第026話 プライベート

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生

・ヴィセ:十八歳、リーエの同室、一年生



 食事を、三食取れるようになって、徐々にリーエの体格が変わってきた。

 ひょろひょろのがりがりではなく、先に筋肉が付いてきて、引き締まった体型になってきた。

 着甲時の訓練は飛んだり跳ねたり走ったりではある。

 筋力に依存しないで実施しているとはいえ、一時間走行すれば、一時間ウォーキングしたくらいの運動にはなる。

 ASー01に慣熟すると、そこで息切れが来るが、ASー02だと、一・五時間ほど連続走行できる。

 いずれにしても、筋力としては軽い負荷だが運動していることにかわりはない。

 そのためか、先にふっくらとしてくるのではなく、先に筋肉から着き始め、結果、肌のしたの筋肉が浮かび上がったような、もの凄く引き締めた体型になってきた。

 手足はそれでもいいのだが、問題は胸とお尻である。

 胸とお尻と頬には明らかに脂肪がつき始めた。

 他の部分と比べて、ふっくらと丸みを帯びた形が整いつつあった。

 世話をしているチーヤの肌感覚としては、そもそもリーエは、バランスの整った体型に成長するはずだったのではないかと感じるところがあった。

 そこに、思春期の拒食が原因で肉が付かなかったわけだが、ようやく、食事を満足に取れるようになって、体型も整いつつある、という感覚があった。

 

 リーエの身につけるものは、正直、無頓着なものが多かった。

 ショーツも、よれて、洗濯してもきれいになりきらない感じかあったし、ブラも、胸のサイズアップに反比例して小さくなってきていた。

 小さめのタンクトップ然としたスポーツタイプのブラばかりだったが、下まで、降りてこないのだ。

 いや、引っ張れば降りてくるが、動いている間にずれ上がってしまうことが大いに予想される。

 着甲時にずれてしまうと、装甲服の上からでは下着の位置など直しようがない。

 十二月の半ばに差し迫ったある日、着甲訓練中にチーヤから、週末の買い物を提案した。「リーエ、そんなに棒給使い込んでいない、わよね?」

 リーエは屈託なく話す。「全然、買い物なんて普段は出る気になれなくて」

 チーヤの顔がほころぶ「ヨルルの市場で賑わっている売り場をみるだけでも、気分転換になるかもよ」

 リーエの顔が複雑に苦笑いする。「チーヤさん、私、あなたのことを疲れさせるだけかも知れませんよ」

 チーヤが少しばかり機嫌を損ねていう。「だって制服姿のあなたを誘ってもうなずいてはくれないでしょ。

 それに、お医者様じゃないから勝手なことはいえないけど、適度な運動は治療にも効果があるって聞いてるわ」

 リーエは、フロントマスクをしていることで表情を直接みられないことがありがたいと思い返事する。「確かにそうですけれども、チーヤは私をどんだけ歩かせるつもりなんですか?」

 チーヤは言葉を選びながら話す。「んー、お店はほとんど決まっているから、たいした距離ではないわよ。

 でも、普段着のあなたにとってはちょうどいい運動になっちゃうんじゃないかしら」

 リーエは納得げにうなずく。「なるほど、ほんと色々考えてくださるんですね。

 で、私は何を買えばいいんです」

 チーヤは我が意を得たりとばかりに「下着よ」といい、話を続けようとしたが、そこで連絡役のカフィソが割り込んでくる。「はい、お二人さん。

 今度のデートは決まったみたいだから、プライベートは公開回線じゃなくて個別回線で続けてもらえる。

 今、準備しちゃうから」

 セテーが呟く。「将来、チーヤに寄り添う男性は優柔不断なタイプだと務まりそうにないね」

 チーヤが抵抗する。「ちょっと、セテーさん、私結構尽くすタイプなんですよ」

 セテーが笑う。「そうだと思うよ。

 だけど相手が小さなことで迷ってると、すぐイライラしそうなチーヤが思い浮かんじゃってね」

 チーヤは、もう、といって、カフィソが用意してくれたリーエとの個別回線に入っていく。

 ASー01のフロントマスクの裏側のディスプレイは、視線操作であれこれ操作できるが、マウスや大型のディスプレイを使えるカフィソが個別回線を開いた方が早い。

 まあ、話の内容が訓練と無関係の私的な内容になってきたため、体よく追い出された格好ではあった。

 

