第015話 女学園の王子様

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・ヴィセ:十八歳、リーエの同室、一年生

・ファラー:十九歳、身長の高い一年生



 木曜日。

 規定通り七時半に起床したリーエは、ヴィセに、木曜日は午前中の講義がないことを告げられた。

 抗鬱剤をのむと少し考える。

 「ヴィセ、わたし気分転換に、少し校内を散歩してきたい」

 ヴィセは快く返事をしてくれる「いいよ、案内するね」

 リーエは首を横に振る「えへー、ありがとう。

 でも、一人で校内を歩けるように、探検してみたいの」

 ヴィセは、斜め上を向いて少し考えたが「いいよ、食事の前に帰って来たら一緒に食堂に、お昼までかかるようなら、十二時に食堂の前で待ち合わせしよう。

 モバイルは持って出てね」

 リーエは笑顔で返す。「うん、ありがとう」

 そういうと、リーエは部屋をあとにする。

 校内の東寄りに建てられた寄宿舎は、屋根付きの回廊で教会の前を通り、アトリウムとつながっている。

 広い意味での校舎を構成するアトリウムは円形の建物としてつくられており、四階建てで、中央部が屋根まで吹き抜けになっている。

 各フロアは円形の吹き抜けに向かったテラスのような通路で囲まれており、事務室や用務員室など、各種施設が配置されている。

 アトリウムの一階の一部はラウンジ代わりになっており、待ち合わせの人が掛けられるようにいくつかの形の椅子が配置されている。

 アトリウムを支える円形の柱には彫刻が施され、同じ様式でアトリウム東手の教会、アトリウム西手の聖堂へとつづく緩くカーブした通路の柱も形作られている。

 これが、ややこしい。

 なんだか通路を歩いているうちに、自分が教会に向かっているのか、聖堂に向かっているのか混乱してくる。

 基本的には明かり取りの窓が南向きに向いているので、窓が右手にあれば自分は東向きに進んでおり、逆に窓が左手にあれば、自分は西向きに進んでいることになる。

 リーエは取りあえずアトリウムの前に立つと、少し考えた。

 アトリウムの北側、食堂の前から左右に延びる通路は、一階部分は教会と聖堂につながっているが、二階部分はどうなっているんだろう。

 アトリウムの左右には、円形の通路に沿った形の階段が延びている。

 リーエは何となく、先日チーヤが聖堂で捧げた祈りを格好良く感じて、アトリウムの左の階段を上るとそのまま、左手の通路に進んでみた。

 左側にある大きな硝子窓からの明かりで爽やかな感じはしたが、右側には講義室の扉が並ぶばかりで、聖堂の位置は行き止まりだった。

 なるほど、そうなっているのか、と思い、今度は引き返して、通路を東側に、教会の方向に歩いて行った。

 相変わらず柱の彫刻は同じで、自分がどこを歩いているのかを迷わせるようだったが、今度は右側に位置する大きな硝子窓が自分の向きを教えてくれた。

 そして東側の通路の先も、二階は行き止まりになっていた。

 ここでもリーエは、なるほど、と思っていると、柱の向こうに人影を感じて、つい、思わず柱の陰に身を寄せてしまった。

 すると「ファラーチフェ様、ご迷惑でなければこの手紙、受け取ってください」という言葉が聞こえ、そして一人の生徒が足早に去っていくところをみてしまった。


 えーっと、ここ、女子校だよね。

 手紙ってなにかの事務連絡だよね、きっと。

 

 と思い、柱の陰からそっと覗くと、手紙の受取人に見つかってしまう。。

 とっさに見た手紙は、縁に赤いハートマークのシールがちりばめられていた。

 そして間の悪いことに見上げた目線で、手紙の受取人としっかりと目があってしまう。

 手紙の受取人は「あれ、リーエ」と声をかけてきた。

 リーエには見覚えがなく「えへー、あのー、はい、リーエです。

 リーエですがどちら様でしたでしょうか」

 「ファラーだよ。

 ファラーチフェ・ファヒピンバー。

 徹攻兵の訓練で、何回か一緒になったじゃん」

 やだなあ、と肘で軽くこづいてくる。

 そういわれてみれば、ヘルメットのフロントマスクを上げた時に何回か見た顔だった気もしてくる。

 ファラーは背が高く、栗色の髪は短く、眉は細く、瞳は切れ長で鼻筋が通っており、中性的な、やや男性的な顔立ちをしていた。

 身長は百八十二センチあり、百七十三センチのリーエは見下ろされてしまう。

 取りあえずこの場を取り繕わないといけないと思ったが、気の利いた言葉が出てこない。「あのー、お取り込み中の所を大変失礼しました」

 ファラーは、伸ばした右手の人差し指と中指で、受け取ったばかりのラブレターをたててみせると、照れくさそうに笑った。「これのこと?

  私、中高と女子校だったんだけど、高校の時からこういうの時々もらってさ」

 リーエが自然と柱を背中にすると、ファラーは、ラブレターを挟んだ右腕をリーエの頭の上の位置に寄せてくる。

 ファラーの左手は、自然とジャケットのポケットにしまわれていて、ちょうど、ファラーの頭が太陽を隠し、リーエの顔に日陰が落ちる。

 

 なんか、口説かれちゃうの私。

 

 ファラーが口を開く。「ところで、どうしてこんな人気のないところに来たの?」

 リーエは、左手でくるんだ右手を胸の前に寄せると「えへー、あの、校内探検をしてまして」

 「校内探検?」

 「まだ、ここの校舎のこと、わかっていないことばかりだからどこに何があるのか少しずつ覚えていこうと」

 ファラーが納得して微笑む。「ああ、なるほど、そういうことだったら、私が案内しようか?」

 リーエは首を横に振る。「えへー、あの、それは大丈夫です。

 それより私、なんだか口説かれちゃっています?」

 それを聞いて、ファラーはぱっと後に飛び退く。「ごめんごめん。

 高校の頃からこんな手紙ばっかり受け取っちゃってるとさ、つい、こんなポーズ取っちゃって。

 悪気はなかったんだ。

 それより、ほんとに一人で大丈夫?」

 リーエは微笑み返す。「ええ、一人で回れるようにならないといけないので」

 そっか、と言い残すと、ファラーも足早に去っていった。

 リーエは、一人での探索のはずが、なんだか疲れる結果になったことに驚いた。

 

 今までとは、違う世界に来ちゃったんだなあ。

 

 患者着を着て倒れ込むだけだった病院学校での生活を思い出しながら、リーエはそう思った。

 

 アトリウムとその北の校舎、そして西の聖堂と東の教会の構造がわかれば、校舎自体の構造はそれほど複雑なものではなかった。

 リーエはお昼までに校内の散策を終えると、ヴィセと食堂で落ち合い、一番量の少ないサンドイッチを頼んだ。

 ヴィセにつきあって半口だけは食べたが、その、ほとんどを残してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る