第020話 現代風公女様

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生

・ファラー:十九歳、背の高い一年生



 ゼライヒ女王国の首都、ザキ・ス・ウェンでは、市民の足として路面電車が活用されており、王立女子士官学校の南にある校門を出て西に五百メートルほど進んだところに、王城のある都心方面と校外とを結ぶ路線の駅が一つ来ている。

 リーエとチーヤの二人は、ちょうど入線してきた電車に飛び乗ると、路線を乗り継いで、都心からは少し外れた地区にある、カフィゼツ・ス・ウェン・ラツフソ市場とも呼ばれる広場を訪れた。

 歴史的には、市庁舎前広場だったこの広場は、今では様々な催し事に活用されていた。

 北欧ではクリスマスの伝統はやや薄く、ヨルルと呼ばれる冬至関連の催しが多く行われる。

 また、アドベントに代表されるクリスマスマーケットもない。

 とはいえ、宗教的行事の世俗化が進んでいるのは日本と似ているところもあり、直接の関係はないが、クリスマスマーケットに近い意味合いで屋台などが増え、街が賑わいを見せ始める、そんな時期の嚆矢として日本の大使館がいわゆるジャパニーズカルチャーを広める意味合いで開いたのがこの、ナダーウィッビュ・エムサ日本祭だった。

 

 会場全体を覆うように、日本の、有名アニメキャラクターや、浮世絵、水墨画を印刷した垂れ幕が下げられ、竹や木を多用した棚作りや、照明を提灯型にするなどの雰囲気作りも行われ、ゼライヒ女王国国民には、十分異国情緒を感じさせる構えとなっていた。

 何となく足を踏み入れた二人だったが、チーヤがたこ焼きの屋台を見つけると「食べてみる?」とたずねたが、リーエは申し訳なさそうに「ごめんなさい」と首を横に振った。

 ううん、きにしないでいいよ、とチーヤが返すと、リーエの瞳も周囲を巡り、物珍しさに見開かれた。

 鬱というのは、やっぱり、ただの怠け病ではなく、立派な病気で、こんな楽しげな雰囲気の市場に連れてこられても、チーヤの心の隅にはどこか不安が巣喰い、何ともいわれぬ、ほんとにいいんだろうか、私は今ここにいていいんだろうか、楽しんでいいんだろうか、なにかちがう、なにか怖い、という気分がぬぐいきれない。

 それでも、チーヤがチーヤなりにリーエのことを考えて連れてきてくれたんだという思いやりが嬉しくて、自然と「ありがとう」というと一粒涙をこぼしてしまう。

 チーヤが、驚いてたずねてくる。「どうしたの、どこか調子悪い?

 何でもするから教えて」

 「ちがうの、嬉しいの。

 楽しいの。

 だけど、理由のない不安と恐怖がね、どうしてもじわっと差し込んできて、ちゃんと楽しめてなくて申し訳なくてごめんなさい。

 自分がこの場を楽しんでいいのか怖いの」

 「もう一回聞くけど、どこか体調悪い?」

 「ううん、どこも悪く無い。

 朝ご飯もヴィセのお陰で食べてこられたし、トイレも済ませたし大丈夫。

 それに、凄い雰囲気あるよね、日本って。

 凄い国なんだね」

 チーヤが、言葉を選びながら話す。「ダ・ブロッサムも日本でね、鬱病と闘いながら徹攻兵してるんだって。

 関係ないけどさ、何かつながり有るかと思ったんだ」

 

 二人は何となくふらふら見渡していると、記念写真コーナーを見つけた。

 日本のキモノを貸してくれて、着付けてくれて、記念写真を撮ってくれるコーナーだ。

 チーヤがじっと見つめる「これさ、やりたくない?」

 リーエも目を開く「やりたい、けど、いいのかな」

 「いいに決まってるじゃん、やろう、やろう」とチーヤがリーエの手を引っ張る形で、お店に入っていく。

 お店の人に、キモノの柄を直接見せられると、リーエが、地味に地味に色味を選んでいくので、チーヤが割り込んで「済みません、この子にはこのキモノを着させてあげてください」と強引に選んでしまった。