 訓練も開けた土曜日の、お昼をちょっと過ぎた時刻に、制服を着たチーヤがリーエとヴィセの二一六号室をたずねると、二人とも、窓側に配置された学習机に座っていた。

 違っていたのはヴィセが教科書とノートを広げて復習をしているのに対して、リーエも教科書とノートを広げていたものの、机の手前の角におでこを当てて居眠りをしてしまっているところだった。

 チーヤが小声でヴィセにたずねる。「最近はいつも、こんな感じなの」

 ヴィセが小声で答える。「今日は、机に向かっているだけまだましです。

 普段は、ベッドに横たわって、うーん、うーん、ってうなっているだけですから」

 チーヤが顎に右手の人差し指を当てながらたずねる。「そっか、起こしちゃまずいかしら」

 ヴィセがなんてことないというように答える。「大丈夫じゃないですか?

 ちょうどお昼の時間ですよね」

 チーヤが答える。「そうなのよ」そしてリーエの肩に触れる。「リーエ、リーエ、そろそろお昼の時間よ」

 リーエが、頭を起こす。

 変な姿勢で居眠りしていたせいか、目の下にはくまが浮かんで見える。

 おでこには、机の角のあとがくっきりと付いている。

 そこには、着甲時のはつらつとしたリーエの姿はなく、おどおどと目線をそらして話すもう一つの、そしていつものリーエのすがたがある。

 リーエ自身がため息をつく。「ふう、居眠りしてしまってすみません」

 チーヤが優しく微笑む。「誰も責めていないわ。

 そろそろ、お昼ご飯に行きましょ」

 リーエが、乗り気でないように答える。「ふわーい」

 ヴィセが、朝食の時に制服を着せたままでいたので、そのままリーエを連れ出す。

 着甲させ、水洗いの上でタオルで水っけを拭き取り、食堂に向かう。

 リーエが半ば固定席になっているいつもの末端の席に座っている間に、チーヤが食券を買い、食事を受け取ると、リーエの元に運ぶ。

 正直、着甲中は嘘のように明るい。

 食事を取ってもすぐに席は立たない。

 腹休めというか、食べたものが胃を通って落ちつくところまで待ってから、着甲室にむかい装甲服を脱ぐ。

 装甲服を脱ぐと、じわり、じわりと鬱の気が差し込んでくる。

 本人はそのつもりはないのだが、目を合わさなくなってきて、そしてあれだけ自身気だった瞳が不安そうに伏し目がちになり、やがておどおどとなにかに怯えたような目つきになる。

 チーヤは、いけないものをみてしまった気になるが、気後れしてもいけない。

 

 一番辛いのはリーエ自身なんだから。

 

 チーヤが声をかける。「リーエ、部屋に戻ったら、私服に着替えて待っていて貰える?」

 リーエが呟くように答える「……わかりました」

 チーヤも自室に戻り私服に着替える。

 ペインの大きなタータンチェック柄の厚手のスカートに、グリーンのセーターを合わせると、白いタイツ、オレンジのダウンのコートと赤いマフラー、そして黄色の耳当ての付いたニットの帽子を合わせる。

 同室のミーエが声をかけてくる。「外出?」

 「そ、シュベスターの下着がちょっとぽろっちくてね、あと最近胸が大きくなってきてサイズが合わなくなりそうなの」

 ミーエがほほを指でかきながらたずねる。「ふーん、シュベスターってそこまでするものなの」

 チーヤが答える。「うーん、どうなんだろ。

 私は、私の好きでやってることだから、なんていうか、勝手に、当たり前の事としてやっているわね」

 ミーエが優しく答える。「そっか、チーヤが苦痛じゃないならいいんだ」

 「ありがと、行ってきます」と答えると、チーヤは自室を後に、二一六号室にむかう。

 二一六号室では案の定、制服姿のままベッドに座り込んでいるリーエがいた。

 リーエは、着替えたチーヤの訪問に涙ぐみそうになる。「すみません、着替え終わって無くて」

 チーヤは、優しくリーエの手を取る。「いいのよリーエ。

 あなたが、動かないんじゃなくて、動けないっていうことくらいは、私もわかっているつもり。

 さ、一緒にお着替えしましょ」

 ヴィセは自室で繰り広げられる愛情を目の当たりにして、なにか尊いものを感じた。

 チーヤは黒のダウンパンツに、紺のダウンコートを組み合わせると、自分の赤いマフラーをリーエに貸し、自分はリーエの灰色のマフラーを借りた。

 「それじゃ、ヴィセ、行ってきます」そう言い残して、二一六号室を後にした。

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