第二章 生活
第019話 ナーダンの市場
・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生
・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生
・ヴィセ:十九歳、リーエの同室、一年生
二〇二五年十一月、最後の金曜日の二十八日、寝る前になってチーヤは、翌日の非番にリーエを校外に連れ出すことを思いついた。
路面電車で三十分離れた場所にあるイベントスペースの広場で、とある催しが行われることを思い出したのだ。
そこに連れて行けば、きっとリーエの気分転換になる、そう確信していた。
そうなると、リーエの朝食の支援をしているヴィセとのタイミングの調整もでてくる、モバイルでやり取りするのではなく、何となく直接話した方が早い気がして、シャワーを浴びて髪も乾かして早々に、二一六号室の扉をノックし「今晩わー」と入り込んでしまう。
鍵をかけていなかったリーエとヴィセも不注意ではあったのだが、ちょうどヴィセがリーエに下着を履かせているところで、チーヤは目を丸くする。「あ、あなた達、なにしてるの」
リーエは平然と「えへー、ごめーん」といってくるが、ヴィセは慌てて両手を振る。「違うんです。
これは違うんです」
「違わないでしょ、女二人で下着の上げ下げなんて」
取りあえず夜中。
三人落ちついて話す。
ヴィセはチーヤを談話用のテーブルに座らせる。
リーエが非着甲時はやっぱり鬱でやる気が出ないこと。
夜の寝支度はリーエとヴィセの習慣になってしまっていることをチーヤに説明する。
するとチーヤがむきになる。「そういうことなら、姉として私がやってあげてもいいんじゃないかしら」
ヴィセが驚く。「毎晩ですよ」
チーヤが不思議そうにたずね返す。「毎晩よ」
「訓練が無い日とか、タイミング違いますよ」
「それくらい、SNSで教えてくれたら駆けつけるわよ」
ヴィセはしばし考えてしまう。
私は一体今まで何をしてきたのだろう。
そしてこの人は何でそこまでリーエにしてあげようとするんだろう。
そしてヴィセの考えは、シュヴェスターという言葉にたどりつく。
そっか、シュヴェスターってそういうこともしてあげるんだ。
それがきっと、シュヴェスターなんだ。
ヴィセは納得した表情で「わかりました、これからはチーヤさんにお願いします」
チーヤは得意げに「リーエのことは何でも任せて。
何でもするんだから」と胸を張る。
リーエがさすがに、いそいそと着替えている間に、ヴィセがたずねる「そういえば、何しに来られたんです」
「ああそうだ、最初の用件を忘れちゃってた。
夜遅くの訪問、二人ともごめんね。
明日の非番、リーエはなにか予定あるの?」
リーエはベッドの上に腰掛けると「えへー、特にありませんので、また、鬱と戦ってごろごろしているかと」
チーヤは、胸の前で両手を合わせて話し出す。「そうでしょ。
予定が無いなら入れたらいいのよ。
あした、連れて行きたいところがあるから、つきあってくれない」
リーエはベッドの上に倒れ込んでしまう。「いいですけど、私を連れ出しても疲れるだけですよー」
「それでも、取りあえず朝食が終わったら私服に着替えていてね。
いや、私服に着替えさせにくるからね」
「わかりましたー」
リーエの気の抜けた返事を聞き届けるとチーヤは、ヴィセに「リーエの朝ご飯の対応、いつもありがとう。
お休みなさい」
と声をかけて引き上げていった。
リーエとヴィセの毎朝の習慣はこうだ。
朝起きて、一旦制服に着替えて着甲室にむかう。
着甲室でヴィセの支援を受けながら、リーエだけ着甲する。
着甲室の外に出ると、水道に繋げたホースでヘルメットをぬらさないように全身を洗う。
とはいっても装甲服も、そこまで埃まみれというわけでもない。
一通り流したら余計な水分をタオルで拭き取る。
そこまで済ませたら二人で食堂に行き食事を取る。
少し、お腹を休ませたらまた着甲室に戻って装甲服を脱ぎ、制服に着替える。
この時は着甲時強化現象の余韻が残っているのか、リーエ一人でさっさと制服に着替えることができる。
そこまで済ませたら自分たちの部屋に戻る。
この、いちいち制服に着替えなおすくり返しが面倒だが、他科の生徒の手前、規律はきちんと守ってますよ-、という体裁を整えるためにも必用な儀式だ。
リーエは、ヴィセみたいなお世話好きな人と同室になれて助かったなあ。
なにか気持だけでもお礼がしたいけど、何がいいだろう。
と漠然と考えていた。
そんなときに部屋の扉がノックされる。
ヴィセが「どうぞー」と声を上げると、チーヤが「失礼しまーす」と入ってきた。
すでに私服に着替えており、大きなひまわりがプリントされたパンツの上に、オレンジのダウンのコートを羽織り、髪の色とトーンを合わせた茶色いロシア帽の下は、明るい緑のマフラーで飾っている。
そして「リーエ、お借りしますねー」と声をかけてくる。
ヴィセが「どーぞどーぞ」と微笑むと、リーエが笑いながら「えへー、お借りもなにも、そもそも私、チーヤのシュベスターだよ」と笑う。
チーヤが調子を上げるように「さあリーエ、かわいい格好して出かけるよ」と声をかけると、リーエがちょっとへの字口になって返事をしてくる。「えへー、かわいい格好なんて、ないんです」
「えー、ちょっとクローゼット開けさせてもらってもいい」
「どーぞ、どーぞ」
チーヤがリーエのクローゼットを開けると、紺と黒と暗灰色のダウンのコートしかなく、ボトムも、暗灰色とかモスグリーンとか黒のダウンのパンツぐらいしか、選びようがなかった。マフラーも、黒と暗灰色のが一本ずつ。ニット帽も、黒と紺のものが一つずつで終わりだった。
今度はチーヤの口がへの字口になる。「汚れが目立たない基準で選んでるでしょ」
「えへー。あたりです」
チーヤは、上下の灰色のトーンが違うことに目をつけて取り出す。「これと、これ。
そしてリーエの灰色のマフラー借りていい? リーエはせめて差し色に私のこのマフラーを使って」
「わかりましたー」とリーエは答えると、いそいそと着替えを始める。
チーヤが「クロイツは着けてくれているよね?」とたずねると、リーエは「もちろん」と微笑み返す。
チーヤが差し出してきた黒のニット帽をリーエが被る。
支度が終わると、半ばチーヤがリーエの手を引くようにして「いってきまーす」と部屋を出て行く。
ヴィセが「どこに行くんです」と聞くと、チーヤが答える。「カフィゼツ・ス・ウェンの広場に
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