第009話 寄宿舎

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生

・ヴィセ:十八歳、リーエの同室、一年生



 チーヤが声を掛けてくる「さて、聖堂の紹介はこれくらいにして、寄宿舎の方にむかいましょうか」

 今度は、南側の明かり取りの窓を右手にして通路を進む。

 食堂の前、アトリウムにまでくると、そこで一度南側のアトリウムの入り口に進む。

 チーヤは「こっちの方が分かりやすいから」と説明してきた。

 アトリウムの入り口を出ると、左側、東に進む向きに屋根付きの回廊がある。

 ちょうど、校内を東側に進む形で歩いて行くと、教会の先、庭園の端に、共同生活に向いた三階建ての寄宿舎群が見えてくる。

 寄宿舎は、ゼライヒ様式の標準的な建物として作られている。

 柱には鉄骨を用い、壁や床は角材を巧みに組み合わせて構成され、木造の壁の外側に断熱材を敷き、その外を煉瓦の壁で覆っている。

 合計八棟ある寄宿舎は、手前に建てられた四棟の奇数棟と、奥に立てられた四棟の偶数棟で成り立っている。

 北極圏を目の前にしたゼライヒの、冬の低い日差しでも、なるべく各棟に光が届くように工夫された配置だ。

 一フロアに二人部屋が十六室設けられ、三階建てで四十八部屋、九十六人を収容でき、八棟で七百六十八名が暮らせる規模だ。

 寄宿舎棟を前にしてチーヤが口を開く。「第二百五十期生は五号棟の全ての部屋と、一部が六号棟に寄宿していて、第二百五十一期生は六号棟と七号棟に分かれて寄宿しています。

 私達が過ごすのは六号棟。

 私の部屋は三〇八号室、リーエの部屋は二一六号室、それじゃ、向かいましょうか」

  二一六号室の前に立つとチーヤがノックする。

 「ヴィセぇ、いるー?」

 すると中から「はーい」と返事が聞こえてくる。

 中から扉を開けてきたのは、茶色い巻き毛にオレンジがかった瞳の、薄くそばかすが浮いた朗らかな感じの女性だった。

 「ヴィセ、こちらがファゾツリーエ・ヴツレムサーさん。

 今日来たの。

 愛称はリーエ。

 リーエ、こちらがあなたと同室となるヴチヴィッセ・セーチシェンさん。

 愛称はヴィセ」

 ヴィセの方から、明るく「初めまして」と声を掛けてきてくれる。

 「えへー、初めまして、リーエと呼んでください。

 あの、病気のことは聞いてます?」

 「聞いてますよー、鬱病でしょー。

 でも、徹攻兵なんですよね」

 リーエは、うつむき加減に返事する。「はい、その、まだ試験は一回しかやったことがないのですが、徹攻兵として、この学校にお世話になることになりました。

 どうぞよろしくお願いします」

 ヴィセが明るく対応してくれる。「私も徹攻兵なの。

 かしこまらないで、ささ、中へ」

 王立女子士官学校の寄宿舎は、八年前に大幅に改築されていた。

 ゼライヒ女王国は、立憲君主国であり、古い神々とキリスト教を同時に信仰しており、資源の少ない技術立国でもありという特性が参考になるとして、王室の、ウェノー王姉、ィリーヤ王姉、ミノヴァ陛下が過去に日本に留学していて、日本の、繊細な衛生観念を取り入れた環境を、王立女子士官学校に必用な要素と考え、計画され実行された。

