第021話 手土産
・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生
・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生
・ヴィセ:十八歳、リーエの同室、一年生
いつまでもみなで固まっているのもリスクがあるので、リーエとチーヤ、ファラーとその友達は早々に分かれる。
すると今度は、はす向かいにある日本の玩具メーカーのブースにリーエが駆け寄った。
「嘘でしょ。
シルバーニャファミリーが来てる。
かわいー、かわいー」
この瞬間の、影のないリーエの笑顔をチーヤは見過ごさない。
チーヤは落ちついて、「小さな動物のお人形なのね、好きなの?」とたずねた。
リーエは自分でも気がついていない無垢の笑顔で、ウサギの人形の箱を手に取る。「幼稚園の頃大好きで、たまにおじさんにもらったりしてたの。
日本のものだから手に入りづらかったのかもね。
小さくて、でも、おうち作りとかお部屋作りもできて大好きだった。
大好き過ぎて、幼稚園にも持ち込んでいて」
そこでリーエは話しを区切って、「あ」と天井を見上げる。「ハセもシルバーニャファミリー大好きだったな……。
わすれてた」
チーヤは落ちついてたずねる「お友達?」
「私が幼稚園の年中だった時、年少として入ってきた子。
すごく私になついてくれて、リーエお姉ちゃん、リーエお姉ちゃんって寄ってきて、休み時間のたびに遊んでいたの。
お友達にも、私が紹介してあげないと挨拶できないくらい物怖じした子で。
私が年長に上がる頃、家庭の事情で幼稚園を変わってしまって、それっきり。
ハセには、お姉ちゃんとして優しくしてあげられたんじゃないのかな。
ハセと一緒に遊んだ、大事な思い出がシルバーニャファミリーだったの」
リーエは話しを一旦区切る。
「ふーん、こんなにシリーズでてるんだー。
でも、ウサギやリスが並ぶシリーズに狼の人形は出てこないよね」
チーヤがたずねる。「どうして?」
「えへー、急に、ヴィセにお土産で買っていきたくなってさ、徹攻兵は狼じゃない」
二人、しばらく無言で物色するが、チーヤが「これ」と声を上げる。
チーヤが取り上げたのはハスキー犬をモチーフとしたファミリーセット。
チーヤがリーエに助言する「ハスキー犬なら中型犬としても、狼の印象としても悪く無いんじゃない」
リーエが人差し指を胸の前に立てて同意する。「確かに。
ハスキーなら、大きくなる子は大きくなるし、雪深い私達の国の森のイメージにも合うし」
箱を手にとって、しばらく眺めていたリーエが大きくうなずく。「うん。
チーヤ、ちょっと待っててくれる。
私これ、つつんでもらってくる」
そういって、販売所にリーエが並ぶと、後にチーヤが付いてくる。
「あれ」
チーヤが小さな箱を顔の前に上げてくる。「これ、赤ちゃん忍者トリオ、なんかかわいいなって思って私も買うことにした。
赤が私で、緑がヴィセで、黄色がリーエ」
「えへー、そっかー。
私もね、じつは枕元に、昔買ってもらったウサギを置いてるんだ」
おそろいになるねー、といいながら、レジで精算を済ませ、横のカウンターでラッピングをしてもらう。
帰りの電車の中で、リーエがチーヤにいった。「チーヤ、今日は誘ってくれてありがとうね」
チーヤは、リーエの目の張りをみて、鬱はいつでも忍び込んでくるな、と思った。
それでも、感謝の言葉をもらえたのはありがたかった。
寄宿舎につくと、チーヤはまっすぐ自分の部屋にむかってしまった。
リーエは部屋の扉をノックする。
中から、ヴィセの「どうぞー」という声が聞こえてくる。
リーエは鍵を開けると中に入る。「えへー、ただいまー」
「おかえりー。
楽しかった?」
「うん。
楽しかったよー。
はい、これ、おみやげ」
ヴィセは日の丸の入った紙袋を受け取ると「えー、なにこれー」と上機嫌な声を上げる。
リーエは、少し照れくさそうにしながら「えへー、ヴィセには本当に色々とお世話になっているから、ほんの気持としてなんだけど。
こういうのすきかなあ?」
ヴィセは喜んで紙袋の中から、赤地に緑のモミの木をあしらった包装紙にくるまれた箱を取りだして「開けていい?」と聞く。
「開けて、開けて」
中には、シベリアンハスキーをモチーフにした小さな人形達。
ヴィセの顔に花が咲く。「なにこれー、なんて読むの」
「シルバーニャファミリー、っていってね、日本の子供達が遊ぶお人形なの。
机の上の飾り付けとかにいいかなって思ってさ。
わたしももってるんだよ」
そういうとリーエは、枕元に置いてある、古ぼけたウサギの人形を取り上げて、えへー、と見せてくる。
ヴィセは、箱を開けながら、「ありがとー、かわいいね。
ワンコ?」
「うん、シベリアンハスキーの家族。
ほんとは徹攻兵だから狼がよかったんだけど、一番近かったのがそれだったんだあ」
そっかあ、かわいいね、ほかにはなにかあった、とヴィセとの会話が自然と弾むのが楽しくて、リーエはひととき鬱を忘れることができた。
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