第007話 学舎
・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生
・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生
アトリウムの北側に設けられた校舎の一階中央に、食堂は設けられていた。
チーヤが解説をする。「一学年は百二十五名ほど。
修士号まで取得するのが義務だから、六年制で七百五十名程度が生徒の総数になるわね。
とはいっても単位の取り方で、午前中だけとか、午後だけとか全員が同時にこの食堂を使うわけではないわね。
ただ、衛生面から自炊は基本的に禁止されているから、食事はこの食堂で取ることになるわ」
リーエが見渡してみても、確かにかなり広い席数が設けられている。
チーヤが学生証を取り出してみせる。「この、学生証を使って食券を買って、カウンターに提示すると食事が用意されるの。
食事が用意されると、カードが鳴るからカウンターまで取りに行くの。
食費は、一月分まとめて計算されて、棒給から引かれて精算される感じ。
便利でしょ」
リーエが不思議になってたずねる。「棒給ってなんですか」
「お給料のことよ。
王立女子士官学校は、学校とはいうものの、すでに軍に所属する軍人です。
なので少ないけれども棒給が出ます。
まあ、食費と衛生用品なんかで、それほど手元には残らない程度だけど」
リーエが感心してみせる「ほえー。
そこまでしっかりしてるんですか」
リーエは、
お父さん、お母さんに少しは恩返しできるな。
と考えた。
医療費で、散々迷惑を掛けてきたからだ。
チーヤが聞いてくる。「さ、お昼は何にする」
リーエは申し訳なさそうに答える。「あのー、お昼は食べないんです」
「だめよあなた、そんなことだから体力が持たないのよ」
リーエは困ったように答える「えへー、そうなんですけど、お昼を食べると午後眠くなってしまうので。
午後、少しでも起きていられるようにするうちに食べない癖が付いちゃって。
あとその」と一旦言いよどんで続ける。「戻しちゃうかも知れなくて」
チーヤは、それを聞いて少し考える。「わかったわ。
今日は、私もあなたにつきあってお昼抜きにしようかな。
でも、急がなくていいけど、食事のことはお互い考えていきましょう」
リーエは申し訳なさそうに頭を下げる。「はい。
申し訳ありません」
食堂は照明も明るく、衛生的で、使わないのはもったいなかったが、二人、あとにする。
チーヤが切り出してくる。「それじゃ、寄宿舎に向かう前に、簡単に建物の紹介をしちゃおう。
付いてきて」
食堂を出ると左に向かう。
アトリウムを支えるのと同じ彫刻が施された円柱が、緩やかに湾曲した通路に沿って延々と続く。
右側、南側から北欧の低い日差しが入る。
やがて、彫刻の施された大きな扉に突き当たる。
チーヤがリーエを振り返る。「この奥が教会の礼拝堂。
誰も居ない時間だから、すこし、入っちゃいましょう」
大扉の奥は更に左右に延びる通路になっていて、礼拝堂に直接はいる小さな扉があちこちに用意されている。
チーヤは臆せず、正面の小扉を開けると中に入る。
礼拝堂は右手の南側に聖壇とパイプオルガンが古式ゆかしく置かれている。
左手の壁にはステンドグラスでフィフェムム・カチカソムの姿と、七大天使の姿が鮮やかに描かれている。
祈りを捧げるベンチのかずは多く、礼拝の時間には、相当多くの生徒が集うことが目に浮かぶ。
リーエが呟く「広いですね」
チーヤがうなずく「そうね、朝の定刻には、皆決まって礼拝をすることになっているから」
私達はしないんだけど、とチーヤが聞こえないくらいの声で呟くと「さて、それでは反対側の聖堂にむかいましょう」と促してくる。
今度は南側の窓を左手にして、大きく湾曲した通路を歩いて行く。
食堂の前を通過して更に進む。
同じ彫刻が施された柱がつづくので、案内されているだけのリーエは少し戸惑いを覚える。
通路を曲がりきったところで、照明が薄暗く用意され聖堂の入り口が、通路と同じ大きさだけ広がっていた。
大きな石材を、バランス良く組み合わせた外壁に囲まれた聖堂は、古い神々の神話を形取ったレリーフで囲まれた柱で高い天井が支えられている。
聖堂の北側には、建物の大きさには不釣り合いなほど大きな巨石が二つ、支え合うように建てられていて、その巨石の手前には二つの巨石を支えるようにもう一つの大きな岩が置かれている。
玉砂利の敷き詰められた床には、ちょうど跪いて肘をたてると、両手の拳が額の位置に来る程度の石が無数に並べられている。
たまたま、の時間だったのだろうが、聖堂の北西に用意されている舞台で、この国の古い笛の音の練習がされていた。
チーヤがいたずらっ子のように微笑みながら語り出す「一つ、質問です。
向かい側の壁、建物の西側の壁の窓からはほとんど光が入ってきません。
どうしてでしょう」
リーエは「えへー……」と返しながら考える。
そして「どうしてでしょう。窓があるのに確かに光が差し込んできませんね」」
チーヤは少し得意そうに回答する。「大昔、この聖堂の西にはゴルフのハーフコースが用意されていました。
士官としての嗜みを身につけるためにね。
しかし近年、非対称戦争と呼ばれる、市街戦が多く想定されるようになって、この礼拝堂の西側の土地は全てつぶして、
都市型の戦闘を想定した建築物群が構築されました。
そこでの訓練中の流れ弾が、この歴史ある建造物を破壊しないように防護壁を建てました。
結果として、西に設けられた古式に則った形の窓硝子は、太陽に照らされることはなくなってしまいました、とさ」
リーエはそれを聞いて感心する。「歴史も大事ですけど、市街戦の訓練も大事ですよね。
そんな設備までこの施設の中にあるのですか」
「そう、しつこいようだけど、ここはゼライヒ女王国王立女子士官学校。
女子士官だからって他国に見劣りするわけにはいかないわ。
エーデルワイス狩猟団の伝統だってあるわけだし」
この時、リーエにとってはどこかで聞き覚えのある歴史用語でしかなかったが「なるほど、そうですか」と答えることでごまかした。
チーヤが微笑む。「私はここで、高貴な狼の詩を唱えるようにしているわ」そういうと、手近な祈りの石に跪く。
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