 バス、トイレ、洗面室は別々になっていて、バスは天井に至るまでウォータープルーフ。

 洗濯機はドイツのミーラ社のドラム式洗濯機を採用していて、乾燥機完備。

 部屋は共用だが、左右にそれぞれ独立したベッドが用意されていて、部屋の真ん中には仕切りとなるカーテンも用意されている。

 また、ベッドの横には小ぶりの勉強机が二つ並んで用意されている。

 ベッドの間は広く、談話用の折りたたみテーブルと、重ねて収容もできる椅子も用意されている。

 ベッドの横、足下側にはそれぞれ別々のクローゼットが用意され、制服の他、いくつかの私服を収納できるようになっている。

 トイレは、日本のトゥートゥー製のシャワートイレが完備されている。

 リーエが、感心してみせる「えへー。

 これからここで、私も取り組んでいくんですね」

 リーエが答える。「わたしも去年からだからね、この環境に慣れているけど、改装前はもっと酷かったらしいのよ。

 ベッドは二段ベッド、勉強机は共用。お風呂、トイレ、洗面室はワンユニットでできていたらしいの。

 当然シャワートイレもなし。

 全ては、ミノヴァ陛下の思し召しに感謝しないとね」

 そこまでいうと、チーヤはヴィセに問いかける。「ヴィセ、ちょっとお邪魔してリーエと話してもいいかしら」

 ヴィセは愛想よく対応してくれる「どうぞどうぞ」というと、談話テーブルに案内してくれる。

 チーヤが「さて、と」と座り込むと、リーエが落ちつきなさそうに迷う。

 「どうしたの」

 「あの、制服脱いで、スウェットに着替えてもいいですか。

 こういう服、まだ、着慣れていなくて」

 チーヤはにこやかに「どうぞ」と答える。

 リーエは着替えると「ふわー、おちついたー」と伸びをする。

 チーヤが話し出す。「さて、と、すこーし長くなるけど、ここでの生活について説明させてもらえる?」

 リーエは前向きに答える。「はい、是非お願いします。

 何にもわからなくて、不安で不安で」

 チーヤは、手近なノートにメモをしながら話し始める。「普通の生徒は、朝六時起床、六時半に礼拝堂で礼拝、そして神父様からの教戒、次いで七時から朝食、七時半から校内の清掃、そして八時から講義や研究室に入るんだけど、徹攻兵はここから違うの。

 そもそもリーエ自身、徹攻兵のことはは知っていた?」

 リーエ目線を下に落としながら話す「えへー。動画で見たことがある気はするんですが、正直、よく知らないです」

 「簡単にいうとね、特殊な装甲を着た兵士で銃弾が効かなくなるの。

 運動能力も飛躍的に上がるので、敵の最前線を壊す役割を担う兵士、ということになるわ。

 で、ドイツ、アメリカ、フランス、イギリス、日本が保有していることになっているんだけど、フランスの徹攻兵は全員ゼライヒ国民なのよ」

 リーエが良くわからずにたずねる「ほえ、ゼライヒは」

 チーヤが苦笑しながら話す「色々あって、ロシアが徹攻兵を持てないの。

 で、ゼライヒ女王国はロシアに近すぎる、ってことになって保有していないことにして欲しいと、ロシアからもいわれてて、一方でフランスも徹攻兵を保有できないんだけど、イギリスやドイツに挟まれた関係性とか、各地の植民地への影響とかを考えて、保有していることにしたい、と。

 それでゼライヒ女王国は徹攻兵を持ちながら、保有していない体を取ってフランスに貸し出しているわけ」

 リーエが感心してみせる。「えへー、そんなことがあるんですか」

 チーヤがまじめな顔を作る。「そ。

 もうこんな所から国際機密でしょ。

 家族にだって打ち明けてはいけないことなの」

 「はい。

 わかりました」

 「それでね、その関係で着甲しての訓練は、めだたないように日没後に行われるのよ」

 リーエが驚く。「えっ、夏だと二十二時ですよ」

 「そう、昼夜逆転生活。

 そのため、徹攻兵は朝の清掃の時間、七時半に起床して朝食、八時からの講義や研究に参加になってるの。

 正直ね、朝の礼拝にも出ない、掃除もしないということで、影で白い目でみられることも少なくないわ」

 リーエが肩を落とす。「とほー、耐えられるかなー」

 チーヤが慌てて両手を振る。「リーエについては色々と特例があってね。

 そもそも、鬱病の人を軍隊に組み込むことはあり得ないのよ。

 でも、徹攻兵として高い能力を示したことで、どうしても軍に所属して欲しくて、

 夜間の、着甲訓練に参加してくれれば、ある程度は自由が許されるよう、学校の生活指導課とは相談済みです」

 チーヤはそこまでいうと、少し顎を引いて話し出す。「それでね、リーエには私とシュベスターのちぎりを結んで欲しいんだけど」

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