第024話 噂の主
・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生
・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生
噂には尾ひれが付くもので、食堂で着甲したまま食事を取るリーエに対して、それを見かけた他科の生徒から陰口が炊かれることがあった。
曰く。「四年生で風紀委員長のセテーにひとことも反論させなかったんだって」とか。
曰く。「一番派手に打ち壊しておいて、修繕は工兵科の演習にすればよい、っていったんだって」とか。
曰く。「オブザーバの軍の高級士官も、恐ろしさに声が出なくなったんだって」とか。
曰く。「着甲科の他の子も、普段のえへらっとした顔からは想像できないほどどう猛だっていってたみたい。
狼憑きよ狼憑き」とかであった。
最後のものなどは酷い偏見ではあったが、徹攻兵が高貴な狼とあだ名されていることを振り返れば、賛辞といえなくもなかった。
問題は、その会話を全て、柱の陰でリーエが聞いてしまっていたことだった。
リーエ自身は、お昼ご飯を取りに行ってくれたチーヤを少し驚かそうと、食堂の末端の席から離れ、近くの柱の陰に隠れたところだった。
通りかかった他科の女子生徒が「あら? さっきまで徹攻兵の子がここにいたように見えていたけど、気のせいだったかしら。
そういえばねえねえ聞いた?」とリーエの噂話大会が始まってしまい、出るに出られなくなってしまった。
そのタイミングで、料理を取りに行っていたチーヤが戻ってくる。
リーエが席にいないことをみて「リーエ? リーエどこ?」と声を張り上げる。
リーエも観念して柱の陰から姿を見せる。「ここだよー」
柱の表にいた子達が固まる。
チーヤが呆れたように嘆息する。「早くこっちいらっしゃい」
リーエは「はーい」と返事をすると、柱の表にいた子達に声をかける。「そんなにおっかないことないんですよ、わたし、えへー」
そしてチーヤの持ってきてくれた食事の席にむかう。
足早に去っていく女生徒達をみて、チーヤがたずねてくる。「お友達か知り合いかなにか?」
リーエが答える。「ううん、違うよ。
私が柱の陰にいることに気づかずに、私の噂話をしていたから、ひとこと、ご挨拶しただけ」
チーヤの表情が軽く引きつる。「それって、いい噂話? それとも、悪口?」
リーエは、んー、とスプーンを咥えながら考える。「他人の言葉って受け止め方次第で、褒め言葉にも悪口にもなるよね。
私としては、賛辞だったかなあ。
なんて、着甲しているから余裕で受け止められるんだけどね」
そういうと、リーエは屈託なくはにかんでみせる。
チーヤは面白くない。「それって結局、悪口いわれてたってことでしょ。
次ぎ、あの子達見かけたら、注意しないと」
リーエは穏やかに首を横に振る。「止めよ、そういうことはさ。
私も返って落ち着けなくなっちゃうかも知れないし、それに」
リーエが食事を口に運んで一旦区切るので、チーヤはたずねる。「それに?」
リーエがもぐもぐを終わらせて飲み込むと答える。「それに、いいたいこといわせ尽くしたら、自然と止むものでしょ、きっと」
チーヤとしては面白くないが、リーエ本人の言葉を前にしてうなずかざるを得ない。
リーエがいつもの愛想笑いを作る。「えへー、着甲時だけだね、こんな余裕をいっていられるのは。
そこは、素直にごめんなさいするよ」
チーヤは憮然とした表情を崩さずにいった。「あなたが謝る必用なんて、何一つないわ」
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