第017話 ダ・ブロッサム

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生

・ヴィセ:十八歳、リーエの同室、一年生

・セテー:二十二歳、風紀委員長、最優秀生徒の四年生



 三日後、チーヤはクピューファ教官より資料ファイル付きのメールを受け取った。

 添付ファイルにはフランス政府、ドイツ政府を通じて、各国に鬱病を持つ徹攻兵がいないかどうかの照会に関する回答が記されていた。

 内容はごく薄いものでページにして二枚。

 書類としての形式の表現を除けば情報はごく浅いものだった。

  ・日本に、コードネーム「ダ・ブロッサム」と呼ばれる徹攻兵がいること。

  ・「ダ・ブロッサム」は日本の徹攻兵開発の黎明期から参加しているメンバーであること。

  ・「ダ・ブロッサム」は徹攻兵開発の中期から鬱病の症状を発症したこと。

  ・「ダ・ブロッサム」は鬱病の症状もあり社会的地位は低いこと。

  ・一方で「ダ・ブロッサム」は徹攻兵としては非常に高い能力を示し、世界でも、最高峰の地位にあること。

  ・「ダ・ブロッサム」自身、複数の社会的ハンディを抱えており、高い能力を示しているのは、他のメンバーとの比較から類推しても、そのハンディがもたらしている可能性が指摘されていること。

  ・「ダ・ブロッサム」は、着甲時には鬱の症状がほとんど現れず、徹攻兵として問題なく稼働し、むしろ周囲を牽引する立場にあること。

  ・「ダ・ブロッサム」は現在、世界中で唯一の黒色光条の使い手であること。

と、ここまでだった。

 チーヤはクピューファ教官に、この情報をどこまで開示してよいか確認すると、着甲科の範囲内であれば問題ないが、できる限り最小限の開示範囲ですむように独自に判断することが求められた。

 

 数日後、リーエとヴィセが寄宿舎の自室にいる時間の調整をつけて、セテーをともないチーヤが訪れてきた。

 ヴィセは、モバイルで連絡を取り合っていたリーエから、チーヤがセテーを連れてくると聞いて大急ぎになった。

 ベッドの皺を伸ばし、張り詰めさせた。

 もたもたしているリーエを責めることなく、リーエのベッドの皺も伸ばした。

 勉強机の上も片付けて、普段から整理整頓されている風を装った。

 何しろ、風紀委員長様である。

 学籍トップで着甲科の出力もトップクラスのエリートである。

 正直ヴィセには荷が重く

 

 チーヤさん、なんて人を呼び込むのよー。

 

 と大弱りだった。

 リーエはそんな大忙しのヴィセをみて、自分もなにかをしなければならないと思いもしたのだが、ヴィセから「リーエは大人しくしてて」といわれて、コテン、とヴィセの整えてくれたベッドの上に座った形で横になっていた。

 やがて部屋の扉がノックされると、ヴィセは「どうぞ」と明るい声で招き入れる。

 装甲服のヘルメットがないセテーの面立ちは、かぎ鼻で、薄紫の瞳の眉間が立っていて、暗い茶色の髪の色立ちも手伝って厳めしい雰囲気があり、口性のない後輩からは「魔女」とささやかれることもある。

 本人は厳格な性格で、自分にも周囲にも規律を求めるところがある。

 ヴィセは、セテーとチーヤを談話テーブルに通しながら「なにか飲み物でも」と声をかけた。

 しかしセテーから「いえ、私はチーヤにリーエに関する重要な話しがある、と聞かされてここに来ただけだから、気にしないで」と断られてしまい「はい、承知しました」と返事をしてしまう。