 鴇色より淡いピンクに、赤いバラが配置されたキモノに、淡い紫の帯を選ぶ。

 チーヤは、今日着てきたオレンジのダウンに近い色の地の色に、白っぽい牡丹の花が配置されたキモノに萌葱色の帯を選ぶ。

 お店も慣れたもので、日本風に小さく紅を引いたメイクを整えると、傘をひろがせて持たせたり畳んで持たせたり、扇子を持たせたりひろがせて構えさせたりといくつものポーズを写真に収める。

 メイクを簡単に落として着替えなおすと、写真選びに入る。

 写真を買う枚数とサイズで値段が変わる仕組みになっており、どうしても二人、枚数も大きさも欲しくなる。結局二人で百ユーロずつ出し合い、サイズ違いの十枚を選ぶことにした。


 「ふわー、帰ってもう一回眺めるの楽しみー」

 「チーヤ、ありがとう。

 病院学校で、こういうのほんとに憧れてたんだ」とリーエが優しく微笑む。

 チーヤが前の天井を向いて何気なく答える「思い出が一つ増えたねー。

 一つ一つ頑張っていって、思い出を作ろうねー」

 そうだねー、と返事したリーエが知人を見つける。「ファラー。

 ファラーじゃない、こんなところでどうしたの」

 チーヤが見つけたファラーは王子様ではなくお姫様だった。

 ピンクがかった姫カットのウィッグ。

 ピンクにも近い薄紫を基調にしたフリルとリボンで彩られたドレスに、供地のヘッドドレス。膝丈のパニエでふっくらと膨らんだスカートは、ウエストから裾にむかって無数にレースが並んでいる。

 タイツは、右足が横縞、左足がダイヤ柄になっていて、黒い厚底の靴できりりと引き締める。

 ただ、もともと百七十九センチあるファラーは更に大柄になってしまっており、人混みの中でも少し目立っていた。

 ドレスの色に合わせたチークも引いて、アイシャドーも入れてつけまつげもしており、どこからどう見ても十八世紀と現代を掛け合わせたお姫様の姿だった。

 ファラーは、しっかりとリーエと目を見つめ合うと、しれっと「人違いではないですか」と答えてきた。

 ファラーには困ったことに、リーエは勢いよく右手を左右にぶんぶんと振ると、「だって、ファラーでしょ」と念を押してくる。

 ファラーが困って、どう切り抜けようかと考えていた瞬間に、追いついてきたロリータ仲間に「ファラー、どうしたの? お友達?」と声をかけられてしまう。

 これで、ファラーも観念した。

 リーエもチーヤも、きれいに着飾ったファラーの困惑が理解出来ず人混みの中立ち止まってしまう。

 とりあえずファラーの友達も含めた四人、通路の端の方に移動すると、ファラーが両手を合わせて高い頭を低くしてくる。「二人とも、今日のことはみなかったことにして全部忘れて」

 それを聞いてファラーの友達は、事態を理解して笑う。

 リーエはまだわからず「どういうこと」と具体的にたずねてしまう。

 ファラーはいいづらそうに語り出した。「私、学校では王子様キャラで通っているでしょ。

 でも、中学の頃から日本のロリータファッションに憧れていたの。

 ロリータファッションは日本発祥でね、デザイナーもほとんど日本にしかいないの。

 日本人は私達より小柄でしょ?

 でも今日は、日本のmomoiroハウスのフィッターが、長身の私達向けに採寸に来てくれている日なの。

 このチャンスを逃すと、自分のサイズにあったロリータファッションが手に入らなくて」

 リーエが重ねてたずねる。「ファラーにそんな趣味があったんだ。

 でも、そしたら学校でもみんなに伝えればいいじゃない」

 ファラーは、困ったようにはにかんでしまう。「学校ではさ、学校での期待された役割があるから、私はそれに向き合おうと思ってて。

 でも、本気の好きのこのチャンスは絶対に外せなくて。

 だからお願い、学校では絶対に黙ってて」

 チーヤが口を挟む。「安心してファラー、リーエには私からもお願いするからこれはこの場だけの思い出にしましょ。

 でもあなた、でかすぎて他の子からも見つかるかも知れないわよ」

 ファラーが笑う。「でも、このシューズも含めて私のベストコーデなの。

 この格好でこの子とお店周りできて楽しいわ」と友人を示しながら答えてくる。

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