第016話 食欲

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生

・ヴィセ:十八歳、リーエの同室、一年生

・セテー:二十二歳、風紀委員長、最優秀生徒の四年生

・ファラー:十九歳、背の高い一年生



 その日の着甲訓練で、フェイスマスクを上げたままのファラーと目が合うと、ファラーが右手の人差し指と中指をたてて振ってくる。

 リーエは敬礼で返礼してしまうが、ああいう王子様らしい仕草も、あの人気の要因なんだろうな、と思った。

 

 着甲しての訓練は、地味なものだった。

 毎日、飛んでは走ってのくり返し。

 体力は使わないように、といわれているし、使うだけの体力なんてリーエは持ち合わせていない。

 しかし自分が一番高く飛べて、自分が一番早く走れる。

 訓練していると時々、息を切らす生徒が出てくる。

 すると連絡室より指摘が入る。

 

 アトリウムの四階、校内を広く見渡せる南西の一角に、徹攻兵の連絡室があり、皆の連携役となるカフィソことファーゼツカフィソ・フェーツチキと、指導教官であるクピューファ教官ことフィツレンソタフゥソ・クピューファがいる。

 二人とも、非徹攻兵で、歩兵科を主教科としている。

 教官役を徹攻兵が担っていないのは、出力のある程度上がった徹攻兵がフランスに取られてしまうのと、ゼライヒ女王国全軍としては、徹攻兵を歩兵科の補助戦力として期待していることがある。

 

 二〇二二年にアメリカをはじめとする徹攻兵保有国が、ASー01とASー02の公開に踏み切った。しかしASー03の壁は高く、適応者は少ない。

 また、ASー03に適応できる顕現者も出力を上げることには苦労しており、ラインメタルを中心とした高速高圧砲の単独運用には若干の難がある。

 その上、そういった高世代の徹攻兵ほどフランスは欲しがり、独仏の独特の歴史の中に組み込まれた小国という立場のゼライヒ女王国としては、フランス軍に恩を売っておくことで、隣国、特にロシアとの関係性のバランスを計っている。

 そういった経緯の中で歩兵科が監督役をしているのだが、着甲科の中にはこれを面白くなく思っているものもいる。

 なにも、好きこのんで息を切らしているわけではない。

 なのに「ヴィセ、呼吸が乱れているようですよ」などと通信されると「はい、わかってます」という返事も、憮然としたものとなる。

 これが、珍しく四年生で風紀委員長も務めるセテーが「セテー、呼吸が乱れています」とカフィソから指摘されて、セテーは、いささか強い口調で「わかってます」と跳ね返した。

 これまで、全徹攻生徒の教導役だったセテーが指摘を受けたことで、全員、ぴん、と張り詰めたものを感じる。

 中でも、寄り添って訓練をしていたリーエにはたまらない。

 

 ひえー、ちょっと止めてよ。

 

 と思いながら高度九メートル超の高さから着地する。

 息を整えるためにセテーが腰に手を当ててじっとしているので、リーエは、直立不動の姿勢で、次のセテーのタイミングを待つ。

 すると息苦しさからフェイスマスクを上げたセテーがリーエに話しかけてきた。「あなたは、息は上がってないわよね」

 リーエも、マナーかな、とも思い、フェイスマスクを慌ててあげて返事する。「はい、そもそも、息が上がるほど体力もないもので」

 セテーは、着甲していても細いリーエを眺めながら薄く笑う。「細いものね、食事はできているの」

 「えへー。

 実はあまりできていません。

 食欲、湧かないんですよ。

 あ、でも」

 「でも?」

 リーエは人差し指を顎に当てながらセテーの問いかけに答える。「何ででしょうね、着甲中はお腹がすくんです」

 セテーが重ねて問う。「なにか、軽食でも食べる?」

 「いえ、訓練中ですし。

 それに、装甲服を脱ぐと、鬱が戻ってきて食欲がなくなるので」と苦笑いして答えた。

 

 悪い人じゃないんだよなー。

 

 と、リーエは緊張しながらセテーの思いやりを受け止めていた。

 そしてチーヤは、この会話を聞き逃さなかった。

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