 談話テーブルの椅子に二人を通すと、ヴィセは自然と学習机の椅子に腰掛け、それを見てリーエも、ベッドの上から学習机の椅子に移る。

 そこまで準備が揃うと、チーヤが持参してきたノートパソコンを広げて話し始める。「さて、皆さん。

 お集まりいただきありがとうございます。

 今日は、鬱病と徹攻兵の関係について他国の情報が入りましたので、その報告と相談がありお集まりいただきました」

 そう、話し始めるとチーヤは、順を追って話し始めた。

 クピューファ教官を通じて、各国に鬱病を持った徹攻兵がいないか照会したこと。

 その結果、フランス政府、ドイツ政府を通じて、日本に、コードネーム=ダ・ブロッサムと呼ばれる徹攻兵がいることを突き止めたこと。

 ダ・ブロッサム自身、鬱病の影響もあり社会的地位は低いが、徹攻兵としてはむしろ周囲の牽引役を務めていること。

 チーヤは、ここを強調して主張した「そして何より、ダ・ブロッサム自身、着甲時には鬱の症状がほとんど認められていないという特徴があります。

 先日の着甲訓練のさい、リーエがお腹がすいたといっていました。

 ここから、一度風紀委員にはリーエに関してのみ特別に、着甲しての食堂の利用の許可を検討いただきたいのです」

 ヴィセもそれを聞いて驚いたし、セテーもどうして自分が呼ばれたか得心した表情を作った。

 セテー自身、腕を組んで宙に目を向け「ああー」と声を漏らすしかなかった。

 リーエは、すこしとろんとした目で、チーヤは何でそこまで考えてくれるんだろうなあ、と思っていた。

 

 セテーが右手を挙げて「ちょっと、ちょっと考えさせて」といってくる。

 リーエもチーヤもヴィセも、緊張した雰囲気でセテーを見つめてしまう。

 それに気づいたセテーは、はにかみながら「そんなに三人から見つめられると考えづらいわ」と答えた。

 そこで三人、三様に目をそらす。

 セテーが、目線を下に向けながら「うん」と一つうなずいてみせる。

 そして話し始める。「結論からいいます。

 認められるように風位委員会にかけることにします。

 皆さんは風紀委員会の結論をまってて」

 それを聞いて一番喜んだのはチーヤだった。「ありがとうございます。

 なにとぞよろしくお願いします」

 チーヤの表情が、花が咲いたようにほころぶ。

 セテーが、語り始める。「巨大な官僚組織であり、強い武力も持つ軍隊の一員として、そしてその軍隊に所属する学生として、軍服に準ずる制服を乱れることなく着用するのは、練度の高さを示す意味でも極めて重要です。

 その点でリーエには、ネクタイの結び方も含めてこれからも規律のある服装をまもってもらうわ。

 一方で兵士の健康管理というのも軍隊には重要な任務です。

 この点で鬱病の兵士なんてものは存在しないしリーエが極めて特別な状態にあることは、校内でも、それなりに話題になっています。

 正直、作業服に相当する装甲服を着甲したままの食事というのは、いささか行儀の悪い面もあるけれども、それでリーエの健康問題が解決するなら試してみる価値がある、と私は判断したわ。

 ただ、校内には、いろんな考えの人もいるの。

 着甲科をおもしろく思っていない人も一人や二人ではないわ。

 ただでさえ、なんで着甲科だけ朝の礼拝をしないの、と思っている子もいる中で、太古の神々につながる食堂に装甲服を持ち込むというのはね、私が他科の兵科だったらはっきり反対意見をいうかも知れないわ」

 それを聞くとチーヤもヴィセも苦笑いで引いてしまう。

 確かに、セテーの性格を考えるとあり得ることだった。

 そこまでいうと、セテーはチーヤにほほえみかける。「さて、チーヤ。

 私も手伝うから、着甲科の現在の訓練状況と、リーエの示す出力の高さ、先導役としての役割、そしてBMI値などによる健康状態の危険性を論文にまとめましょう」

 チーヤが驚く。「私が、ですか」

 セテーは涼しい顔でいう。「そう、今後の練習にもなるし、風紀委員会でも発表してもらいます」

 チーヤはまた同じ返事をしてしまう。「私が、ですか」

 セテーは涼しい顔を崩さない。「そう。

 だって私に特に相談もなく、クピューファ教官を通じて資料を取り寄せたのはあなたじゃない。

 ダ・ブロッサムについてもあなたが説明するのが適任だわ」

 セテーは、ちょっと冷たく、魔女としての表情を作ってみせる。

 チーヤは、椅子から立ちあがって敬礼すると「拝命しました」と答えてみせたが、内心では、やっちゃったー、と後悔していた。

 

 リーエは、ここまでを真剣に聞き、そして「皆さん、私のために色々とありがとうございます」と頭を下げる。

 それをみてセテーは薄く笑い「リーエ、お礼は本当に着甲してみて、食事が取れるか確かめてからにして」と答えてきた。

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