第012話 最優秀生徒
・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生
・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生
・ヴィセ:十八歳、リーエの同室、一年生
・セテー:二十二歳、風紀委員長、最優秀生徒の四年生
十一月のゼライヒ女王国は十六時には日が完全に落ちる。
徹攻兵達の訓練の、本番の時間となる。
幸いなことに王立女子士官学校は周囲を三メートルを超える壁で覆われており、不意の侵入に社を防ぐため、高圧電流を流した有刺鉄線で覆ってある。
王都の証券街、オフィス街からは離れた位置にある王立女子士官学校を直接カメラで狙う距離に高層建築はなく、情報漏洩の心配は少ない。
とはいえ、跳躍高度の訓練はある程度の高さにまで上がるため、校庭の西北にある市街地戦を想定した建物群の中で行われる。
リーエの着甲は、ヴィセが手伝ってくれた。
着ているのものを脱いでいくと、紙おむつを手渡されたのでたずねた。「これ、何です」
ヴィセが当たり前のように答える。「おしめ」
「なんでおしめ」
ヴィセが、ああそうか、と気がつき笑いながら答える。「だって一度着甲したら簡単には脱げないでしょ。
徹攻兵が紙おむつを着けるのは、もう決まりみたいなものなのよ」
はー、なるほどー、とリーエも感心してみせる。
こういう一つ一つが、これまでの病院学校生活と違うところなのだなー、と、妙なところで感心してしまう。
ところで、アンダーアーマーだけでも重いのに、足下から着甲していくと、重さが膝にくる。
ほんの少しふらついてしまい、ヴィセに「大丈夫?」とたずねられるが「大丈夫です」と答える。
胸のアーマーをつけ、肩のアーマーをつける頃には、足の力を踏ん張っていないと立っていられないのだが、ヘルメットをつけると急に軽くなる。
リーエはほっとして「ふいー、身軽になったー」と声を上げてしまう。
ヴィセも答えてくる。「着甲時強化現象は、全ての装甲服を身につけることで発動するからね。
一度発動してしまえば、リーエでも軽々動けるでしょ」
リーエもはきはき答える。「はい。
がんばります。
でもこれ、ほんとどういう仕組みになっているんですか」
ヴィセも困ったように答える。
「それがね、わからないのよ。
各国の研究機関が、それこそ必死になって原因を研究しているんだけど、わかっているのは、
・特定の誕生日に生まれた人が着甲した時に顕現する可能性があること。
・郷土愛を強く持つ人に現れやすいこと。
・新興宗教など特定の正義感に耽溺しない人に現れやすいこと。
・装甲服には世代があって、世代を上げるごとに飛躍的に能力を上げること。
くらいしかわかっていないみたい。
みんなは、星辰に選ばれた、といっているわ。
さて、市街戦訓練地域に行きましょう」
校舎の東側に建てられた寄宿舎脇に用意された着甲室を出ると、厳めしい鎧を着た二十名近い徹攻兵が、装甲版のふれあう音を響かせながら、教会の前、アトリウムの前、聖堂の後を抜けて校舎の西側に建てられた市街戦想定訓練施設に到着する。
非対称戦争が想定される昨今を反映してか、市街戦想定地域はかなり広い、スラム街を想定したようなバラックが並ぶ地域から、オフィス街を想定したような十数階建てのビルが建ち並ぶ地域まで用意されている。
ヴィセが聞いてくる。「どう、気分は、すっきりしてる」
リーエが答える「はい、こー、もやが晴れてすっきりした気分で。
いつもこうだといいんですけれど」
徹攻兵同士の通信は、ヘルメットを介して行われる。
中層ビル群を想定し、外からは徹攻兵の活動がうかがい知れない地区の交差点部分にさしかかると、一人の徹攻兵が話し始める。
「さて、今日の訓練を開始しましょうか。
まずは新人さんの出力から確認させて欲しいわね」
リーエが自分のことだと理解して答える「はい、えーとあの、なにさんですか」
そうたずねられて答える「ああ、自己紹介が遅れたわね、セテーフェ・ギンフター。
愛称はセテーと呼んで。
四年生で風紀委員長をやっています」
チーヤが、リーエに個別回線で話しかけてくる「風紀委員長っていうのは、この学校の生徒会長だと思って」
セテーが続ける「ファゾツリーエ・ヴツレムサーさん。
ええと、愛称はリーエでいいかしら」
リーエがかしこまって答える「はい、皆さんからそう呼ばれています」
セテーは、厳しい声を崩さない「リーエの能力の高さは国防省からも連絡を受けてます。
まずは、早速だけど、跳躍してみてもらえる」
「はい」と答えたリーエの声は緊張していた。
跳躍よりも、着地の方が気を使うのよね。
そう思いながら皆の前で飛び上がってみせる。
一年生の跳躍ということで気を抜いていたものもいたが、その高さに圧倒される。
そして、着地。
セテーがたずねる。「記録係、今の彼女の跳躍高度は」
記録係、と声を掛けられたカフィソが答える「九・四メートル。
一年生の一学期にしてASー01の慣熟間近……。
私も、機械が故障したと思いたいわ」
セテーが呟く「こんな子、いるのね」
リーエがたずねる「どんなものでしょうか」
セテーが答える。「どんなものかというか、参りました、という感じ。
いままでは、私の八・五メートルが一番高かったんだけど、軽く上回れちゃったわね。
すでに聞いていたらごめんなさいね。
徹攻兵の訓練は、ある程度自分より高い能力のある人の動作を見学しながら、自分でも動作を繰り返して、一センチ一センチ、一秒、一秒能力を上げていくものなの。
ASー01の跳躍力の限界は十メートル。
これからリーエには、十メートルの限界をめざしてもらうとともに、みんなのお手本となってもらうことになるわね」
リーエは顔を赤らめる。「それはちょっと」
セテーは厳しく聞いてくる「ちょっと、なに?」
リーエは恥ずかしそうにこたえる「お手本というのはその、私には荷が重いといいますか、私が皆さんから教わる方かと思いまして」
チーヤからリーエにまた、個別通信が入る。「リーエ、ここは聞き入れておいて」
セテーはそれを知らずに続けてくる。「だってあなたが一番の出力なんだから、あなたがお手本でしょう。
わたしも、これからはあなたを見習って出力を上げていくわ。
できる役割は、しっかりとやってください」
リーエはおとなしく「はい、わかりました」と答えた。
チーヤからまた個別通信が入る。「セテーはね、アデル・ヴァイス勲章を狙っているのよ。
だからこの時期にあなたに出力を抜かれたことで、ちょっと冷静じゃいられないわけ」
リーエは訳もわからずたずねてしまう「これ、個別通信のままですよね」
「そうよ」
「アデル・ヴァイス勲章ってなんですか」
チーヤは、しまった、という声ではなす「それについては長くなるからまた、あとで話すわ。
とにかく、優等生ってこと」
リーエが諦める「あちゃー、私やっちゃったんですね」
チーヤが笑う「がんばれ」
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