第023話 感想戦

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生



 制圧訓練完了後、作戦に参加した徹攻兵を全員集めて訓練の検討が行われた。

 訓練に参加した軍の高級将校、及び王立女子士官学校の歩兵科の教授陣からもっとも批判の声が多かったのがリーエの戦闘訓練についてだった。

 リーエは、それを全て跳ね返した。

 ある教授はいった。「そもそも、市街戦想定訓練施設は学校の備品でもある。全てのドアを蹴破るというやり方は荒すぎる」

 リーエは答えた。「人質を取られ催涙弾も使えない状態です。

 最短で制圧するには徹攻兵の場合、建設重機同等の膂力を持って侵攻するのが得策となります。

 ドア近傍に適性勢力が潜んでいた場合、そのまま攻撃同様の効果も期待できます。

 訓練時にそれができない者が、実戦時にそれができるとは想定できません。

 それに今回、什器備品にできる限り損害を与えないこと、といった条件は課せられていませんでした。

 従って、なにも問題ないものと思われます」

 一旦区切ってリーエは、こうも付け加えた。

 「修復に当たっては本校の工兵科の生徒も参加させるべきです。

 直接の作業に当たらせれば技術の習得に役立ちますし、作業の監督に当たらせれば、災害復旧時の指揮の演習になります。

 その際、重量物の運搬など重機の活用が必要な場面では、ご許可いただければ私も参加して工兵科と着甲科の連携の演習としたいと思います」

 そこまでいわれて、指摘した教授は「ふむ」と黙ってしまった。

 軍の高級士官からはこんな意見も出た。「他の者がしたように、手足を撃って戦意を喪失させ、そのまま結束して無力化した方が、あとから情報収集を期待できる」

 これに対してリーエはこう答えた。「それでしたら、作戦目標を、適性勢力の情報収集を一とし、適性勢力の無力化を二とする、とすべきです。

 その場合、住民の安全の確保は三となり、住民側に被害が発生することを前提とすることととなります。

 今回課せられた使命は、テロリストの全滅と市民の安全の確保です。

 手足を撃たれただけではパニックに陥った適性勢力が武器を乱射し、住民側を誤射する危険性もあります。

 速やかな無力化のためにヘッドショットを選択しました。

 それに私は、全てのヘッドショットに際し、ヘルメットの同一箇所に二弾ずつ撃ち込みました。

 ヘルメットは小銃弾の貫通を必ずしも阻止しません。

 しかし避弾経始も考慮して二発撃ち込みました。

 実戦では顔面部分を狙うことで、直接脳幹を破壊し確実な無力化を狙います。

 今回は訓練のため、あえてヘルメットにこだわって攻撃を集中させました。

 テロリストから情報収集したいのであれば、やはり住民側に被害が出ることを前提の上で催涙弾などの使用を許可いただきたい。

 また、恐慌に陥ったテロリストが手近な市民を虐殺する可能性も許容される損害として織り込んでいただきたいです。

 今回はヘッドショットにこだわったからこそ、課せられた市民の安全の確保を確実にできたものと考察します」

 この返答に対しては、軍の高級士官も苦笑いしながら「確かにその通りだが、住民側に被害が出ると与論がな」と切り返すばかりだった。

 別の講師から指摘が入った。「被害にあったテロリスト役を支援して、その体を道の端に寄せようとしていたのは市民役だ。

 結局、市民役に損害が出たことにかわりはない」

 この指摘に対してリーエは反論してみせた。「ストックホルム症候群についてはわたしも知っています。

 犯人である銀行強盗の睡眠時に、警察に銃を向けていたのは当初被害者とみられていた住民側です。

 そもそも非対称戦争と呼ばれるゲリラ攻撃に関していえば、服装を持ってして加害者側、被害者側を判定できません。

 行動で判断するしかなく、私は彼がテロリスト役と評価される行動を取ったと判断しました。

 しかし小銃などを携行していなかったことも見逃してはおらず、ヘルメットを着用していない可能性も考慮し、敢えて胸を狙いました。

 担当役の方の被害も最小限と思われますし、実際のテロリストによるゲリラ戦では、今回の私の様な判断が求められるはずです」

 ここでリーエが一度区切ったため、指摘した講師がなにか言おうとしたがリーエはそこにかぶせる。

 「敢えて申し上げれば、マスコミ対策ですね。

 今回の訓練とは直接関係しませんが、マスコミから一方的に、軍が市民を狙撃、などという見出しをつけられてはたまりません。

 もし、徹攻兵が実施した場合はカメラのモニターを通じて映像が録画されている可能性が高く、その映像を素早く編集して、軍の持つ情報公開チャネルに流し、汚名を払拭すべきです。

 そのための体制作りや運用マニュアルなどは整備されているのでしょうか?

 もし、されていないのであれば軍による情報公開運用の整備を進言します」

 こうまでいわれては講師もうなずかざるを得ない。「確かに。

 明日にでも情報公開の運用整備については照会してみようと思う」

 と答えるのが精一杯だった。


 一人の教授がたずねた。「ちなみに、もし君がテロリスト側だったらどんな策を取ったかね?」

 リーエは顎に手を当てて引き、うつむき加減の姿勢のままで話し出す。

 「少し、今、考えながらですけれども、敵性徹攻兵側が攻め込みたくなるような、防護上の弱点をわざと作り、そこに対して機関砲を隠すようにしながら集中配備します。

 徹攻兵を一度やれば伝わると思いますが、装甲の脆化ほど徹攻兵を臆病にさせるものはありません。

 機関砲で三、四箇所も脆化させれば、その小隊の小隊長は当該徹攻兵が一時撤退することを指示する蓋然性が高いです。

 一度罠がばれてしまえば次は避けられる小手先の戦術ですが、装甲服は基本的にオーダーメイド品なので、ストックは一着あれば良い方でしょう。

 脆化した部位の装甲だけでも交換出来ればよいですが、相当後方まで退かざるを得なく、時間稼ぎは可能です」

 これには、その場に集まった軍の士官も含めて、多くの同意が集まった。

 そこから、話題は、どのようにして弱点と見える状況を作り出すかに議論が移り、リーエが難詰されることはなかった。

 

 講師陣の包囲から解放されたリーエが周りの皆を振り返って愛想笑いを作ると、そこにはいつものリーエがいたが、もう、リーエをこれまでと同じ目でみられる生徒はいなかった。

 誰もが、リーエの実力を推し量りきれないことに、心のどこかで警戒心を抱いた。

 

 その警戒心はまるで、慣れ親しんだ原っぱに出たつもりが、奥の森の木陰からこちらをじっと見つめる狼に気がついた少女の気持ちに近かった。

 ただ一人、チーヤだけが満足げに微笑み、胸の装甲の上から、八端十字架の位置にそっと手を当てていた。

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