえ。

 その、チーヤさんの考えがわかりました。

 今日は、スポーツブランドのイズモスポーツみたいなところにはよらず、ファッションセンターイマウラみたいな所に寄るってことで合ってますか」

 チーヤが人差し指をたてて答える。「正解。でも、イマウラでの買い物が終わったら、イズモスポーツで試着だけしてみましょ。

 今のうちに、性能の違いを知っていて損はないと思うの。

 試着だけならただだし」

 

 こうして、リーエはチーヤの着せ替え人形になることを覚悟した。

 気持を決めてしまえば後はある意味楽ではあった。

 チーヤの選んだ下着を、着てきた下着の上から着てみせる。

 更衣室から出もしないで、チーヤが持ってくるサンプルを着てみるだけなのだが、チーヤの選択が長引き、一人で更衣室に立っていると、いわれのない恐怖と不安が差し込んできて、取りあえず横になって寝てしまいたくなる。

 だから、更衣室の入り口のカーテンをチーヤがつまんで軽く引っ張り、「こんこん、今大丈夫ですかー」と来てくれるだけで、ほっとして泣きそうになる。

 「えへー、大丈夫です」とリーエが答えると、そっと細くチーヤがカーテンをあけ、「次は、これとこれを着てみて」と差し込んでくる。

 アンダーバストが六十五センチのものから、カップが豊富になるが、今のリーエはアンダーバストが六十二センチと微妙で、トップのサイズも七十七とBカップかCカップか悩ましいところがある。

 ただ、チーヤの見立てでは、リーエはまだまだ体重も増えるだろうし、サイズも上がるだろうということだった。

 なのでちょっとゆったりしてしまうかも知れないが、XSでは無くSがよかろう、となった。

 リーエも、あれこれ着てみてわかったのだが、アンダーバストの下に十分な生地のあるものが、安定感をもって着られるような気がした。

 また、背中のストラップも、クロスしていたり、バックベルトより高い位置でホールドする形状になっているものが、普段猫背気味になっている自分の姿勢を正してくれるような気がした。

 

 SMLでサイズ展開している比較的安価な商品で、アンダーバストの下にも生地があり、ストラップがクロスして背中の引き締め効果も期待できる商品にたどりつき、色も、薄ピンク、ベージュ、オフホワイト、黒、紺を選んだ。

 ショーツについては、ヒップの高さが八十五センチほどで、あれこれ試してみたが、Sサイズでよろしかろうとなり、こちらはお店で買うよりもネットで買った方が安そうだということになった。

 お店のラインナップだと、ちょっと色数が揃わなさそうなのと、チーヤの意見で、サニタリーショーツにした方が良いとなった。

 体格がしっかりしてくれば、いずれ間もなく復活するから、というのがチーヤの意見だった。

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